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第373話 インディゴ公国の使者

―――黒龍城に到着したイェンリンの一団と黒龍城に入城する八雲


イェンリンと紅蓮に同行して来訪したのは、


八雲の『龍紋の乙女クレスト・メイデン』である―――


フォウリン

ブリュンヒルデ

ラーズグリーズ

アルヴィト

レギンレイヴ


―――の五名と共に、


スクルド

ヒルド

フロック


以上、三名が同行していた。


黒龍城の貴賓室に入り、長テーブルの椅子に皆で着席するとアリエス、レオ、リブラ、ジュディ、ジェナが全員の前に紅茶を給仕していく。


「スクルドが来るとは思ってなかったな。いつも国のことで忙しそうにしているイメージが強いから」


龍紋の乙女クレスト・メイデン達がくることは想定出来たが、内政に多忙なスクルドの来訪は八雲の予想外だった。


「ええ、正直言って多忙だったのは否定出来ません。ですが、今回はオーヴェスト全域が連邦化するという歴史的な転換点でもあります。それに……随分とまた面白い物を造っていると聞いたものですから」


最後の言葉に今回の一番の理由が込められているように感じた八雲は、


「もしかしてターミナル馬車のことか?」


と、問い掛ける。


「そうです。国家間を繋ぐ大動脈を築いていると聴けば、視察して損はありませんから」


スクルドの返事に八雲はフロックに目を向ける。


「もしかしてフロックも同行してるのは―――」


「―――ああ、私は朱色の女皇帝ヴァーミリオン・エンプレスの飛行状況の確認も必要だったけど、そのトレーラー馬車を見せてもらいに♪」


フロックがウィンクしながらトレーラー馬車を見せろ!という圧を笑顔に載せて八雲に送ってくる。


「ハハハッ……それでヒルドは―――」


「―――ヒルドは余が同行させた。そろそろ話の本題に入ってかまわんか?」


そこでイェンリンの声が八雲の言葉を遮り、本題に移ろうとする。


「ああ、すまん。随分と深刻そうな話だな?」


妙にザワついた気配を漂わせるイェンリンに八雲の胸中に不安が過ぎる。


「ああ……何しろ、これから―――戦争に参加することになるかも知れんからな」


「……はっ?……戦争!?」


突然のイェンリンの言葉に、八雲は想像の斜め上を越えた事態を告げられて呆然となっていた……






―――話は紅龍城にインディゴ公国からの使者が入城した時に遡る。


同盟国であるインディゴ公国の王家の血筋に当たる公爵家の人間が、二名もヴァーミリオン皇国まで訪ねてきたことに不穏な空気を感じ取ったイェンリンは、フレイアに紅龍城に現在駐留している紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリー達全員を玉座の間に招集する。


玉座にイェンリンと紅蓮が並んで鎮座し、イェンリンの隣には装備一式を纏ったフォウリンが立っている。


迷宮でも使用していた装備―――


・紅神龍のプレートメイル(紅神龍の鱗製)

チェインメイルに紅神龍の鱗を取り付けて補強した鎧。


・紅神龍のガントレット(紅神龍の鱗製)

紅神龍の皮に紅神龍の鱗で造られたプレートを取り付けた物。


・紅神龍の足甲(紅神龍の鱗製)

紅神龍の皮に紅神龍の鱗を取り付けて補強した足甲。

風属性魔術が付与され、跳躍・加速が補強されている。


―――そして、その腰には紅神龍のバスタードソード=『燈火ともしび』が帯剣されていた。


紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリー達とは一線を画す豪華な装備とフォウリンの美しさによって、神話から飛び出したヴァルキリーのようにイェンリンの隣で存在感を放っている。


そして玉座から続く紅い絨毯の左右には、


右側にフレイア、スクルド、スルーズ、フロック、ゲイラホズ。


左側にブリュンヒルデ、ヒルド、ゴンドゥル、ラーズグリーズ、レギンレイヴが整列して立ち並び、更にヴァーミリオン皇国軍の近衛騎士達もその列に連なって整列していた。


まさに『真紅の軍団』に埋め尽くされた玉座の間の扉が開かれると―――


「―――インディゴ公国!ローゼン公爵家当主!ルシア=フォン・ローゼン公爵様!―――クロイツ公爵家当主!バサラ=クロイツ公爵様!ご入場ぉお―――っ!!」


―――扉を開いた近衛兵が入城してくるふたりの若者の名を声高く呼び上げる。


真紅の絨毯を踏みしめながら進んで来るのは、まだ見た目若く十代後半といった若い男女の公爵二名だったことにイェンリンは玉座に座りながら目を細めてふたりの動きを観察する。


そうして歩みを止めて玉座の下に立ったふたりは、片膝をついて礼の体勢を取る。


静まり返った玉座の間でふたりを黙って見下ろしていたイェンリンがやがて―――


「―――面を上げられよ。遠路遥々、このヴァーミリオンまでよく参られた」


―――まずは社交辞令の言葉をふたりに告げる。


するとまずは若い女の公爵が面を上げて、挨拶を述べる―――


「ありがとうございます。初めてお目に掛かります。インディゴ公国ローゼン公爵家ルシア=フォン・ローゼンでございます」


長い金髪のストレートの髪に、固い意志を感じさせる蒼い瞳、美しい顔立ちをした若き公爵家当主の堂々とした挨拶を、イェンリンは頷いて返した。


続いて隣にいる若い男の公爵が面を上げた。


濃い藍色の髪にダークブルーの瞳、緊張しているのか、やや強張った表情をした青年が名乗る―――


「初めてご尊顔を拝します。インディゴ公国クロイツ公爵家のバサラ=クロイツと申します」


バサラの挨拶にも頷いて返したイェンリンは―――


「余がヴァーミリオン皇国皇帝炎零イェンリン=ロッソ・ヴァーミリオンである。まずはふたりの来訪を心から歓迎しよう……と、言いたいところだが、来訪の目的も告げられずに玉座まで通したことは余の寛大な気持ちだということ、分かっておるであろうな?」


―――いきなり初手から、若いふたりにプレッシャーを与える言葉を投げ掛ける。


超大国であるヴァーミリオンを六百年も統べる伝説の皇帝にして剣聖、そのような人物に睨まれて怯まない者などいない。


ルシアとバサラもまたその例に漏れずイェンリンの迫力に飲まれてたじろいでいたが、それでもルシアは言葉を返す。


「外交上での非礼は重々承知の上でございます。そのことについては心よりお詫び申し上げます。しかし、事は我がインディゴ公国に取っては重大な問題であり秘密裏に国を出る必要もあり、陛下に対しましてこのようなお目通りとなりましたこと、重ねてお詫び申し上げます」


ルシアが述べた後に頭を深く下げると、バサラも共に深く頭を下げる。


「秘密裏に国を……何があったか申して見よ」


イェンリンは理由を話す機会を与える。


「陛下の寛大な御心に感謝申し上げます。この度、我がインディゴ公国と海を隔てた、かの『鉄血の帝国』……シニストラ帝国が―――宣戦布告をして参りました」


「ッ?!―――シニストラ帝国だと?」


予想を上回るルシアの話しに、イェンリンは思わず顔を強張らせる。


「……しかし貴国とシニストラ帝国は良好な国交関係を結んでいたと思っていたが?」


そう問い掛けながらイェンリンはヒルドに視線を向ける。


【ヒルド、そのようなシニストラの動きを掴んでいたか?】


『伝心』でヒルドに問い掛けるイェンリン。


【いえ、そのような話は噂にも入って来ていない……あまりにも脈絡のない宣戦布告だわ】


情報関連の責任者として各国の情報を収集する担当のヒルドですら、シニストラ帝国の突然の動きに困惑していた。


「陛下のおっしゃる通り、我が国とシニストラ帝国とは海運業や特産品の行き来など行い、我が国が北部ノルドの海の玄関口として互いに栄えてきました」


「そうだな。シニストラは我がヴァーミリオンと直接の交易を断り、あくまで貴国を玄関口として選んだほど相思相愛の間柄だったはずだからな」




―――シニストラ帝国


インディゴ公国から海を隔てた北西にある島国であり、シニストラ本島とギオ島、メナ島の三島からなる国家である。


緯度はヴァーミリオンの首都レッドと、さほど変わらない位置にあるものの、シニストラは寒波の発生しやすい地域となっており、年間の三分の一は雪に覆われるほどの特殊な気候である。


それ故に農作物は南部方面とギオ島でしか育てることが出来ず、輸入に頼っている側面がある一方で、本土と北部のメナ島では帝国でしか取れない希少鉱石が採掘されている。


その希少鉱石が主要輸出品であり、環境に反して財政面は潤っている情勢である。


またこの帝国の特徴は国民に対しての配給制を敷き、皇帝に対する絶対の支配を行っている。


過酷な環境の中で生まれた生存していくための制度であったが、その全権が皇帝にあるため人々はそれに従わなければ生きられない体制となっているのだ。




そんなシニストラ帝国がヴァーミリオンとの関係を蹴ってまでインディゴ公国との交易に拘ったのは、誰あろうイェンリンの存在が原因であった。


生きる伝説であるイェンリンを畏怖した当時のシニストラ皇帝はヴァーミリオンと同盟を締結したインディゴ公国だけと交易を行うことで、間接的にヴァーミリオンから侵略を受けないための布石としたのだ。


実際に交易を開かないシニストラ帝国に当時のイェンリンは苛立ちを覚えたがインディゴとの交易だけを望み、インディゴ公国との関係を良好に保っているシニストラ帝国にそれ以上は手出しも出来ず、インディゴ公国経由で希少鉱石の交易を行うしかなかったことが、今でもイェンリンにとっては気に入らない一件だったのだ。


その皮肉を込めたイェンリンの言葉にルシアは一瞬だけグッと表情を歪ませるが、すぐに―――


「陛下のおっしゃる通り、我が国とシニストラは良好な関係を継続しておりました。だからこそ、この度の宣戦布告には女王クレオニア=リアニス・インディゴ陛下も困惑を隠せず、かといって我が国の戦力だけでは、かの『鉄血の帝国』の戦力に敵うのは困難と判断致しました」


「戦わずして負けを認めるか……まあ、それも民の命を預かる為政者としては間違ってはいないだろう」


イェンリンには選択出来そうにない判断だが。


「シニストラの『鉄十字騎士団』は希少鉱石を用いた優れた装備に、厳しい環境の中で鍛えられた強者達の軍団だと聞く。インディゴの軍では太刀打ち出来んだろうな」


「はい……ですから我が国は、同盟国である貴国の御力をお借りするために、こうしてまかり越しました次第でございます」


その瞬間、玉座にイェンリンの『威圧』が充満する―――


「ヒッ!?」


―――その『威圧』の対象とされたルシアは、思わず小さな悲鳴を上げてしまった。


「余の兵達に……インディゴのために出陣しろと、そう言っているのか?ルシア=フォン・ローゼン」


静かに玉座の間に響くイェンリンの声にルシアは震え、言葉を返すことが出来ない。


だが、その時―――


「―――ヴァーミリオン皇帝陛下。どうぞ我が国と結ばれた同盟の内容を思い出して頂きたい」


―――言葉を発したのは、今まで黙って聴いていただけのバサラだった。


「……なんだと?」


当然だがイェンリンはバサラも『威圧』の対象にしていた。


にも関わらず意に介しない様子で言葉を発したバサラにイェンリンは興味が湧く。


「我が国とヴァーミリオン皇国との同盟には『相互軍事条約』も盛り込まれていたと記憶しております」




―――『相互軍事条約』とは、


インディゴ公国、ヴァーミリオン皇国の双方に外敵から戦争を仕掛けられた場合、互いに支援を行うという条約である。




「……よく学んでいるではないか、バサラ=クロイツよ。確かに我が国と貴国の同盟には同時に相互軍事条約も締結されている。それに従って我が国が貴国の支援を出さない訳にはいかぬ」


『威圧』を解除してイェンリンはバサラに向かって告げる。


「よかろう。しかし余はこれからシュヴァルツ皇国まで出向く催事がある。すぐに貴国に余が向かうことは出来ぬ」


そのイェンリンの返事にバサラは頷いて返す。


「致し方ございません。シニストラの宣戦布告は十四日後となっています。かの国はそれまでに降伏せよと言ってきております故、待てるのもそこまでかと」


「それまでには戦場に向かうことなど容易い。しかし、降伏勧告とはシニストラは随分と寛大なことだな」


イェンリンの皮肉にバサラが―――


「―――降伏後は王家から国民に至るまで隷属すると言ってきていますが」


―――と、シニストラの異常な降伏条件に絶句する。


「……それは一体、かの帝国に何が起こっているのだ?」


思わず問い掛けるイェンリンに、バサラは神妙な面持ちで、


「我等もそれが知りたいと思っています」


そう一言返すことしか出来なかった―――






―――時は戻り、黒龍城の貴賓室


「これが余の話したかったことだ。相互軍事条約により余はインディゴ公国に出兵しなければならん」


イェンリンの話しを黙って聴いていた八雲は、


「どうも胡散臭い話だな。そのシニストラ帝国ってインディゴ公国と揉めるようなことでもあったのか?」


「若い公爵達にも訊いたが、女王ですら心当たりがないと言っていたそうだ。突然心変わりしたシニストラ帝国のことも気になる。故に余はこの調印式が終わったらすぐにヴァーミリオンに戻る」


「そうか……だったら俺も行こう」


突然の八雲の言葉に周囲の者が驚きの表情に変わる。


「お前ならそう言い出すような予感がしていた。それと……若い公爵のひとり、バサラ=クロイツからお前宛てに親書を預かってきた」


そう言ってフレイアから受け取った封筒を八雲に渡すイェンリン。


封筒は赤い蝋で封印されていて、その蝋には紋章のような印章が押し付けられて機密性を保っている。


「俺宛てに?でも俺はそのバサラとかいう人物に会ったことないんだけど?」


「バサラも会った事はないと言っていた。だが、これを見ればお前は自ら来るとも言っていたぞ?八雲……お前、余というものがありながら、いつの間に男趣味に走ったのだ?」


「ヤダそれ絶対ないから。これ開けてそれらしいこと書いてあったら、確かに俺自身出向いてそのバサラとかいう奴を斬るから」


「冗談だ。開けてみろ」


イェンリンに促されて封を切り、封筒の中に入っている親書らしき紙を取り出す八雲。


恐る恐るその紙を開いた八雲は、その紙に書かれた文字を見て硬直する―――


「……嘘……だろ?」


「どうした?何が書いてあるのだ?んんっ?なんだこれは?文字なのか?見たことがないものだな?」


覗き込んだイェンリンの言葉に、雪菜達も覗き込む。


「―――エッ!?」


「―――そんな……これは……」


それを見た雪菜とユリエルは八雲と同じく驚愕の表情を浮かべる。


八雲の持つ紙には、


『富士山』


と漢字でそれだけが書かれていたのだった―――



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