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第379話 諜報部隊

―――ヴァーミリオンのバビロン空中学園がある浮遊島


その浮遊島の上空に認識阻害ジャミングを施したラーン天空基地が定位置として同一飛行を開始した時、八雲達は天翔船黒の皇帝シュヴァルツ・カイザー朱色の女皇帝ヴァーミリオン・エンプレスに乗船し、懐かしのバビロン浮遊島の屋敷にある丘に向かう―――


八雲が此処に建設した小高い丘の斜面がまるで特撮映画の秘密基地のようにして開放され、その中にある船渠ドックに入港する二隻の天翔船。


留守にしていた屋敷にはノワールの呼びだしておいた龍の牙ドラゴン・ファングの序列外メイド部隊が、隅から隅まで綺麗に管理して八雲達の帰還を迎える。


「―――お帰りなさいませ、ノワール様!八雲様!」


左右に隊列を組んで迎え入れるメイド部隊。


「うむ、ご苦労。留守中に特に変わったことはなかったか?」


ノワールはメイド部隊の者達に問い掛ける。


「はい。お屋敷には特に問題はなく、八雲様の地獄狼ガルム達も警備に貢献してくれました」


「ああ、あいつ等には此処が棲み家だって教え込んであるからな。下手に侵入しようとしたら命の保障は出来ないし」


八雲が立てた巨大な犬小屋に集団で生活する地獄狼達の部隊は、八雲の命令でグループに分かれてこの屋敷の警備を二十四時間体制で続けている。


そんな強力な魔物が警備する屋敷に忍び込もうなどという者はいない。


「八雲、早速明日から動くぞ。余は一旦紅龍城に戻って指示を出さねばならん」


「だったら俺も行こう。どう動くのか把握しておきたいからな」


「いいだろう。ではすぐに準備をして紅龍城に向かうぞ」


イェンリンとの話し合いで八雲は紅龍城へと向かうこととなった―――






―――イェンリン達と共に紅龍城へと移動した八雲


城に戻ったイェンリンはヴァーミリオン皇国軍を招集する。


その最高責任者は、


ヴァーミリオン皇族三大公爵家トロワ・ヴァーミリオン家当主


―――ジャミル=トロワ・ヴァーミリオンである。


600年昔、イェンリンが産んだ三人の皇子のひとりを祖として血を受け継ぐヴァーミリオン皇族であり、白髪の長い髪を後ろで一纏めに結び、口髭を生やした筋骨隆々とした体格をしている初老の男である。


紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリーとは別のヴァーミリオン皇国軍の最高責任者であり、若き頃よりイェンリンについて隣国との小競り合いで戦場に出ては最前線で戦った猛者である。


武術に覚えがあり、鍛え抜かれた筋肉は歳を重ねても健在で軍の中でも絶対的な権力と実力を持つ。


「―――急にすまぬ、ジャミル。このような呼び出しをしてしまって」


紅龍城で軍議に用いるとされている会議室に通された八雲達の前に、暫くして現れたジャミルにイェンリンが詫びる。


「何を申されますか剣帝母様。聴けば隣国インディゴ公国にシニストラ帝国から宣戦布告がされたとか」


渋い声を響かせてジャミルがイェンリンに問い掛ける。


イェンリンは静かに頷きながら、


「ああ、どうやらシニストラは余の存在を忘れているようだぞ」


そう言ってジャミルにニヤリと不敵な笑みを向けると、ジャミルもまた表情が同じような笑みに変わり―――


「ほう?それはいけませんな……超大国ヴァーミリオンの恐ろしさはシニストラにも伝え響いていたと思いますが、舐められたものです」


―――絶対の自信に満ち溢れたジャミルの態度と、その筋肉を見せられて八雲は、


(絶対コイツ等は敵に回したらダメなタイプだな……何より勝つまでやり続けるタイプ……)


と、ひとり不味い表情を浮かべて見ている。


「インディゴからの使者は昔の『相互軍事条約』のことを持ち出されて出陣を要請された。それについてはもう出陣すると返事してある」


「そのための『相互軍事条約』ですからな。インディゴもシニストラ帝国相手となれば、それを利用しない手はないでしょうな」


「ああ、その使者としてやってきたインディゴ公国のバサラ=クロイツ公爵、なかなかの食わせ者のようだ」


イェンリンの言葉にジャミルがピクリと眉を震わせる。


「剣帝母様がそうおっしゃるということは、大した者ですな」


ジャミルはイェンリンと一緒に戦場を駆けた経験は一度や二度ではない。


地方の反乱や内乱など、巨大国家故に起こる火の手を何度も共に鎮火のため出陣した経験から、イェンリンが他人をそのように評するのは相当な者だと予想出来た。


「そのバサラという男から渡された親書を見て八雲がどうしても会いたいと言い出してな」


「なるほど。それで黒帝陛下も、この軍議室にいらっしゃるという訳ですか。でなければこの特別な部屋に入ることを許されるはずがございませんからな」


「特別な部屋?」


見たところ広めの会議室といった部屋で、長机にはイェンリンがトップに座り、その左側の列に八雲、フレイア、ブリュンヒルデが、向かいの右側の列にジャミルとその息子であり皇国軍将軍のガレス=トロワ・ヴァーミリオンが着席している。


「八雲、この部屋は昔から重要な軍議を開くときに開かれるという伝統と共に、フレイアによって一切の音を外に漏らすことのない防音状態となっている。故にこの軍議室に入れるのは限られた者だけなのだ」


「なるほどなぁ。じゃあ此処で下手な歌を歌っても外のヤツには聞こえないってことか」


「歌うなよ?いや、歌ってもよいが余は笑いを堪える自信がないとだけ言っておくぞ」


「いや、歌わないから……それで、出陣はいつにするんだ?」


イェンリンの発言を振りだと思った八雲は、それには乗らないと言わんばかりに話を出陣の時期についてに向けると、イェンリンが期待していたのに歌ってくれなかったと少し不満気になりながら、


「シニストラの宣言した降伏宣言の返事まではあと十三日。それまでに動く準備をするとしよう」


バサラ達が言っていた降伏勧告の期限に基づいて動くと告げる。


すると八雲が―――


「ああ、その話しな。あまり信用しない方がいいと思うぞ」


―――と、突然意表を突く言葉で返した。


「―――エッ!?」


「……なんだと?どういう意味だ?シニストラが降伏宣言よりも先に攻めてくるとでも言いたいのか?」


イェンリンの問い掛けに八雲は真剣な面持ちで、


「俺なら、その降伏宣言こそ―――油断させるための手段だと疑う」


軍議室にいる全員に向かってそう宣言したのだった―――






―――八雲が軍議に参加している頃


バサラ=クロイツは屋敷に戻っていた―――


「―――今戻った」


自分の執務室に戻ると、その部屋で待っていたひとりの男にそう告げるバサラ。


「お帰りなさいませ閣下。無事のご帰還、お喜び申し上げます」


部屋で待っていた執事服の男―――


―――肩程までの長さの青い髪に片眼鏡をした若く誰もが美男子だと答えるようなその男は、胸に右手を当てながら一礼するとバサラに笑みを浮かべる。


「ああ、ありがとうカイト。戻った途端に虫を一匹始末することになったけど、概ねは順調に進んでいる」


「近衛騎士団の虫ですか。端金のために我が国の軍事力について漏洩をしていた愚か者。今のうちに潰せて良かったと思うべきだと思いますが」


―――カイトと呼ばれたこの男は、普段こそバサラの屋敷で働く者達のことを一手に引き受け指示を出す執事だが、その実はバサラの諜報部隊『シークレット』の指揮官でもある。


カイト=ラーカイラム


インディゴ国内のみならずバサラの指示の下、他国への諜報活動も行っている『シークレット』は情報管理、その裏の精査までも正確に取り扱いつつ主であるバサラに報告して次の指示を実行する。


今回のオクターブ城の玉座で起こった近衛騎士ブライミンの断罪もまたカイトの諜報部隊によってもたらされた情報だったのだ。


「陛下とルシアは完全に引いていたぞ。まあ、まさかあんな身近な近衛騎士団から裏切り者が出るとは予想もしてなかったんだろうから仕方ないけど」


「閣下と違って陛下もルシア様も人に裏切られることに慣れていらっしゃいませんから、無理もありませんね」


両肩の横で掌を上で広げたカイトが、やれやれといった表情をバサラに向ける。


「俺がいつも誰かに騙されているみたいな言い回しはやめろ。だが……まだ油断は出来ない。ブライミンひとりとも限らないからな。カイト、これからも内通する者に目を光らせてくれ」


「畏まりました閣下。しかしシニストラの真意が相変わらず掴めておらず、申し訳ございません」


「何人も送り込んで、尽く戻って来ないんだ。これ以上人員を無下に扱うことも出来ない」


「わたくしが行って参りましょうか?」


「よせ。お前の腕は買っているけど、万一のことがあってお前を失う方が今の俺にとっては痛い。シニストラの動向は国境を隔てる海岸線沿いに監視の目を光らせておいてくれ」


バサラの言葉にカイトが一礼して答える。


「シニストラの宣言した降伏勧告まで、残り十三日……ヴァーミリオンはそれまでには此方に軍を送ってこられるでしょうね」


「カイト、その降伏勧告は信用するな」


バサラの言葉にカイトが驚きの表情を一瞬浮かべながらもバサラの言葉の意味を即座に理解して、


「そこまで、やってきますか?」


「昔のシニストラだったら見栄を張って言ったことは守るという姿勢で来ていただろうが、今のシニストラはまるで統治者が変わってしまったように用意周到で且つ陰湿な間者まで使いこなしている。だからこそ、あの降伏勧告は逆にその時までは手を出さないと油断させるための手段にしか思えない」


「なるほど……確かに閣下のお話の方が今のシニストラにはしっくりとくるものがありますね」


バサラの説明にカイトもストンと何か得心したものを感じていた。


「ああ……だからこそ、今は国境の監視を密にして奴等のそうした動きにすぐに対応出来るようにしておかなければ、剣聖と黒帝が到着した頃には一面焼け野原になっているなんてことも十分にあり得ると思っておけ」


「承知致しました。では、すぐにそのように」


そう言い残してカイトはバサラの執務室から出ていく。


漸くひとりになったバサラは、椅子から立ち上がって窓の外を覗き込んだ。


内陸よりにある首都ディオスタニア……


その首都でも小高い土地に立っているバサラの屋敷からは首都が一望出来る。


白磁の美しい城、オクターブ城とその城下に広がる白壁の街並みには、今日の生活を営む国民達がいる。


「シニストラがいつ来るのか、剣聖と黒帝がいつ来るのか……そのタイミングでこの国の未来が大きく変わる」


バサラの胸中で渦巻く戦争の不安が日に日に膨らんでいくが、それでもバサラの脳裏には幼い頃から共に公爵家として生きてきたルシアが精神の支えとなっている。


そのルシアをこの国の女王にすることだけがバサラの生きる目標なのだ。


「シニストラにこの国を好きにさせはしない。勝つのはインディゴだ」


窓の外の平和な景色を見つめながらひとり呟くバサラだった―――


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