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第335話 決勝への道

―――次に迎えるのは準決勝第二試合




ヴァーミリオン皇国軍 将軍―――


―――ガレス=トロワ・ヴァーミリオン




無名の戦士―――


―――ガイスト=フォミナ




ヴァーミリオン皇国軍の中で軍人にも国民にも多大な人気を持つガレス―――


父親ジャミルと同じく己を鍛え上げて作り上げた筋肉、誰にでも分け隔てなく接する人柄、誰しもがヴァーミリオン皇国軍の未来の司令官だと信じて疑わない人物。


―――だが、


『ガレス選手!!動けないィイッ!!!―――ガイスト選手の繰り出した黒い糸のようなものに巻き付かれて、身動きができずに悶えているぞォオッ!身体を締め付ける黒い糸が首にも巻き付いている、これは危険だァアアッ!!!』


自慢の大剣ごと身体に巻き付かれた謎の黒い糸が、ギシギシとガレスの鍛え抜かれた身体に巻き付き、見た目で言えばまるで黒いミイラのように全身身動きが取れない。


「グゥウウウァアアッ!!!―――クソォオッ!!」


地面に横たわって芋虫のように藻掻くことしか出来ないガレスに、銀色の仮面を被ったガイストはゆっくりと近づく。


―――そして、


取り出した短剣で地面に転がるガレスに、その刃を突き刺す―――


「ぐがぁああっ!!!」


―――思わず声を上げるガレス。


だが、ガイストは続けて何度も短剣を突き立てていく―――


―――銀色の仮面に覆われて表情の見えないガイストだが、観客も実況の雪菜もそのあまりの残虐な行為に思わず青ざめる。


「ウグゥウウ―――ッ!!!」


何度目か分からないガイストの血に染まった短剣が振り下ろされた時、


『試合終了!!!―――そこまでだっ!!!』


風属性魔術拡声スピーカーで大きく響いた男の声が試合の終了を告げる。


その声の主は誰あろう八雲だった。


『もういいだろう。それ以上は過剰攻撃として失格にする』


激闘!!闘技場コロシアムの主催者である八雲の言葉に、血の海となった地面に転がっているガレスからゆっくりと離れるガイスト……


離れると同時にガレスの身体から黒い糸がまるで生きているかのように蠢き、そしてガイストの元へと集まって消えていった。


『しょ、勝者は……ガイスト=フォミナ選手です……この後、三十分の休憩のあとに本日の最終決戦となります決勝戦を行いたいと思います!!』


雪菜の場内アナウンスで休憩が告げられたが、観衆は先ほどのあまりの惨状に暫くは静寂が続いていった……






―――医務室へと向かう八雲とイェンリン、そしてガレスの父親であるジャミルとヨゼフスにパトリシア、試合の様子を控え通路から見ていたシリウスが向かう。


到着した医務室では、既にレギンレイヴがガレスの治療を行っていた―――


「これはっ?!酷い!太い血管の通っている所にわざと剣を突き立てているわ!」


―――多大な出血を引き起こして、顔色も悪く唇まで紫色に変わっているガレスの姿には思わず顔を背けたくなる思いがする医務室に集まった面々は同時に強い怒りに包まれていく。


「……レギンレイヴ、俺も手伝う」


そう告げて『回復』の加護を発動する八雲。


レギンレイヴと八雲のふたり掛かりの『回復』が相乗効果を生み、全身の太い血管を傷つけていた裂傷が見る間に塞がっていく―――


「傷の方はいいとしても、流れた血の量が多すぎる!」


裂傷は問題無く塞がったとしても、体内から流れ出た血液は『回復』されない。


出血多量で痙攣も起こし始めたガレスの姿に、イェンリンとジャミルも嫌な予感が過ぎる―――


「死なせはしない!!―――リヴァーッ!!!」


「ハ~イ!マスター!!」


八雲の召喚に八雲の身体からリヴァーが姿を現す。


「血液の代わりに一時的に『生命の水』をガレスに飲ませる!」


「なるほどねっ♪ 了解だよぉ~!」


以前、イェンリンの解呪と復活の際に血を捧げたマキシの命を取り留めた生命の水―――


―――水の精霊オンディーヌの分身体である水の妖精リヴァーにも、その能力は備わっている。


生命の水を取り込んだことで一時的に回復に向かったガレスの顔色を見て一同は胸を撫で下すのだった―――






「―――あのガイストとか言う男、危険すぎる。決勝戦はやめておいた方がいいだろう」


戦闘狂だったイェンリンの口からそんな提案が出る日が来るとは、と頭の片隅に浮かんだ八雲だったが、派手な興行は打ち立てているものの所詮は学園祭の催しだ。


ここで中止にしたからといって、本日分の入場料を返金すればそれほど大事にもならないだろう。


だが、


「お願いします!どうか決勝戦をやらせてください!!」


そこで声を上げたのはシリウスだった―――


「お前!……分かっているのか?ハッキリ言ってガレスはお前よりも実力が上だ。それは幼い頃から積み上げてきた鍛錬と経験が違うことからお前にも分かっていることだろう?そのガレスがこの有様なのだ。お前では―――」


「―――承知しています!ですが……ですが剣帝母様っ!!勝てないと分かっていても引けないものがあることも、またお分かり頂けるのではありませんか?」


「……」


シリウスの言葉にイェンリンは閉口する。


そこで前に出たのはヨゼフスだ。


「剣帝母様。どうか、息子の願いをお聞き届けくださいませんか?」


「ヨゼフス、お前まで……その息子が死ぬかもしれんのだぞ?鳳凰剣を過信してはダメだ。八雲も言った通り首を落とされたり、ガレスの様に締め付けられたり意識を奪われることにでもなったら―――」


「それも承知しております。ですが……この馬鹿な息子が初めて剣帝母様に意見申し上げたのです。その心意気を私は父親として成し遂げさせたいと思っているのです」


「お前も息子と変わらんくらいの馬鹿だぞ、ヨゼフス」


少し呆れたように答えるイェンリン。


「剣帝母様、ヴァーミリオンの男達は誰しも馬鹿な血を受け継いでおりますわ。それこそ皇帝フレント様の時からの♪」


パトリシアが笑ってイェンリンに告げる。


「余と八雲の前で元夫のフレントの名を出すか。しかし……確かに馬鹿な血筋はフレントから受け継いでいるとしか思えん!もう好きにせよっ!!」


「ありがとうございます!剣帝母様!!」


イェンリンに深く頭を下げるシリウス。


「但し!!本当に危険だと判断したら、余が自ら止めに入ること、忘れるでないぞっ!!!」


「いや、それプロデューサーの俺の役目だから」


鼻息の荒いイェンリンに八雲が冷静にツッコミを入れたところで、ジャミルがシリウスの両肩を掴んだ。


「ルーズラー……いや、今はシリウスだったか……儂はお前のことが嫌いだ」


「ッ?!……はい」


突然のジャミルの言葉に、シリウスは驚いたが嫌われる憶えは山積しているので認めるしかない。


「だが……今、お前は恐ろしい相手に臆することなく、挑むと言った。その気持ち、お前が変わったのだと理解はする……儂の息子のことは気にするでない。勝負は時の運でもある。だから、己の闘いを貫け」


「ジャミル様……はい、肝に銘じまして」


コクリと頷いたジャミルはゆっくりとシリウスの肩から両手を離した。


その時―――


「……んっ?」


―――八雲はガレスの身体に残っている、ほんの僅かな黒い糸を見つける。


その糸をスッと手に取り、『鑑定眼』を掛けてみると、八雲の脳裏に浮かび上がったウィンドウに書かれたフレーバー・テキストには―――


死霊の髪の毛ゴースト・ウィッグ】と表記されていた。


「死霊の……これは一体、ガイストは何者なんだ?」


そう呟いて医務室を後にするのだった―――






―――決勝がもうすぐ始まるという時、


貴賓席に戻ろうとして通路を移動していた八雲達の前に、黒い影が現れた―――


「―――ドクトル・メンフィス?」


八雲の目の前に現れたのは、ドクトル・メンフィスだった。


「ガレス選手は無事だったのかね?」


突然のメンフィスの質問に、八雲は訝しんだが、


「ああ、危なかったけど命は取り留めたよ」


と事実を答える。


「それはよかった。ところで九頭竜君、君は誰かに恨みを買っている憶えはあるかね?」


突然のメンフィスの質問に、八雲の警戒心が上がる。


「……出会い頭にいきなり投げ掛けるような質問じゃないな、ドクトル。曲がりなりにも皇帝なんて肩書き背負ってるんだ。恨み言の百や二百はあるだろうさ」


「ふむ……その中に、あのガイストという選手はいるかね?見覚えがあるとか」


そこでガイストの名が出たことで、八雲のみならずイェンリンやヴァーミリオン家の面々も顔色が変わる。


「お前があのドクトル・メンフィスか?お前、あのガイストとかいう仮面の男の何を知っている」


「お初にお目に掛かるヴァーミリオン皇国皇帝陛下。その質問の答えは、何も知らないとしか言えない」


「何も?……では、何故さっき八雲に憶えはないかと問い掛けた?」


するとメンフィスは表情を変えることなく―――


「実はこの学園に来た初日の夜、あのガイストという男につき纏われてしまって、鬱陶しいので街の郊外まで誘い出したところ……」


「……どうした?」


するとメンフィスは八雲に視線を向けて―――


「―――『九頭竜八雲に手を出すな』と、そう釘を刺されたのでね」


―――その言葉に八雲はガイストの標的が明確に自分であることを知った。


「俺が目当てで、あんな真似をしたってことかよ……」


「君と少なからず関係のある者を嬲ることで、君への恨みを晴らそうとしていた様に私には見えるがね」


メンフィスの状況分析は恐らく正しい。


「あんた、心理学も扱うのかよ?流石は大賢者だな」


「心理学?―――何かねそれは?学ということは何かの学問かね?それはどういう学問なのだ?心理ということは人の気持ちの機微を研究した学問かね?それはどこで研究されたものだ?」


途端に探求心が止まらなくなるメンフィス。


「ああっ!―――もう!鬱陶しい!!まあ、それで大体合ってるよ!」


「なるほど……そういった内面的な精神を学問にするのも有りだな」


「どうやら、噂通りの学問馬鹿のようではないか?メンフィス=フォレスト」


「そうだな……私が今、一番興味を持っているのは九頭竜君だがね」


「だからその流し目はやめろっ!気持ち悪い……」


「つれない男だ」


興味があります!と言われて途端に背筋に悪寒が走った八雲と、それを溜め息混じりで返すメンフィス……


その様子にイェンリンとヴァーミリオン家の皆は少し呆れていた。


「とにかく、忠告はしておいた。君も充分気をつけ給え。ああ、それと、シリウス選手」


「はい?!……何か?」


するとメンフィスは黒地に赤いラインの入ったコートの内ポケットから試験管のような瓶に入った薬を差し出す。


「……これは?」


シリウスが首を傾げて問い掛けると、


「もしも死霊の髪の毛が巻き付いて、どうしようもなくなった場合にはその瓶の薬を振り撒き給え。きっと君の助けになる」


「ちょっと待て!お前、あの黒い糸が『死霊の髪の毛』だと知って―――」


「―――ではお暇するとしよう。健闘を祈る」


そう言ってメンフィスはまた観客席に向かって去って行く。


その背中を見送りながら八雲は首を傾げて、


「結局、アイツは味方なのか?」


と、呟いていた―――






―――休憩時間が過ぎ去り、


時間は午後五時に差し掛かろうとしている。


時間一杯まで続く試合が少なかったこともあり、予定よりも早い時間で決勝戦を迎えることとなった。


『さぁああ!二日間に渡って開催されましたバビロン祭の新たな催しとなった『激闘!!闘技場コロシアム』も、残り試合最後の決勝戦のみとなりましたっ!ここまでの選手達の死闘は、皆さんの心の中に刻まれていることと思います。そして、その数多くの選手達の頂点が―――この後に決定致しますっ!!!』


雪菜の実況アナウンスもすっかり板について、決勝戦を待ち受ける観衆を煽っていく。


『それではご紹介しましょう!まずは東門から登場するのは―――シリウス=暁選手ぅううっ!!!二回戦にて新たな剣をその手に取り、強豪達を相手にここまで昇り詰めて参りました!!!』


歓声などあろうはずもないと思って入場してきたシリウスだったが―――


「ルーズラー!!―――ガレス様の仇を取れよォオオッ!!!」


「同じ公爵家だろう!!!―――お前が仇を取れェエエッ!!!」


「暁選手!!!―――将軍の無念を晴らしてェエエッ!!!」


―――と、予想外でシリウスへの声援と強引な物言いが混ざり合った奇妙な期待が膨らんでいた。


『続きましてぇ!西門から入場するのは!すべての詳細が不明の謎の戦士!準決勝では残酷な戦い方を見せつけた銀仮面の男、ガイスト=フォミナ選手ぅううっ!!!今回の決勝戦ではどういった戦いを見せるのかぁああ!!!』


雪菜のアナウンスに観客達は人々に人気のある将軍のガレスを嬲って楽しむようにしていたガイストへ罵詈雑言を浴びせていく。


ガイストというヒールの登場により、シリウスへの声援が増すという皮肉な結果になったが八雲はそのガイストをジッと見つめて、その一挙手一投足を確認していた。


「どうだ八雲?あの耳からするとエルフのようだが、見覚えや心当たりはあるか?」


隣の席のイェンリンが八雲に問い掛けるが、八雲の顔は厳しい表情をしている。


「それが、本当に見覚えも関わった憶えもないんだ……仮面は兎も角として、あんな長い黒髪のエルフに会っていたら絶対に忘れないと思うんだよ」


「ふむ……確かに印象に残る姿だからな。ならば、他の誰かに依頼された暗殺者という線もあるぞ?」


「それを言い出したら、身に憶えがあり過ぎてどうにもならない……」


「安心しろ。余も似たようなものだ」


「その言葉のどこに安心を感じろと?」


そんな話をしているうちに―――


『それではぁあ!決勝戦―――開始ィイイッ!!!』


雪菜の開始の合図と共に、合図のドラの音が闘技場に響き渡るのだった―――



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