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第337話 学園祭に蠢く影の正体

―――シリウスの振り下ろした鳳凰剣=天舞の一撃


その一撃により、銀色の仮面が真二つになって闘技フィールドに落ちる―――


「お、お前は、一体……」


仮面の下にあるガイスト=フォミナの素顔を目にして―――


「キャァアアアアアア―――ッ!!!」


「ウゥッ?!―――な、なんだ!?あれは!!」


―――シリウスのみならず、その素顔を目にした闘技場の観客席からも悲鳴や困惑の声が上がった。


それほどの素顔が晒されたのだ―――


―――そこには、


シリウスの炎槍ファイヤー・ランスの攻撃による火傷とは、明らかに違うと分かるグズグズに腐って崩れた皮膚―――


―――何故、火傷ではないと断言出来るのか、それは崩れた皮膚の部分にウネウネと蠢く蛆虫が見えるからだ。


表面に無数の蛆虫が蠢き、そして窪んだ眼窩の中に納まった眼玉だけは瑞々しい表面をしており、ギョロギョロと周囲やシリウスを見回している―――


「ア、ア、アンデッドだァアア―――ッ!!!」


―――そこで会場の誰かが叫んだ。


そこからは観衆の動揺が一気に波のように闘技場の中を走るが―――


『ガイスト=フォミナは魔物だっ!!―――魔物に参加資格はない!!!よって判定によりガイストは失格!!!』


―――そこに拡声スピーカーで会場にガイストの失格を告げた八雲は、その後に闘技フィールドに飛び込んでいく。


「―――八雲様!!」


フィールドに下り立った八雲がシリウスの元にやってくると―――


「ん?なんだ?様子がおかしい……」


―――アンデッドであるガイストが、突然震え始める。


そして、身体の揺れがガクガクと大きな揺れに変わっていったかと思うと―――


「ッ!―――シリウス!!下がれっ!!!」


―――八雲がシリウスに叫んだ瞬間、


ズルズルズルッ!!!と大量の物体が地を這う音が鳴り響き―――


ガイスト=フォミナの身体から大量の『死霊の髪の毛ゴースト・ウィッグ』が、黒い海のように噴き出して闘技フィールドを覆い尽くす勢いで広がった。


しかし闘技フィールドは死霊の髪の毛で一杯になったが、闘技フィールドと観客席の境目に発動していたフレイアの防護障壁によりフィールドの死霊の髪の毛が観客席にまで溢れてくることはない。


「ウワァアア―――ッ?!」


広がった死霊の髪の毛に飲まれるとシリウスが思った瞬間―――


「FUOOOO―――!!!」


―――先ほどシリウスがばら撒いた薬から出現した光の精霊が叫び声を上げ、シリウスの周り3mほどの範囲には、黒い波が近づけない状況になっていた。


「……護って、くれたのか?」


光に覆われた妖精の様な姿をした精霊にシリウスが問い掛けると、精霊はニコリと笑みを浮かべていた。


その表情に一瞬安心したシリウスだったが―――


「ハッ?!―――八雲様!!!」


―――振り返り、傍に来ていた八雲を見る。


その八雲はというと、全身を黒い髪の毛に覆われて、しかも締めつけられてギシギシという音がシリウスの耳にまで響いてくる。


その姿を見てシリウスは光の精霊に向かって―――


「俺はいいから!八雲様をお助けしてくれっ!!!」


―――と懇願する。


しかし、小さな妖精の様な光の精霊は、困惑した表情でシリウスを見つめる。


「どうしたんだ!お前ならあの黒い髪を何とか出来るんだろう!!頼むっ!!!」


動こうとしない光の精霊にシリウスは深く頭を下げて再度頼み込む。


だが、そんなシリウスに向かって―――


「心配するなシリウス。光の精霊も俺が別に何ともないのに、することがないから困ってるんだろう」


―――と、見た目と違って平気な声でシリウスを宥める八雲。


「―――八雲様!?ご無事なのですか!?」


「ああ、大丈夫、大丈夫!こんなもの痛くも痒くもないさ……気持ち悪いけどな……」


八雲は誰のものとも分からない大量の髪の毛に纏わりつかれていることに心底嫌そうな顔をしているが、実際には身体の表面に張った光属性の防護障壁により直接身体には触れられていない。


障壁に触れた髪から次々に蒸発するように消滅していたのだ。


「こんなキモイものをいつまでも観客に見せておく訳にもいかないな。それじゃあ、さっさと片付けるか!

―――死者浄化ターン・アンデッド!!!」


八雲が光属性魔術中位の死者浄化ターン・アンデッドを膨大な魔力で発動すると、闘技フィールドに満ちていた黒い髪が瞬く間に浄化され、消滅していく―――


―――そして、その浄化の光の中に、あのアンデッドのガイストも一緒に飲み込まれると、死霊の髪の毛と共にガイストもまた浄化され、光の粒子へと変わって消えていった……


「……お見事」


元に戻った闘技フィールドに立つシリウスは絶大な力を持つ八雲に尊敬と憧れをもって告げると、シリウスの後ろに浮いていた光の精霊もパチパチと両手で拍手を贈っていた。


「フゥ……マジ、キモかったなぁ。シリウス、怪我は……鳳凰剣があるから大丈夫か。でも流れた血が多かったからな。無理はするなよ」


「ありがとうございます」


「まぁ、それはさておき―――」


八雲は再び自らの目前に《拡声》の魔法陣を展開して―――


『ガイストは失格として、【激闘!!闘技場コロシアム】優勝は―――シリウス=暁に決定だァアアッ!!!』


―――声高らかにシリウスの優勝を宣言するのだった。


八雲の宣言が響き渡ると―――


「ウオオオオ―――ッ!!!スゲーぞルーズラー!!!」


「やりやがったっ!!!お前を見直したぞォオ!!!」


「将軍の仇を取ってくれてありがとうっ!!!」


「黒帝陛下もスゲーぞォオオ!!!」


―――そこにいる一万人の大観衆が一斉に歓声を上げ、シリウスと八雲の賞賛の声で満ち満ちていく。


「アイツ……美味しいところを持っていきおって」


貴賓席に残っていたイェンリンは少し不満気な表情を見せるも、パトリシアが笑いながら、


「ですが剣帝母様。光属性魔術などお使いになれなかったのではございませんか?」


と、魔術が苦手なイェンリンの痛いところを突く。


「うるさい!あんなもの、余の黒炎剣=焔羅にかかれば消し炭にしておった!!」


と、言い返して頬を膨らませていた―――






―――大歓声の中、闘技フィールドに立つ八雲とシリウス


八雲はシリウスの傍に浮遊している光の精霊をジッと見つめる。


すると、八雲の懐から蒼い光が飛び出すと―――


「ちょっと!アンタ、光の精霊でしょう!!本来は存在しないアンタがどうしてこの世界にいるのよっ!!!」


―――と、いきなり光の精霊に突っかかっていった。


「―――それには私がお答えしよう」


突然聞こえた声の主は、八雲達の後ろに近づいて来るドクトル・メンフィスだった。


だが、突然のメンフィスの闘技フィールドへの登場に、一番驚いていたのはフレイアだ。


「そんな?!―――私の障壁をすり抜けたなんて!一体どうやって!?」


かつて蒼天の精霊シエル・エスプリのサジェッサの攻撃ですら通さなかったフレイア自慢の障壁を、いつの間にか通り過ぎた大賢者にフレイアは驚愕する……


「相変わらず突然姿を見せるなドクトル……でも、今回はアンタのくれた薬のおかげでシリウスが助かったよ」


「本当にありがとうございました」


深々と頭を下げるシリウスにメンフィスは右手で遮るようにして、


「あんな魔物を送り込んでくるような奴のことだ。何をしてくるか、用心のためさ」


と、気にするなと言う態度を示す。


「ちょっと待て……アイツが送り込まれた?あれがアンタの言っていた夜につきまとわれたストーカー本人じゃないのかよ?」


「ストーカー?それは何かね?どこの国の言葉なのかね?聴いたことのない言葉だ。その意味を是非教えて―――」


「―――ああ~!うるせぇ!つきまとう奴のことを指す言葉だよ!それで、アイツがそうじゃないのか!!!」


「勿論、なにせ……アンデッドは言葉を発することは出来ない」


「あっ……」


ヴァーミリオンに来た初日の夜、メンフィスは『九頭竜八雲に手を出すな』と忠告されている―――


―――それはつまり、アンデッドには出来ないことであり、その言葉を告げた者は別にいる。


その時―――


【だから、関わるなと言ったはずだ……】


―――籠ったような男の声が闘技場に響き渡る。


八雲の『索敵』スキルにも掛からない存在―――


「誰だっ!何処にいるっ!!―――姿を見せろっ!!!」


―――その八雲の叫びに、声は答える。


【もうすぐ見えるだろう……その忌々しい闘技場の空にっ!!!】


「なにっ!?―――あれはっ!?」


すると―――円形の闘技場の上空に、幾つもの巨大な影が飛び込んでくる。


そして―――その空中を行き交う物から、数十に及ぶ黒い物体が飛び降りて来たかと思うと闘技フィールドにはあのガイスト=フォミナと同じ姿をした、銀色の仮面をした集団が下り立っていた。


「なにコイツ等?全員アンデッドなのか?」


そんな疑問を口にした八雲の頭上に今度は多数いる上空の巨大な黒い物体がひとつ、闘技場に下降してフィールドにドシンッ!という音と衝撃を伝えて降り立った。


「まさかっ!?―――古代龍だとっ!?」


―――その姿を見てノワールが真っ先に叫ぶ。


その降り立った巨大な物の正体は―――神龍達とよく似た姿をした巨大な龍だった。


「これも、神龍……なのか?」


巨大な龍を見上げながら八雲がそう呟くと、その傍にいたメンフィスが答える。


「いや、神龍はあくまでフロンテ大陸の四柱のみ。これは恐らくは古代龍だろう」


「古代龍?そんな龍もいるのか」


「いや、古代龍はもうこの世には存在しない。伝承にある太古の魔神戦争の際に神龍達につき従い戦った結果、古代龍は全滅したと言われている」


「魔神戦争……『魔界門インフェルノ・ゲート』の向こうの魔神達か」


「ほう?魔神戦争はご存知かね。しかし、その際に絶滅した古代龍が、こうして目の前に現れたということは―――」


「―――『龍の墓』を暴いたなっ!!!―――この愚か者がっ!!!」


そこに同じくフィールドに下り立ってやってきたノワールが怒りを露わにして叫ぶ。


「龍の墓?どういうことだ?」


話しの見えない八雲は少し困惑していたが、そこにあの声が響く―――


【以前、発見した『龍の墓』で古代龍達の亡骸を見つけたのだ……強力な龍族だけに、肉体も腐ることもなく残っていたのでな……これほど貴重な死体を手に入れるなど、死霊使いネクロマンサー冥利に尽きるというものだ】


―――降り立った古代龍の頭上に、またガイスト=フォミナの恰好をした男が現れる。


「一体何人兄弟なんだ?お母さん大変だっただろう?」


少し揶揄気味に八雲が問い掛けると、仮面の男がゆっくりとその面を外した―――


その下の素顔は、今度は腐ったアンデッドではなく真面な整った顔をした黒髪のエルフの姿をしている。


「なに、母体などエルフの娘を掴まえて犯せば、すぐに媒体となって儂の思う通りの子を産む……あの時もお前さえ邪魔をしなければ!!!」


その言葉を繋ぎ合わせていくと、八雲の脳裏にあの鉱山のガス突出に醜い笑い顔を浮かべながら巻き込まれて消えた死霊使いの姿が過ぎる。


「お前……まさか、アルマー村の鉱山に住み着いたあの死霊使いなのか!?」


八雲の言葉でその時に一緒にいた雪菜もハッとした表情に変わった。


「儂の名はダヴィデ=カノッサ……九頭竜八雲……あの時の恨み、今こそ晴らさせてもらうぞっ!!!」


するとダヴィデの乗っている古代龍が再び空中に浮かび上がり、羽ばたいて大空に舞っていく―――


「―――ちょっ!待てよっ!!」


―――慌ててそれを追いかけようとする八雲にノワールが叫ぶ。


「八雲!―――我に乗れっ!!!古代龍は死してもなお、その力は絶大だ!!!」


「―――ノワール!?」


すると煙のように現れた黒いオーラに全身を包まれたノワールは、それが先ほどの古代龍ほどの大きさまで膨れ上がり、更に濃い漆黒の巨大化したオーラに包まれ、もはやその姿も完全に見えなくなると、見る間にオーラが大きさを増していく。




大きくなったその黒いオーラの中から次々に―――




―――オーラを突き抜けるようにして生えた巨大な翼。




―――フィールドの地面を貫く巨大な脚と巨大な爪。




―――同じくオーラを突き抜けて現れた、強力な筋肉で揺れ動く太くて黒い尻尾。




―――そして黒き二本の角を額から生やしたドラゴンの頭が現れて、最後に爆発する様に散った黒いオーラの衝撃が走ると、衝撃により舞い上がった空気が、黒い煙の様なオーラの残滓を徐々に薄らいでいく。




そしてそこに現れたのは―――雄大で漆黒の力の象徴たる黒神龍の姿だった……




その様子を見ていた観客達は口々に―――


「こ、黒神龍様……」


「ミッドナイト・ドラゴン様が……」


―――と、口ずさむ。


【さあ!我に乗れ八雲!!我の同胞達の眠りを妨げ、あまつさえ我等に仇なすものを討つぞっ!!!】


巨大な黒神龍から聞こえるノワールの言葉に―――


「ああっ!行こう!!―――ノワール!!!」


―――八雲は黒神龍の頭に飛び乗って共に大空へと飛び立っていく。


【闘技場に魔物が出た!!俺はノワールと親玉の首を取りに行く!!!―――『龍紋の乙女クレスト・メイデン』達!力を貸してくれっ!!!】


『伝心』でヴァーミリオンにいるすべての龍紋の乙女達にそう伝えた八雲。


「―――シリウス!!闘技場のアンデッド達は任せるっ!!!だが無茶はするなよっ!!!」


叫び声がシリウスに届いた時には、八雲と黒神龍は闘技場を飛び立って大空に羽ばたいていた―――


「では、私も君に協力するとしよう」


―――シリウスの傍に立っていたドクトル・メンフィスが至って冷静な表情でシリウスに告げる。


「……よろしいのですか?」


見た目から戦闘力がある様には見えないメンフィスにシリウスは問い掛けるが、


「なに、自分の身は自分で護れるさ。君はその光の精霊を連れて行き給え。私は自前で何とかしよう」


「わ、分かりました!―――ご武運を!」


そう言ってガイストそっくりな敵に向かって行くシリウス。


その様子を少しだけ微笑みながら見送ったメンフィスは再び表情を無表情に戻すと、


「さて―――それでは私は私の研究成果を試すとしよう」


そう言ってフィールドの上で歩みを進めるのだった―――


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