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第375話 調印式当日に集う者達

―――調印式当日


この日、フロンテ大陸西部オーヴェストにおける九つの国が一堂に会して、『オーヴェスト=シュヴァルツ連邦』に加盟する調印式が執り行わる日となった―――


既にティーグル、エーグル、エレファン、リオンの四カ国が結ばれたシュヴァルツ皇国と―――


―――その周辺国であるレオパール魔導国、ウルス共和国、フォック聖法国、イロンデル公国、フォーコン王国の五カ国が本日『オーヴェスト五大同盟』を締結し、最終的にシュヴァルツ皇国とオーヴェスト五大同盟が連邦締結を行うことで、オーヴェストの歴史上最大の連邦国家が誕生するのだ。


ティーグル以外の各国の代表者達は、八雲が敷いたトレーラー馬車の処女運転に合わせて各国からすでに出発し、この歴史的な日に到着する手筈となっている。




エーグル公王領からは―――


「これが八雲様のお造りになったトレーラー馬車という乗り物なのですね♪ ですが、些か豪華すぎではありませんか?」


公王であり女皇帝であるフレデリカ=シン・エーグルは、宮殿のように豪華な造りをした内装に驚いていた。


「陛下、こちらの車両は王族が移動に利用する際の特別な車両だと、黒帝陛下よりお伺いしております。民が利用する際の車両は椅子が並ぶ乗り合い馬車のような内装です」


フレデリカにそう説明するのは、エーグル騎士団団長のキグニス=オスロ―である。


「まあっ!そうなのですか!?では、この車両は八雲様がわたくしのために……」


「はい。この馬車は黒神龍様の鱗で造られた素材で覆われており、物理攻撃も魔法攻撃もすべて弾き返してくれます。勿論、民達が利用する際の車両も同様に外敵から護られるそうです。本当に驚きを隠せませんな」


「ふふっ♪ オスロー卿はいつも落ち着いていらっしゃいますから、逆に驚いた顔を見てみたいと思っておりましたわ」


「いやいや、わたくしの想像など及びもしない物が飛び出すような時代、黒帝陛下の時代となって驚かない日はございませんよ。さあ、間もなく到着の時間です」


「ええ♪ 分かりましたわ」


―――笑顔で会話を終えたフレデリカは八雲の用意した王族専用の貴賓車両を満喫してティーグルに到着する。




エレファン公王領からは―――


公王にして獣王であるエミリオ=天獅・ライオネルが先代王である父レオン=天獅・ライオネルと共に、八雲の用意した貴賓車両で優雅な旅を満喫してティーグルに到着しようとしていた。


「父上、ティーグルに入りました。間もなく首都アードラーに到着致します」


「うむ。知らせではこの度、アマリアも黒帝陛下に同行してティーグルに来ているそうだ。知らせでは元気にしていると伝えてくれたが……」


アマリアの事となるとついつい心配症になるレオンもまた、末娘を可愛がるひとりの父親だという一面を見せる。


その様子にエミリオは、やれやれといった呆れ顔をしつつ、


「父上……アマリアも、もう子供ではありません。いい加減に子離れなされては如何ですか?」


「なにっ!?……いや、儂は別にそのようなつもりでは……」


エミリオの指摘についつい頭を掻いて誤魔化すレオン。


「黒帝陛下にお傍に置いて頂いている以上、すでに大人となっていてもおかしくありません」


「な、なにいぃ!?―――そ、そう……かもしれんな……うむ……」


生々しいエミリオの指摘に気まずい顔をして落ち込むレオン。


「ふたりでアマリアの成長を見守って参りましょう」


「そう言って、お前もそろそろ嫁を娶らねばなるまい!いい加減に身を固めよ!」


「これは藪蛇でしたか……」


―――今度はエミリオが渋い顔を見せながら、車両は首都アードラーへと進んで行った。




リオン議会領からは―――


「カタリーナ、学院の始業式には間に合いそうもないがいいのか?」


リオン議会領の代表ジョヴァンニ=ロッシは同行した愛娘のカタリーナ=ロッシに問い掛ける。


「ええ。始業式に間に合わないのは仕方ございませんわ。わたくしにとってはこうしてシュヴァルツの地で八雲様にお会いすることの方が何よりも優先されますから」


笑顔でジョヴァンニに答えるカタリーナの様子に、ジョヴァンニは肩を竦めて笑顔を見せる。


「そういう判断の早さは本当に良い商人だよ、お前は。しかしカタリーナ、この車両―――」


「―――売り出せば絶対に金に糸目をつけない貴族や王族が大金を積むこと、間違いございませんわ!!」


「やはりお前もそう思うか!黒帝陛下には要相談だな」


商人の街リオンのトップである商会を営むロッシ家では、当たり前のように商売の話となる。


「八雲様にはわたくしからも上手く交渉しておきますわ♪」


そうは言ってもカタリーナは八雲が売る気がないことは何となくだが分かっている。


「今はこの車両での快適な旅を楽しむとしようか」


―――ジョヴァンニの言葉にカタリーナはニコリと笑みを返して頷くのだった。




レオパール魔導国からは―――


国家代表となったエルドナ=フォーリブスとその相談役になったエヴリン=アイネソンのふたりが、車内でワイングラスを傾け合って乾杯してグラスを空けていく。


「ングッ!はぁ~♪ 本当に美味しいわぁ~♪/////」


「ちょっとエヴリン。貴女そんなに飲んで本当に大丈夫?」


既に一本ワインを空けて、顔を真っ赤にしているエヴリンに殆ど素面のエルドナが心配して声を掛ける。


「らいじょうぶよぉ~♪ わたしぃこれでもぉ、お酒には強いんだからぁ~♪/////」


「そんなこと言って、貴女がお酒を飲んで酔わなかったことなんてないじゃないの……」


長い付き合いで、もはや合言葉のようになっているふたりの会話は、最早酒のつまみと化しているくらい日常会話に馴染んでしまっている。


「こんなおめでたい日なんだからぁ♪ 少しくらい酔ってもいいじゃない!/////」


「貴方の少しは全然少しじゃないでしょう?そんなことだと、黒帝陛下に嫌われるわよ?」


「―――エッ!?……そう、かしら?……嫌われる?」


数百年の歳を重ねたエルフ族が、まるで恋する乙女の様に想い人の気持ちを気にする姿が面白くなってエルドナは噴き出してしまう。


「ぷっ、ウフフフッ!―――エヴリン、貴女本当に八雲様に恋をしているのねぇ♪」


「ああっ!そういうエルドナだって、八雲様に嫌われたくなんかないでしょうっ!!/////」


―――ふたりのエルフ美女の笑い合う様子が今の平和を象徴しているかのようで、そうしている間にも貴賓車両は首都アードラーへと向かうのだった。




フォック聖法国からは―――


豪華な車両の中でも、定時の祈りを捧げるフォック聖法国の最高責任者である聖法王ジェローム=エステヴァンの姿があった。


共に祈りを捧げるのは聖法国の誇るエリート騎士団である聖法庁聖戦騎士団クルセイダーズ団長フォスター=クレブスと、聖法王の補助を行う役割を担う聖法庁副助祭マドアス=コルトマンだった。


「……さて、朝の礼拝をこのように移動した状態で行うとは思わなかったが、この世界の平和に繋がる日になると思えば神もきっと、ご寛大に祈りを受け止めて頂けるだろう」


以前に天聖神の使徒であるラーンから祈りが届いていたことを教えられたジェロームは、重ねてきた祈りの意味を改めて深く考える切掛けとなった。


ジェロームの言葉にフォスターもマドアスも頷き、


「神もきっと猊下の祈りの言葉をお聞き届けくださいます」


マドアスが自信のある表情でにこやかに微笑み、それに続いてフォスターも頷く。


「黒帝陛下と黒神龍様の元、これほどまでにオーヴェストが纏まったことなど歴史的にもないこと。これもまた神のお導きなのでしょう」


今度はフォスターの言葉にジェロームが頷く。


―――信心深い聖法国の信徒達は、首都アードラーが視界に入るところまで来ていた。




ウルス共和国からは―――


「オオオッ!!!―――イザベルッ!!!もうすぐアードラーに到着するぞっ!!!」


車内で興奮の声を上げるのはウルス共和国国王バンドリン=ギブソン・ウルスである。


「ハァ……父上、もうずっと興奮したままでそのうち血管が切れますよ……」


子供のようにはしゃぐバンドリンに、娘のイザベル=メル・ウルスが溜め息混じりに諫める。


「ガハハハッ!!すまんなぁ!このような豪華な馬車まで用意してもらって、些か自分を抑えることが出来んようになってしまった。吾輩の人生でこれほど興奮することが起こるとは想像もしていなかったのでな!」


イザベルもバンドリンの気持ちは理解出来ない訳ではない。


むしろ自身も愛しい八雲がオーヴェストを統一する覇者になることに興奮しない方がおかしいというものだ。


「イザベル……黒帝陛下には多くの妻がおられる。だが、あの御方は誰一人として蔑ろにするようなことはなさるまい」


「どうしたの?急にそんな話をし出すなんて?」


突然神妙な面持ちになってイザベルに話し始めるバンドリンに、ここに来てその態度の変わりようにイザベルは驚く。


「我が国が受けた恩はあまりにも大きすぎる。吾輩は残りの人生をかけて黒帝陛下に御恩返しをしなければならん」


「もう何度も聞いています。私も父上と同じ気持ちだよ」


―――そう言って微笑むイザベルにバンドリンも再び笑顔で返すのだった。




イロンデル公国からは―――


亡きイロンデル公王ワインド=グラット・イロンデルの後継者として公王の座を継承したカイレスト=ゴロク・イロンデルは、宰相であるデビロ=グラチェ・エンドーサと共に八雲の用意した貴賓車両に乗ってティーグルの地に入っていた。


「亡き父上も野心に飲まれることがなければ、こうして豪華な馬車に乗ってティーグルに招かれていたかも知れぬ」


「陛下……」


ワインドと共に野心に走っていたデビロにとっては心痛な面持ちとなって何も答えることは出来ない。


「だが、だからこそ今のイロンデルを変えなければならないと思い至ることも出来た。私が良き王であるかは分からないが、良き王になろうという思いは私の胸の内にある」


「はい。わたくしも自身の愚行を、こうして生き恥を晒してでも国のために残りの人生を賭して、新たな良き王の礎となれるよう、努力して参ります」


カイレストが思い描く良き王はまだ遥か先にある理想だ。


―――そんな理想を現実にするため、若き王は約束の地ティーグルへと向かうのだった。




フォーコン王国からは―――


「おお~!八雲のヤツ、随分と豪華な馬車を用意したなぁ~♪ なんでも用意されてるじゃないか!」


そういって終始はしゃいでいるのはダルタニアンだった。


「おいダルタニアン!お前、はしゃぎすぎだぞっ!陛下の御前で!」


そんなダルタニアンを諫めるのはアラミスだ。


「そんなこと言ってアラミスも初めは目をキラキラさせて驚いていたじゃないか♪ 隠しても無駄だぞ?」


ダルタニアンの返しにアラミスが「ウグッ!」と声を詰まらせる。


「アラミス、かまわないわ……ダルタニアンが楽しそうにしているのは、私も見ていて楽しくなってきますから」


「陛下……差し出がましいとは思いますが、陛下はダルタニアンに甘すぎます。もう少し厳しいご処分をお願い申し上げます」


「あら?アラミスは楽しくはないの?」


フォーコン王国女王レーツェル==ブルート・フォーコンは、首を傾げてアラミスに問い掛ける。


「わたくしは陛下の護衛が任務です!楽しむなどもっての外です」


そう返したアラミスの態度に、今度はアトスが含み笑いを浮かべる。


「アラミス。お前のその生真面目さは美徳だが、これも陛下の寛大な御心があってこそ我等をご同行させて下さっているのだ。それもお前と黒帝陛下の関係を思えばこそのことだ」


「なっ!?わ、私のことはいいのだ!陛下、どうぞ陛下の望まれるようになさって下さい」


八雲の『龍紋の乙女クレスト・メイデン』に加わっているアラミスのことを思って、今回の馬車での移動にもアラミスを同行させたレーツェルの本音としては、男装までして自らに仕える不遇の妹アラミスに少しでも女の幸せを感じてもらいたかったのだ。


「私の望む通りに……では、アラミス……この間来た『チャイナドレス』というものをまた一緒に着ましょう」


「陛下っ!?/////」


妹の可愛い姿を見たいと望んだレーツェルの言葉に、アラミスは虚を突かれて甲高い声が漏れる。


―――そんなふたりの様子にアトス、ポルトス、ダルタニアンにコンスタンスまでが笑い声を上げて穏やかに馬車は進んで行くのだった。





そんな各国の馬車がティーグルの首都アードラーの城壁の外にあるターミナルに、次々に到着するのだった―――


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