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第336話 決勝戦

―――闘技場に鳴り響く決勝戦開始の合図


そのドラの音が響いている間にシリウスはガイストに向かって飛び込んでいく―――


「あっ!バカッ!―――いきなり飛び込むなっ!!」


貴賓席の八雲がそう叫ぶほど突っ込むシリウスは、先ほどまで平静を装いながらもガレスの受けていた残酷な攻撃に怒りが心を塗りつぶしていた。


シリウスがクズ男だった頃、ガレスは何だかんだと言ってルーズラーのことを気にかけてくれていた数少ない味方だった。


一族の中でも鼻つまみ者だった頃から、歳の近いガレスはルーズラーの様子をよく見ていたのだ。


当時のシリウスはただ鬱陶しい男だという認識しかしていなかったが八雲に制裁され、生きることを実感させてもらってからのシリウスはガレスのしてくれていたことを思い返して、自分の心配をしてくれていたことに漸く気がつかせてもらえたのだ。


だからこそ、あのような姿にされて残虐な攻撃をガレスに続けて止めなかったガイストには怒り以外の何物も湧いてこない。


だからこそ、前に飛び出した。


だからといって、シリウスも考え無しで飛び込んだ訳ではない―――


「―――『孤狼魂ウルフ・ガイ』!!!」


―――固有スキルの身体強化を駆使して突っ込んだ振りから残像を繰り出し、更には手にした相棒の鳳凰剣=『天舞』から十を超える孔雀羽根のピットを展開する。


残像が各方向からガイストを取り囲むように動き、攪乱する様に見せて孔雀羽根ピットが全方位から襲い掛かる―――


―――だが、ガイストはその場で大きく上空に向かって飛び上がると例の黒い糸状の『死霊の髪の毛ゴースト・ウィッグ』を手首辺りから飛ばすと、飛翔していた孔雀羽根ピットに巻き付けて、そのピットを起点にして空中で方向転換した。


「なんだと―――グゥウウッ!!!」


空中から突如方向転換して残像から本体に戻ったシリウスに向かって、飛び蹴りを喰らわせるガイスト―――


―――その予想外のトリッキーな動きにシリウスも一瞬動揺して、何とか鳳凰剣を盾にして蹴りに耐えた。


しかし、ここでシリウスは拭えない違和感を味わうことになる―――


「お前……そんな……」


―――シリウスが奇妙な感覚に襲われたのは、先ほど右脚から繰り出した蹴りをシリウスに入れた瞬間に、ガイストの右脚からボキッ!という確実に骨折した音が響いたのだ。


だが当の本人は何事もなかったかの様にフィールドに立って、時折位置を少し移動させてまでいる―――


(どういうことだ!?さっきの攻撃で確実に足は折れていたはずだ……痛みを感じないのか?)


―――疑問が拭えないまま、上下黒い服を着たガイストの右脚を見つめると、


(あれは?!まさか、あの黒い糸で骨折した脚の上から縛り付けているのか!?)


黒い服の上からなので確認し辛いところだったが目を凝らしたシリウスに見えたのは、丁度脛の辺りにグルグルに巻き付き、締めあげている例の黒い糸だった。


銀色の仮面を被っているので表情こそ読めないが、少なくともその様子は骨折の痛みなど感じていない様にしか見えない。


(化物め……本当に人間なのかも疑わしいくらいだ)


しかし、それで躊躇する訳にはいかないシリウスは攻め方を変える―――


「―――炎槍ファイヤー・ランス!!!」


―――何とここにきて魔術攻撃をガイストに向けて発動した。


『いきなり激しい展開となった決勝戦ですがっ!!ここにきて、なんとシリウス選手が攻撃魔術を発動したァアアッ!!!』


場内に響く雪菜の実況―――


「レオ殿直伝の火属性魔術……ただの《炎槍》だと思うなよ」


―――シリウスの周囲に展開された《炎槍》は通常のそれより紅く、そして細く纏まっている。


「収束魔力による強化版の《炎槍》だ……当たれば命の保証はない」


ノワールの胎内世界でサバイバル生活を送っていた際に、面倒を見ていたのは八雲に命じられたレオとリブラだった。


始めはふたりも様子を見ていて死なないギリギリのところでフォローをしていただけだったが、そうしているうちに改心し、生きることの尊さを知った様子をシリウスが見せ始めた頃から次第に戦い方や魔術について手解きをしていたのだ。


勿論、そのことは八雲にもふたりは許可を得ていた。


そうして教えられた戦い方や魔術をシリウスは今でも深く感謝している。


―――空中に浮かぶ強化炎槍が、ミサイルのようにガイストに向かって解き放たれた。


「―――ッ!!」


接近する《炎槍》の威力を早くも見抜いたのか、空中を行き交い襲い掛かる六本の《炎槍》を受けるでもなく墜とすでもなく、体術を駆使して回避するガイスト―――


―――だが《炎槍》はシリウスによってホーミング機能も備えられ、次から次に空中で着地点のガイストを狙う。


そうして六本の強力な《炎槍》ミサイルに狙われたガイストは、回避するのにも限界がやってくる―――


―――着地したところを狙って三本の《炎槍》が標的に向かって三方向から突進してくるのを僅かな隙間を縫うように躱したガイストだったが、そんなガイストの至近距離で《炎槍》同士がぶつかり合い大爆発を起こした。


その爆発に巻き込まれたガイストはフィールドを木の葉のように転がっていく―――


―――だがシリウスは攻撃の手を緩めない。


「まだだァアアッ!!」


倒れたガイストに向かって残り三本の《炎槍》も躊躇なく打ち込む―――


―――激しい爆発音と爆炎、そして衝撃がフィールドの地面を走ると黒煙が上がりガイストの周りを包み込んで何も見えなくなっていた。


「……」


その黒炎を見つめ、警戒心を解かないシリウス―――


―――ノワールの『胎内世界』では勝ったと思った瞬間、その隙を突かれて何度も魔物に殺されそうになった経験が過ぎる。


シリウスは無意識にガイストを魔物と同じ様に扱っていた―――






「―――随分と派手な《炎槍》を教え込まれたなぁ……」


シリウスの高威力の《炎槍》に八雲は驚きと同時に教えたレオ達の教育的指導が思い浮かんで、泣きそうな顔になりながら鍛えられていたシリウスを思い出していた。


「アヤツ……随分と龍の牙ドラゴン・ファング達に鍛えられたようだな。余でも嫌気のする魔術を教え込まれているではないか?」


魔術攻撃を得意としないイェンリンは、嫌味の効いた流し目で八雲に問い掛ける。


「俺もレオとリブラが喜々としてシリウスを鍛えている時の様子を思い出すとチビリそうだよ……」


「シリウスめ……よくぞ生き延びたな……しかし、それ故にあれほどの魔術攻撃を受けては無傷ということはあるまい。悪ければバラバラになっているかも知れんぞ」


「その時はシリウスの反則負けだな。しかし―――ッ!?不味い!!」


八雲がそう叫んだ時には―――






「ッ?!―――これはっ!?」


―――黒煙の中から伸びてきた大量の黒い糸『死霊の髪の毛ゴースト・ウィッグ』が、シリウスの身体に瞬く間に巻きついて黒いミイラのように縛り付けると、そのまま地面に転がされてしまった。


辛うじて左腕は拘束を逃れてはいるものの、それ以外の身体は完全に死霊の髪の毛に纏わりつかれ巻きつかれている―――


「―――こんなものォオオッ!!!」


―――『孤狼魂』で黄金に変わった瞳が、一段と光を増して強化スキルによって引き千切ろうと試みるが、


「ッ?!これは、切れないだとっ!?」


力を込めれば力が分散するように伸縮して、力を逃がされるため強力に固定された拘束とは違い抜け出すことも引き千切ることも出来ない―――


―――そうしているうちに、黒煙の中から姿を現したガイストは全身の黒い服が焦げつき、その部分が崩れ、そしてその下にある身体が見えているものの、かなりの炎による火傷が広がり爛れて皮膚が破れて流血している部分まであった。


「その傷でまだ戦えるのか!?お前は一体―――」


シリウスが見上げながらそう言った瞬間―――


「―――ウゥオオオッ!!」


―――シリウスに巻きついた死霊の髪の毛を繰り出した右腕のそれを握りしめて、持ち上げるように上に上げると、まるでシリウスの体重など無きが如く空中に持ち上げ、そして……


「グウォオオッ!!!」


その空中からフィールドの地面に向かって叩きつけられる―――


―――ドゴンッ!と衝撃音が広がるほどの勢いでフィールドに叩きつけられたシリウスは、意識が飛びそうなほどの衝撃と気絶出来ないほどの激痛を同時に味わう。


「グフゥウウッ!!!―――ゴォアアッ!!!―――グウゥウウッ!!!」


拘束したシリウスをまるで巨大なハンマーのように持ち上げては地面に打ちつけ、また持ち上げては打ちつけることを繰り返すガイスト―――


―――辛うじて一緒に巻きついている鳳凰剣の恩恵で傷はすぐに『回復』するシリウスだが、それ故にこの地獄の終わりが見えない。


(い、いくら傷が回復しても……こ、このままでは……)


残虐な拷問を繰り返すガイストに観衆は声を潜ませ、雪菜ですら実況を続けられないくらいの惨状となっている―――


―――何度も打ちつけた地面には、シリウスの傷から流れた血が広がって血溜まりが出来ていた。


永遠に続いていくかのような地面への直撃音が闘技場を包み込んでいる中で、シリウスは辛うじて動く左手を自分の胸元へと伸ばしていく―――


―――そして試験管の様な瓶の蓋を親指で押し開け、中身をぶちまけていった。


「あれはっ!?―――ドクトル・メンフィスに貰った瓶か!!」


八雲はシリウスの手に見える試験管を目にして、試合前にメンフィスがシリウスに渡していた物を思い出した―――


―――そして、


瓶の中にあった光の粒子のような物が空中に広がっていくと、その次の瞬間―――


「FUOOOO―――!!」


―――その光の粒子が一所に収束して人の形を成したかと思うと、その口から人の言語ではない声を発して輝きを増す。


するとシリウスの身体を縛りつけていた死霊の髪の毛が一斉にザワつき、蠢き、苦しむように藻掻き動くと、その光によって蒸発するかのように消えていく―――


その様子を見た瞬間、八雲の懐から水の妖精リヴァーが飛び出した。


「そ、そんな……光の精霊……なの?」


普段は見ないリヴァーの驚いた顔に八雲が問い掛ける。


「光の精霊までいるのか?」


するとリヴァーは、


「そんなものは存在しない!!―――世界の元素はあくまで四大精霊しか存在しない!『光』と『闇』、それに『無』には属性の精霊は存在しないのよ。でも……あの光の精霊は、自然に生まれたものじゃないわ」


「自然に生まれたものじゃない?だったらどうやって生まれたって言うんだよ?」


すると、リヴァーは静かに答える。


「……たぶん人が生み出したもの。あれは―――人の手で造られた精霊よ」


「人造精霊……だと……」


その精霊を誰が造ったのか……その答えは八雲の脳裏に唯ひとりしか浮かんでこない―――




―――ドクトル・メンフィス


フロンテ大陸最高の大賢者―――


「あの変態賢者……どれだけ謎を隠してるんだよ」


彼以外にそんな芸当が出来る者など思い当たらない―――






―――人造精霊である光の精霊が現れた途端、死霊の髪の毛は消滅してそれを操っていたガイストもまた光の精霊の輝きに藻掻き蠢いていた。


「ッ!!―――いまだっ!!!」


その藻掻き苦しむガイストは完全に隙だらけとなり、そしてその隙を見逃すようなシリウスではなかった―――


「ウォオオオ―――ッ!!覚悟ォオオッ!!!」


―――上段に構えた鳳凰剣=天舞を、正面からガイストに向かって振り下ろすシリウス。


その攻撃を回避する行動すら取れないガイスト―――


―――その刃がガイストの仮面に直撃した時、


カランッ!!と真二つに割れた銀の仮面が闘技フィールドに落ちる―――


―――ついにその仮面の下の素顔を目にしたシリウスは、


「ウッ!!―――お前はっ!?」


その素顔に息が止まり驚愕するのだった―――



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