―――黒龍城の大広間
今日のために段取りをしてきたティーグル公王領エドワード=オーベン・ティーグルは、実弟である公爵のクリストフ=ヘルツォーク・エアストと共に調印式の最終確認を行っていた―――
「漸くこの日を迎えることが出来ましたな。陛下」
真面目な表情を浮かべてエドワードにそう告げるクリストフ。
「ああ。クリストフ、ここまで来たからといってこれで終わりではない。むしろこれから始まると言ってよいだろう」
諭すように静かに答えるエドワードに、クリストフも頷く。
同じく大広間にはエドワード達と共に黒龍城へと入場した―――
ティーグル公王領
―――第一王子アルフォンス=プロトス・ティーグル
第二王子ゲオルク=ツヴァイト・ティーグル―――
―――そして第三王女ヴァレリア=テルツォ・ティーグルも、久しぶりに公式の場に揃っていた。
ヴァレリアの隣にはシャルロットとアンヌも揃っている。
「ゲオルク兄さま。お身体の調子が悪いとお伺いしておりましたが、お加減は如何ですか?」
久しぶりに公の場でゲオルクの顔を見たヴァレリアは心配顔で声を掛ける。
「ありがとうヴァレリア。あまり良くはないのだが、今日はめでたい催事。出ないという訳にはいくまいよ」
体調が悪いというゲオルクのどこか不調を抱えた様な表情にヴァレリアの不安は膨らんでいく。
そのやりとりを聞いていたアルフォンスは、
「あまり無理はするな。キツくなったら席を離れてもかまわないぞ、ゲオルク」
「ありがとうございます兄上……ですが、これも王族の使命でしょう。最後まで出席させて頂きます」
白々しいゲオルクの返事にアルフォンスにはヴァレリアとは別の不安が広がっていくが、此処は黒龍城、
黒神龍ノワール=ミッドナイト・ドラゴンの城だ。
ここで下手な真似をすれば、たとえ王族であろうと一瞬で命の燈火を吹き消されてもおかしくはない。
大広間には次から次へと各国の代表達が集まってくる。
まず初めに大広間にやってきたのはエーグル公王領の公王にして女皇帝フレデリカだった。
それに続いてエレファンの公王にして獣王エミリオに先代獣王のレオン。
そして次に現れたのはリオン議会領の議長ジョヴァンニと愛娘のカタリーナのふたりだ。
皆、正装に身を包み、男性は普段とは違うフォーマルな礼服を纏い、女性達は国の代表として恥ずかしくない豪華なドレスに煌びやかな装飾品に身を包んでいる。
「おおっ!シュヴァルツ皇国の四カ国が先に揃ったなっ!」
エドワードは入場してきたシュヴァルツ皇国の面々を見て、豪快に笑いながら集いに参加してきた。
「ご機嫌麗しゅうございます。エドワード公王。今日はまた一段とご機嫌がよろしいようですわね♪」
フレデリカが笑顔の絶えないエドワードに告げると、
「ふふっ、そういうフレデリカ殿も随分と機嫌が良いのではないか?」
と、お互いに今日の調印式に対して高揚していることを、敢えて惚けながら会話する。
「今日は誰もが予想もしていなかった偉業が成し遂げられます日ですから♪ エーグルの為政者としても、八雲様の妻としても誇らしい日ですわ♪」
そう言って満面の笑みを浮かべるフレデリカと、
「おっしゃる通り、今日という日に立ち会えることは歴史的にも名を残すことになるでしょうな」
エドワードとフレデリカの会話に加わったのはジョヴァンニだ。
「お主の場合は、連邦の調印よりも黒帝殿のトレーラー馬車の方が気になっておるのではないか?」
「それは否定出来ませんな、レオン殿」
性格を良く知っているレオンがそこで突っ込むと、ジョヴァンニも否定はしない。
そしてジョヴァンニと共にいたカタリーナも、ここぞとばかりに豪華なドレスに身を包み、フレデリカやヴァレリア、シャルロット達に手を小さく振って笑顔を贈る。
シュヴァルツ皇国の面々が話しているうちに、オーヴェスト五大同盟を締結する予定の国々から到着した代表達が互いに挨拶を交わすと、大広間にて調印式の開始を今か今かと待ちわびていた。
「―――お待たせいたしました。皆様、どうぞ黒龍城玉座の間にお願い申し上げます」
集まった代表者と来賓、護衛の者達を呼びに来たのは
その声に全員が従い、長い廊下を進むアリエスに続いていく―――
―――暫く歩いた先に待っているのは重々しい金属の巨大な扉だ。
その扉をひとりで軽々と開放するアリエス―――
―――重厚な扉の造りに気がついた者達は、その所業に素直に驚きの顔を見せていく。
「シュヴァルツ皇国、並びにオーヴェスト五大同盟の皆様―――ご入場致します」
アリエスの澄んだ声が玉座の間に響くと、その先に待つのは―――
「おお……なんと雅な……」
―――この地に集った四大神龍達。
ノワールはフォック聖法国で言葉を聴かせた時の装いだった―――
黒の着物地に金の龍が描かれており、その長い黒髪はハーフアップにされ、金で造られた簪が纏めた髪に刺されて神々しい美しさと褐色の肌から醸し出される魅力に誰しもが息を呑む。
そしてノワールの希望で帯には黒大太刀=因陀羅が太刀紐を使用して腰から下げられている。
大太刀は本来、かつぐか手に持つか家臣に持たせるのが基本だが、今回は式典ということで腰に下げる形で帯刀していた。
―――紅蓮も同様に、ノワールと同じデザインの着物だが、紅の着物地に金の龍が描かれ、紅い髪はノワール同様ハーフアップに纏められているところに金の簪の装飾が刺さり、普段の巫女服のような衣装とはまた違う美しさを放っていた。
その穏やかな微笑みはその場に集った者達の心を引き寄せていった―――
――――白雪もフォックの時と同じ白の着物地に金の龍が描かれていて、白く長い髪はハーフアップに纏められて、その髪にも金の簪と装飾が刺されていることで、その純白の姿に美しさと煌びやかさが合わさり、天女の如き美しさを現世に体現していた。
無表情な顔立ちだが、人間とは比べようもない美しいその容姿に、その場にいる誰もが息を呑んだ―――
―――セレストも他の三人と同様、蒼の着物地に金の龍が描かれ、その蒼く長い髪をハーフアップに纏めて金の簪や装飾を鏤めており、大人びた容姿とその衣装から放たれる神々しさと魅力に皆はまた釘付けになっていた。
清浄な空気を纏う彼女の清らかな雰囲気に、それを目にした玉座に集う者達は、まるで心が洗われるような感動を受けていた―――
―――四人の纏う神聖なオーラが折り重なり、彼女達の集うその場は黄金のオーラに覆われて輝きを放ち、この地に神が降り立ったような光景がそこにあった。
玉座の間の壁には、玉座の後ろに黒い龍旗が設置されて左右の壁には、この度の調印式に参加している国々の紋章旗が並んで設営されている―――
そして今回は、四大神龍の御子達も装いを新たにして並んでいた―――
―――紅神龍の御子
イェンリン=ロッソ・ヴァーミリオンは、紅蓮と同じ紅の着物風の衣装に、黄金の龍が刺繍されており、黒い帯を巻いた腰には黒炎剣=焔羅が帯剣されている。
金と赤のメッシュの長い髪を神龍達同様にアップで纏めて、元々が美人である上に化粧もしてさらに神々しくも剣聖の風格を漂わせる装いである。
―――白神龍の御子
草薙雪菜もまたイェンリン同様に着物風の衣装に身を包み、その腰には白龍剣=吹雪が帯剣されていた。
真っ白な着物には黄金の龍が刺繍され、黒い帯を巻いて大剣している姿は神話の女神のような堂々とした姿だ。
雪菜もまた普段とは違い、美少女の上に化粧をしているため、さらに美しさが際立って眩しいほどの輝きを放っている。
―――蒼神龍の御子
マキシ=ヘイトも同じく蒼い着物風の衣装に蒼龍剣=蒼夜を帯剣して、その着物には黄金の龍が描かれており、長い藍色の髪をアップに纏め、他の三人同様に黄金の髪飾りで豪華に着飾られ、可憐な美少女であるマキシを輝かせる。
イェンリン、雪菜同様に化粧を施しており、この世の者とは思えないほどに美しさを放っていた。
―――そして、黒神龍の御子
九頭竜八雲は―――
―――ノワールと同じく漆黒の着物風の礼服に身を包み、その着物には黄金の龍が刺繍され、他の御子達と同様に背中には黄金の『龍紋』が刺繍されており、腰に巻かれた黒い帯には黒刀=夜叉と黒小太刀=羅刹が帯刀されている。
漆黒の髪の上には、戴冠式の際にジェロームに被せられた帝冠、あの時ノワールがシュティーアに造らせた黄金と銀、そして大きな宝石により装飾された光り輝く帝冠が輝いていた―――
「―――来賓の皆様をお待たせして申し訳なかった。準備に手間が掛かっちゃって」
そう言って謝罪する八雲だが、この豪華な着物風の衣装は雪菜監修の元で葵、白金の意見も総合して独特の雰囲気を醸し出しており、それだけに見た通り着るのも相当の手間が掛かる物だった。
雪菜は現代日本にあった様々なアニメ作品やゲームのキャラクターから考案して、特にこのような公式の場で御子全員がお揃いの衣装を着たいと野望を抱いていたのだ。
フォック聖法国での『神龍の詩』では間に合わなかったが、今回の式典では満を持しての初御披露目となったのである。
―――そんな神々しい者達を前にして、ただの人間であるエドワード達は恐縮して言葉を失っていたが、
「いやぁ……実に神々しい。このような歴史的調印式には、まさに打って付けの装いですな」
エドワードの言葉に八雲は笑顔で返すが総監督した雪菜はエドワードの言葉と他の者達の羨望の眼差しを見ただけで、今回の衣装に力を入れた甲斐があったと感無量の様子だ。
「これは雪菜が作ってくれた礼服でさ。俺はこういうのは似合わないって言ったんだけど……」
コスプレ感の強い今着ている服装に、八雲は似合わないと言うが、
「そんなことありませんわ!」
「そうです!八雲様、本当によくお似合いです」
「カッコイイですっ!!!」
先に玉座に集っていた八雲の『
「あ、ありがとう―――それじゃあ、始めようか!」
八雲の言葉に九つの国の代表達が表情を引き締めて、玉座に用意された調印のための台座に向かう。
「まずは順序として『オーヴェスト五大同盟』を先に締結するとしよう」
エドワードの声に、レオパール、ウルス、フォック、イロンデル、フォーコンの代表者達が大きな台座の周囲に集まって行く。
五人の前に置かれた締結書に順番に署名していくエルドナ、バンドリン、ジェローム、カイレスト、レーツェル―――
「―――うむ、これでレオパール魔導国、ウルス共和国、フォック聖法国、イロンデル公国、フォーコン王国の『オーヴェスト五大同盟』は成った!次に―――シュヴァルツ皇国と五大同盟の『オーヴェスト=シュヴァルツ連邦』締結の調印を執り行う」
次に台座には八雲と五大同盟の代表者達が集う。
その台座に新しく用意された連邦締結書に、全員で署名がなされ、最後に九頭竜八雲が盟主であることが承認された。
「これでオーヴェスト=シュヴァルツ連邦が締結され、黒帝九頭竜八雲様が新たに連邦盟主となられた!四大神龍様におかれましては、この締結の見届けを願い奉ります」
エドワードの宣言にノワール達四人の神龍は頷き返す―――
「今日この時より我の御子―――九頭竜八雲がオーヴェストの盟主となったことを認める!」
―――ノワールの宣言をもって、ここに『オーヴェスト=シュヴァルツ連邦』が正式に誕生した瞬間だった。
周囲からお祝いと歓喜の声が上がる―――
―――その中でゲオルクだけは唇を噛みしめて恨みがましい視線を八雲に送っていた……
大陸歴1010年10月31日―――
フロンテ大陸西部オーヴェストは、九頭竜八雲を盟主としてここに統一されて連邦体制へと移行する。
しかし、それはまた新たな展開の幕開けに過ぎなかった―――
―――八雲が調印式を執り行っている最中、インディゴ公国の公爵ルシア=フォン・ローゼンは帰国の途についていた。
今はまだその途中であり、同じく公爵であるバサラ=クロイツも馬車に同乗している。
「バサラ……どうしてあんな書簡を黒帝陛下宛に渡したの?下手なことをすると外交問題になって剣聖からも不興を買ってしまうわ」
不機嫌な表情で向かいの席のバサラを問い質す。
しかし、バサラは窓の外を眺めながら、
「あの書簡がインディゴを護ることに繋がるはずだ。ルシアは心配せずに女王になる準備でもしてろよ」
と、素っ気なく答えてルシアはさらに不機嫌さが増していく。
(―――俺が思っている通りなら、必ず九頭竜八雲は確かめに来る……俺は、この戦争を乗り越えてルシアを護り女王にしてみせる)
遠い彼方の空を見つめながら、バサラはインディゴと幼馴染みの公爵令嬢を護ることをその空に誓ったのだった。
そして舞台は新天地へと移り代わっていく───