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第378話 バサラ=クロイツの決意

「―――このインディゴを救うためでございます」


バサラの強い意志を感じる声がオクターブ城の玉座に木霊する―――


「何をいい加減なことを!そう言えば陛下が許すとでも思っているの!!」


「怒っているのはルシアだけじゃないか?」


何食わぬ顔で答えるバサラにルシアの怒りは沸点を越えるが、そこで女王の声が響く。


「落ち着きなさい、ルシア。それでバサラ……貴方の出した黒帝陛下への書簡がインディゴを救うというのは一体どういう意味なのですか?」


「それは申し上げることは出来ません」


「―――バサラッ!!」


女王クレオニアにまで秘匿するバサラの態度にルシアの我慢も限界に達した。


「言ったはずだ、ルシア。城に入った後も気を抜くなと」


「はぁ?―――それが今、何の関係があるというの!!」


「あるさ。この玉座にいる裏切り者に詳しい話を聴かせる訳にはいかない」


「えっ!?」


突然バサラの口にした『裏切り者』という言葉に、ルシアも玉座に座るクレオニアも虚を突かれて呆気に取られてしまう。


「な、何をまた言い出すかと思えば!此処は神聖なる玉座の間よっ!!一体何処に貴方のいう裏切り者がいるというの!!!」


白熱するルシアの言葉を聴いて、片膝をついていたバサラがその場に立ち上がると、入口から玉座までを繋ぐ赤い絨毯で分かたれた近衛騎士団に視線を向ける。


「……ブライミン=ギュリ、お前のことを言っている」


「―――なっ!?」


整列していた近衛騎士団の中から茶色い髪の若い騎士が驚きの形相に変わる。


「近衛騎士でありながらお前はシニストラと内通している。最後は栄誉あるインディゴ近衛騎士団のひとりとして潔く自害せよ」


バサラの淡々とした自害を促す言葉に、名指しされたブライミンは脂汗を浮かべながらも反論する。


「な、何を仰っているのか私には身に覚えのないことです!!!お、お言葉ですが閣下!私は近衛騎士団のひとりです!その私が国を裏切るような真似など―――」


「―――城下の『黒山羊亭』」


「……は?」


言葉を遮っていきたバサラが口にした城下町の行きつけの店の名前が出て、ブライミンは顔を青くする。


「シニストラからもらった金で、女と飲む酒は美味かったか?」


「―――ッ!?な、なにをっ!言いがかりも甚だしい!!」


ブライミンの表情には最早余裕などなく、今にも襲い掛かりそうな勢いで声を上げる。


「まだ認めないのか……じゃあ、いいことを教えてやろう」


「な、なに?」


あくまでも冷静なバサラの態度にクレオニアもルシアも、周囲で状況を見守っている他の近衛騎士団達までも背中に冷たい汗が流れる。


「お前が行きつけにしているあの黒山羊亭は……俺の手の者がやっている店だ」


「……はぁ?」


バサラの言葉が理解出来ないブライミン。


「だから、お前は俺の手の者がやっている店で、そんなことも知らず女連れで現れて、酒に任せてベラベラと金の出どころを話していたってことだ」


「そ、そんなっ!?俺達は個室にいたんだぞっ!!」


黒山羊亭は料理屋と居酒屋が合わせられたような店だが、その敷地内には連れ込み用の個室が幾つも用意されている。


「部屋に入れば気が緩んでベラベラ喋るのは、やめておいた方がいいぞ?こうして致命的な結果を招く」


最後まで淡々と告げるバサラ―――


「―――ウワァアアアアッ!!!」


―――その冷たい視線に耐え切れず、その場で腰の剣を鞘から引き抜くブライミン。


その暴挙に近衛騎士団も剣を抜こうと腰に手を持っていくが―――


「―――遅い」


―――その動作よりも更に上をいくバサラの『身体加速』は、剣を上段に構えて襲い掛かろうとしていたブライミンの懐に一瞬で飛び込み、屈んだ位置から固く握り締めた拳で目の前の裏切り者の顎を天に向かって撃ち抜く。


「グボホォオオア―――ッ?!」


白銀の鎧を纏った近衛騎士の身体が、撃ち込まれたアッパーパンチで玉座の空中に浮かび上がり、赤い絨毯の上に吹き飛んでいく―――


誰もが唖然として見つめている中、


「おい、捕縛しろ」


呆気に取られている近衛騎士団に命じるバサラの声で正気に戻り、玉座に転がって気絶しているブライミンを確保すると引き摺り連れ出していった。


その様子を確かめてからクレオニアに向き直るバサラは、再び片膝をついて礼をする。


「見苦しいものをお見せ致しました。しかし陛下、こうして王宮の中にまで買収された者が現れるほどに事は急を要します。シニストラのやり方はこれまでの歴史にあるような戦争の手法ではありません。人を使い捨てのように扱う非道を尽くして攻めてくる相手には、圧倒的な力が必要なのです」


そう告げて見つめるバサラの目に強い意志を感じ取ったクレオニアは、静かに息を整えてから、


「よく分かりました……バサラ、ひとつだけ教えてちょうだい」


「何でございましょうか?」


「貴方の瞳には強い意志が伝わってきます。それは先ほど貴方自身が言ったインディゴを救うこと、その気持ちに偽りはありませんね?」


バサラの瞳に強い意志を感じると言って問い掛けるクレオニアの瞳もまた、国の統治者としての強い意志が伝わってくるのをバサラは感じ取る。


「はい。天地神明に誓って、私の願いはインディゴの平和と繁栄です。そのためであれば、この身を血に染めることになっても躊躇など致しません」


見つめ合うバサラとクレオニア……


「信じましょう。貴方の思う通りになさい。その先にインディゴの平和が待っていると私は信じましょう」


「ありがとうございます陛下」


そして一礼したバサラがスクッと立ち上がるとルシアの方を見て、


「だから言っただろう?城に入っても気をつけろってな」


そう告げられた言葉に、ルシアは唇を噛むことしか出来なかった―――






―――オクターブ城でそんな騒動が巻き起こっていた頃


八雲達の乗り込んだラーン天空基地は一路ヴァーミリオンに向かって飛行している。


「それで……どうしてそんなことしてるんだ?ラピス」


基地内の広間で床掃除をしているラピスラズリを見ながら問い掛けるのは、九頭竜八雲だ。


「あの天使の命令だよっ!心の汚れは清掃することで清められます、とか何とか訳の分からないこと言って此処の清掃を言いつけられたのさ!!」


「ああ~なるほどな」


そう言って八雲は広間の窓際に行って指で窓の隅をなぞると、


「ラピスさんっ!此処にまだ埃が残ってるわよっ!!」


突然声を上げて、どこかの姑のような態度でラピスラズリに絡む。


「いや……そこまだ掃除してないんだけど?」


「んまぁ~!言い訳なんて見苦しいわよっ!口を動かす前に手を動かしなさい!!」


かけてもいない眼鏡をクイッと上げる仕草でラピスを攻める八雲を、ラピスラズリはジト目で見つめながら―――


「ねぇ?それって楽しいの?」


―――意味の分からない八雲の行動に呆れ声で問い掛ける。


「いや、思った以上に楽しくなかった……むしろ、おばさん口調がちょっと恥ずかしいまである」


「何を馬鹿みたいなことしてるの?」


八雲のひとりコントに呆れ顔の雪菜がツッコミながら、次にラピスラズリに向き合うと、


「ラピス、どう?此処には慣れた?」


白い妖精ホワイト・フェアリーを除籍され、ラーンに身を寄せているラピスラズリを気づかって問い掛ける。


「そう、ですね……はい、慣れましたよ!でも、あの天使の態度はいつも偉そうで癇に障りますね」


「天使なんだから偉くて当たり前だろう?神様の使いだよ?罰が当たるよ?」


ラピスラズリに対して何を言っているんだと言わんばかりの態度で切り返す八雲に、ラピスラズリは不満気な表情を向けながら言い返す。


「天使って言っても堕天して今じゃこの施設の管理人みたいなもんじゃないか!大体、僕があの天使に従う理由なんて無いんだけど―――」


「―――あっ!白雪だ」


「―――真面目に掃除してますっ!ああっ!!忙しい!忙しいっ!!」


八雲の振りにラピスラズリが過剰に反応して再びモップで床掃除を始める。


「八雲……ラピスで遊ばないの!」


元とはいえ白い妖精ホワイト・フェアリーの仲間だったラピスラズリを揶揄って楽しむ八雲を雪菜が諫める。


「何言ってんの?雪菜、これは引き籠りにならないように円滑なコミュニケーションを取ることで、ラピスのリラクゼーションに貢献している優しさだよ?」


「今思いついた言い訳を言われても、まったく心に響かないんだけど?」


「何故だっ!?俺、今良いこと言ってたよね!?」


割と本気でいいことを言ったつもりだった八雲はショックを受けたが、そこにラーンからの館内放送のような声が響く。


『―――我が主、もう間もなくヴァーミリオンの領域に入る』


その声を聞いて八雲と雪菜の顔つきが変わる。


「戻って来たね……ねぇ、八雲。やっぱり私も一緒に―――」


「―――それはダメだと言っただろう、雪菜。今回の件は俺とイェンリン達でインディゴに向かう」


ヴァーミリオンに戻ってからの行動を事前に皆へ聞かせた八雲の考えは、条約に基づいて出陣するイェンリン達に同行して八雲だけがインディゴに向かうといった内容だった。


雪菜を始め、葵や白金も連れて行けと反論したが、


「今回俺は別に戦争に参加しに行く訳じゃない。インディゴ公国公爵バサラ=クロイツの寄こした親書の真意を確かめに行くだけだ。だから皆は連れて行かない」


という八雲の意志は変わらず、ノワールは八雲の意見に反論しなかったため八雲の意向通りになったのだ。


「でもっ!あの『富士山』っていう文字が気になって……」


そう言って暗い表情に変わる雪菜の肩にそっと八雲が手を置き、


「真相を確かめたらすぐに『伝心』で伝えるから。だから雪菜達はヴァーミリオンで待っていてくれ」


真剣な表情で宥める八雲の言葉に、思わず口から出た言葉が八雲に向かう。


「それって……フラグ?」


「おい……まるで俺が新章始まってすぐ死んじゃうモブみたいなこと言うの、やめてもらえます?」


誰が『俺、戻ってきたら結婚するんだ!』の地雷フラグを立てた!と憤慨する八雲。


そんなふたりの様子をモップの柄に顎を置きながら眺めるラピスラズリは、溜め息を吐く。


「はぁ……人間って本当に面倒だなぁ……」


本心を全面に出せない人間同士のやり取りにウンザリといった表情を見せるラピスラズリ。


「ちょっと……ラピス。貴女、此処にまだ埃が残っているわよ」


指先で窓際を撫でて埃を見つけて指摘したのは―――


「―――白雪様!?すぐに掃除しますっ!基地の汚れは心の汚れっ!!」


―――いつの間にか広間にやってきた白雪だった……


そんなやり取りの中で、八雲はヴァーミリオンへと帰還したのだった―――


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