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第17章 鉄血の帝国編

第377話 それぞれの帰還

―――黒龍城で連邦が締結された日の翌日


昨日は夜通しと言っていいほどに黒龍城内で締結の宴が開かれ、アクアーリオ、フィッツェのみならず各神龍勢力の料理自慢がその腕を振るって豪華な料理から家庭的な料理まで幅広い料理に舌鼓を打っていった―――


例に漏れず八雲もまた普段着に戻ってから厨房に立ち、この日のために集めておいた食材を巨大な冷蔵庫から開放し、ふんだんに使用してオーヴェストの王族達をもてなした。


その行いに八雲との関係が最近からの者達は驚き、尚且つ出て来た珍しい料理(日本の一般的な料理)のことをあれこれと訊いては、その美味さに喜びの笑い声を上げていった。


皆、酒も入ってドンチャン騒ぎに移行していく頃にはシェーナ達エルフチビッ子部隊とファンロンが欠伸をして船をこぎ出したのを見てノワールがアリエスと白雪、ダイヤモンドと共に抱き上げて寝室へと向かう。


ファンロンは勿論サジテールが抱っこして連れて行ってしまった。


そんな宴会場のノリになった会場から徐々に女性陣が休むために抜けていき、最後には八雲と男達が残って最後まで飲みながら、オーヴェストのこれからを語り合うことで夜を明かしたのだった。


そして今日―――


「―――それじゃあ俺は一旦ヴァーミリオンに戻るよ。年が明けて卒業したら戻ってくるから」


「うむ。それまでは何かあれば龍の牙ドラゴン・ファングの方々に『伝心』で伝えてもらうことにしよう」


黒龍城の空港エリアで発進準備に取り掛かっている天翔船黒の皇帝シュヴァルツ・カイザーの前で、固い握手を交わす八雲とエドワード。


オーヴェストの各国の代表とも挨拶をして、『龍紋の乙女クレスト・メイデン』達にも熱い抱擁で一旦別れを告げる。


黒龍城には以前同様にサジテール、スコーピオ、フィッツェ、ジェーヴァが残る……はずだったのだが、


「ファンロンを置いて行ってくれないかっ!!」


ファンロンを胸に抱き締めて離さないサジテールが涙目で八雲に訴える。


「ダメだ。コイツはノワールの傍に置いておけって言われてるんだ。置いていく訳にはいかない」


八雲にNOを突きつけられてサジテールがますます泣き出しそうな顔になり、ファンロンを更にギュウゥッと抱き締める。


「ぎゃぶぅ!ぎゃはうっ!?」


強く抱きしめられ過ぎてファンロンが技から抜けようとするかのように藻掻き苦しむ。


そんな様子を見たスコーピオは溜め息を吐きながら、


「御子、もうこの際だからサジテールも連れて行ってくれ。この様子では残っても使い物にならん」


ジト目をサジテールに向けながら八雲にサジテールの同行を進言する。


「えっ?でも、城の方はいいのか?」


「このサジテールを置いていかれるくらいなら、序列外のメイド部隊の方がまだ働く」


「そこまで言っちゃう!?……でも、確かにこのまま此処に置いておいても悲惨な結果になりそうだからな。サジテール、そのまま黒の皇帝シュヴァルツ・カイザーに乗ってよしっ!!」


八雲の最終判断により、ヴァーミリオンに同行を許可されたサジテールは、


「やったぞっ!ファンロン!!これで明日からも一緒だぞっ♪」


満面の笑みで喜んでファンロンに頬ずりしている。


漸く落ち着いたところで、


「さあ、出発しよう!」


号令を掛けた八雲を先頭にして黒の皇帝シュヴァルツ・カイザーに乗り込み、ディオネに出発の指示を出すとタラップが内部に収納され、ハッチタイプのドアが自動的に閉鎖される。


そして大空に向かって飛び立つ黒の皇帝シュヴァルツ・カイザー―――


イェンリン達が乗った朱色の女皇帝ヴァーミリオン・エンプレスは既に飛び立って黒龍城の上空に浮遊しているラーン天空基地へと入港していた。


これから黒の皇帝シュヴァルツ・カイザーもラーン天空基地に入港し、来た時と同じく基地ごとヴァーミリオンに帰還するのだった―――






―――調印式を終えた八雲がヴァーミリオンに向かって出発した頃、


ヴァーミリオンからインディゴ公国に向かって帰還していたバサラとルシアは、もう国境を越えてインディゴ公国の首都ディオスタニアへと入った―――


海洋産業の発展した国であるインディゴ公国だが、首都は内陸よりである丁度中心の位置辺りに開かれている。


海で発展しているイメージからリオンのように海に近い場所に首都があると思われがちだが、歴史上何度も海賊や当時の外敵に襲撃された経緯から、首都は内陸に置かれることとなったのだ。


海洋近くには海洋都市バルカスが繁栄していて、ここにインディゴ公国の最大戦力でもある海軍の本拠地も置かれており、国防を担っている。


バルカスはインディゴ公国の海の玄関口となっており、宣戦布告されるつい先日までシニストラ帝国は互いに海洋貿易を行う間柄だったのだ。


森や草原ばかりだった道も、漸く首都の街道の雰囲気が見え始めたことにルシアはホッとした気持ちになる。


「まだ安心するのは早いぞ?城に入るまでは、いや……城に入っても油断するなよ、ルシア」


ルシアの表情を見て気が抜けたことに気がついたバサラは、戦時下に入る直前の国で公爵が気を抜いていると刺客共の餌食になる可能性もあると指摘したのだ。


そんなバサラの声を聞いて、途端に不機嫌顔に変わっていくルシア。


「言われなくても分かっているわ。それよりも、陛下には貴方の逸脱した行動についてしっかりと報告させてもらうから」


ルシアも負けん気を出して言い返すが、バサラはそんな言葉、どこ吹く風といった感じでひとり物思いに耽る。


(九頭竜八雲……その名前を聞いた時にはアンゴロ大陸の出身かとも思ったが、調べさせたらキャンピング馬車だの空飛ぶ船だのって、明らかにこの世界の物じゃないって物を造り出している。間違いなく黒帝は異世界人だ)


―――龍の牙ドラゴン・ファング左の牙レフト・ファングだけではなく、各国にそれぞれの優秀な諜報員は存在する。


バサラもまたクロイツ公爵家お抱えの諜報部隊が存在した。


北部ノルドのヴァーミリオンから南方に下ったシュヴァルツ皇国にもその手の者を派遣してある。


それがここ半年余りの間に元皇国であるティーグルからの報告が増え始めたかと思うと、あっという間にシュヴァルツ皇国という四カ国が纏まった巨大国家が誕生した時には、流石のバサラも面食らって驚きを隠せなかった。


その合間に送られてきた巨大な馬車であるキャンピング馬車のことや天翔船といった空飛ぶ船の報告まで届いて、バサラの疑念は一気に確信に変わる。


「―――もうすぐ城に着くわよ、バサラ」


そこでルシアの声で正気に戻されたバサラは窓の外に見えるインディゴ公国王家の城―――オクターブ城を見つめていた。


白地の壁に、水をイメージしたような空色の装飾が施された清廉な美しい城はバサラに改めて決意を固めさせる―――


(この国はルシアが治める国になるんだ。その国をシニストラ帝国の属国なんかにしてたまるか!……そのためには、剣聖と黒帝の力が必要になる)


―――ふたりを乗せた馬車は首都の街並みを抜けて、


正面に見えてくる白磁の城へと突き進むのだった―――






―――オクターブ城の玉座の間


女王クレオニア=リアニス・インディゴは、先に到着した先触れの報告を聴いて送り出した若き公爵二名の帰国を待ちわびていた。


「ルシア……バサラ……」


もう六十に近い女王は、これまで太平の世を治めて近隣国との関係も良好だった。


良好なはずだったのだ……


だが、海を隔てた軍事力も高く、血気盛んな民族であるシニストラが自国を標的として隷属化を上からの物言いで宣告してきた。


一体シニストラに何が起こったのか、現在も王家の手の者が調べているが明確な報告はまだ届いてはいなかった。


―――いや、届かないのだ。


シニストラの中央に調査に出向いた者達は尽くシニストラの軍によって拘束されている。


まるで此方の動きを見透かしているかのような先手必勝のシニストラの動きは、歳を取った女王には余りにも酷な状況を生み出している。


頭を悩ませる女王の待つ玉座の間に、近衛兵の声が響き渡る―――


「ローゼン公爵家、ルシア=フォン・ローゼン様!クロイツ公爵家、バサラ=クロイツ様!―――ご入場っ!!!」


―――その声にハッと我に返ったクレオニアは、玉座の赤絨毯を踏みしめて接近するふたりの公爵に視線を合わせて、その報告を待ちわびる。


女王の前に立ち並び、片膝をついて頭を下げるルシアとバサラ。


「ただいまヴァーミリオン皇国より帰国致しました。陛下にはその間、ご心痛をお掛けしまして誠に申し訳ございませんでした」


ルシアから帰国の挨拶が述べられると、笑顔を浮かべるクレオニアは、


「まずはよく無事に戻りました。貴方達がこうして戻ってくれただけでも嬉しいわ。それで、首尾は如何でしたか?」


ふたりを送り出した目的―――


古き同盟ではあるが、その中にある『相互軍事条約』の履行を求めるためにヴァーミリオンに向かったふたりの結果が気になるクレオニアが問い掛ける。


「はい。かの剣聖イェンリン=ロッソ・ヴァーミリオン陛下には、この度の件、条約に基づき出陣するとのお約束を頂いて参りました」


ルシアの笑顔を浮かべての報告にクレオニアも笑みが零れる。


「そう……剣聖には頼ってしまって申し訳ないけれど、インディゴが落ちれば次はヴァーミリオンに脅威が向かうことになるかも知れない。それはヴァーミリオン陛下ほどの御方であれば、お見通しでしょうけど」


イェンリンは言い様によっては、フロンテ大陸では一番戦争経験の多い人物とも言える。


自身の国を護るため、そのために周辺諸国と長きに渡り領土戦を繰り返し、今の超大国を築き上げたイェンリンは他国の軍部では剣聖よりも『軍神』と呼ばれているほどだった。


「口にはされませんでしたがインディゴが、かの帝国の属国となれば要らぬ脅威が隣国までやってくることはご理解されているものと。なればこそ、相互軍事条約の話しが出るとすぐに『威圧』されていた空気を収められましたから」


「恐らく貴方達をお試しになったのでしょうね……あの御方は昔からそういったところがありますから」


「恐れながら、陛下は直接ヴァーミリオン皇帝陛下にお会いになったことがあるのですか?」


まるで古くからの知り合いのような言い回しのクレオニアの言葉に、ルシアは思わず問い掛ける。


「……ええ。ありますとも。遥か昔、もう四十年以上前になるかしら。その頃はまだ私もこの国の王女の地位にいる時でした。その時に外交で訪れていらっしゃったイェンリン様には随分と可愛がって頂きました」


「そうだったのですね……」


クレオニアの言葉で得心のいったルシアが、次に―――


「それと、この度の謁見の際にバサラが独断でシュヴァルツ皇国の黒帝陛下宛ての親書をヴァーミリオン皇帝陛下に預けました。そのような話、わたくしは聴いておりません。陛下もご存知なかったのであれば、この大事な時に他国と余計な波風を立てるバサラにどうぞ厳罰をお与えください」


―――言っていた通り、バサラの独断行動を咎めるようにクレオニアに報告する。


「バサラが、シュヴァルツ皇国の黒帝陛下に……バサラ?一体どういう意図があってそのような真似を?」


クレオニアも聴かされていなかったバサラの行為に、その真意を問い掛ける。


すると黙って聴いていたバサラが俯いていた顔を上げると、


「このインディゴを―――救うためでございます」


クレオニアとルシアにはっきりとした口調でそう告げるのだった―――



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