「子犬に『私と一緒に王宮で暮らそう?』と話しかけると、可愛らしい『クゥ~ン』という声と共に、トコトコと歩み寄ってきたので。子犬をそのまま王宮へ連れて帰りました」
「わっ、わたくしは……いけないことだとは、思いつつも……。レイナード王子の後についていきました」
パグリア前魔王はシワだらけの顔をしかめました。
凄い表情です。
チロッと父親を見たルーロさまは、すぐに目を逸らして俯いてしまいました。
プルプルと震えながら、ルーロさまは説明します。
「えっと……わたくしを犬だと思われているレイナード王子になら、ついていっても安心だと思ったのです。実際、王宮での暮らしは、快適なものでした」
「もちろん、私が連れてきたのだから、ルーロさまを虐めるような者はいません。それに、可愛いルーロさまは、王宮で人気者でした」
でしょうね。
ルーロさまが犬になっている姿は愛らしいですから。
小型なうえに大きな目がウルウルしていて、特にこれといったこともないのにプルプルと震えていたりする小さな犬の姿を見たら、ついつい抱き上げて撫でてあげたくなりますよね。
王宮の使用人たちからも、さぞや可愛がられたことでしょう。
ルーロさまはレイナード王子に向かって大きく頷いてみせました。
「はい、王宮では大変よくしていただきました。ふかふかのクッションや美味しい食事。暑い日には大きな扇であおいでくれましたし、寒い日には毛布を用意してくれたりしました」
ルーロさま?
どれだけ長期間、魔族の国から行方不明になっていたのですか?
「だって、ルーロさまは可愛いんだから。みな構いたくなるのは仕方ないよ」
「レイナード王子……」
だから2人で見つめ合って甘い雰囲気作るのはやめてください。
将軍がわざとらしくゴホンと咳をしました。
するとレイナード王子が慌ててパグリア前魔王へ顔を向けて言いました。
「だから、ご安心ください」
「何を安心せよと?」
パグリア前魔王の鋭い声に、レイナード王子は身をすくめ、ルーロさまは俯いたままドレスの膝辺りをギュッと握りしめました。
レイナード王子がルーロさまを守るように言います。
「怒らないでください。私が悪かったのです。彼女は悪くありません」
「それは分かっているが?」
レイナード王子を睨まないでください、パグリア前魔王。
だから調停会議をしているのではありませんか。
将軍が今にも切りかかってきそうな顔をしていますよ。
何かあった場合に備えて、モゼルも身構えています。
面倒なことにしないでくださいね。
私がハラハラしていると、ルーロさまが口を開きました。
「わたくしが悪かったのです、お父さま。あまりにも王宮での暮らしが快適で、帰るのは明日にしよう、その日が来るとまた明日にしようと考えてしまって、ズルズルと王宮でお世話になってしまったのです」
「あぁ、ルーロ。
「ごめんなさい、お父さま」
ルーロさまが細く「キューン」といった感じの声を上げると、パグリア前魔王もそれ以上は追及できなくなりました。
魔王を張っていたとは思えないほど娘には激甘のようですね。
「レイナード王子はルーロさまが魔族だとご存じだったようですが。どうしてですか?」
私は雰囲気を変えようと思って、気になっていたことをレイナード王子に聞きました。
すると、彼に代わってルーロさまが答えました。
「ああ、それは……わたくし、あまりに快適な王宮での生活にリラックスして、ついつい変身を解いて……本来の姿になってしまったのです。その姿を、レイナード王子に見られてしまったのです」
クゥ~ン、という可愛い声も付いてきたルーロさまの告白は、とても庇護欲をそそるものでしたが。
パグリア前魔王の感情は、より高まってしまったようでカンカンという音が一層大きくなりました。
「ル……ルーロ。本来の姿、とは? まさかお前、
「「違いますっ!」」
ルーロさまとレイナード王子の声が仲良く揃いました。
ルーロさまは必死な様子で説明をしています。
「わっ、わたくしが、うっかり変身を解いて寝ているところを、レイナード王子に見られてしまったのです」
「寝ている所⁉」
「お父さま、落ち着いてくださいっ! 犬の姿でお昼寝していたときに、リラックスしすぎて変身が解けてしまっただけですっ」
青ざめながらギョッとした表情を浮かべて叫ぶパグリア前魔王に、ルーロさまがたまらず叫びました。
「お父さま、いい加減にしてくださいっ! 魔力のカンカンぶつかる音がうるさいですっ! いい年して、魔力の抑制もできないのですか⁉」
ああ、ルーロさまも気になっていたのですね、カンカンいう音。
カンカンカンカン、と響いていた音と光が、防護壁の中を一周グルッと回って収まりました。
「わたくし、変身を解いた姿をレイナード王子に見られて、思わず泣いてしまいました。ですが、レイナード王子は、そんなわたくしを慰めて落ち着かせてくださいました。あんなことは初めてです」
魔族の国では、泣いている者を慰める習慣とかないのでしょうか。
当たり前のことのような気がしますが。
「それでわたくしは……レイナード王子に恋してしまったのです」
おお、と、私と将軍、モゼルとアーロさまがどよめきます。
レイナード王子は真っ赤になっていますし、パグリア前魔王は真っ青になって口をパクパクさせています。
ルーロさまは椅子の上で、パグリア前魔王のほうを見たり、レイナード王子のほうを見たり、忙しくキョロキョロと上半身ごと向きを変えていたかと思うと叫ぶように言いました。
「お父さま! お父さまっ、どうしましょう。わっ、わたくしっ、魔族の国へは戻りませんっ。戻りたくない……いえ、違う。このまま、ここに留まりたいのだわ……あぁ、どうしましょう、お父さま。わたくし、魔族の国戻りたくないのではなく、レイナード王子の側にいたいのです」
そういうとルーロさまは泣き崩れてしまいました。
「ルーロさまっ! いや、ルーちゃんっ。私も貴女と離れたくないっ。できれは側にいて欲しい!」
慌ててルーロさまに駆け寄ろうとするレイナード王子。
それを引き留める将軍。
呆然とするパグリア前魔王。
ルーロさまとレイナード王子は、どうなってしまうのでしょうか?
私はゴクリと唾を呑み込んで、パグリア前魔王とルーロさま達を見比べていました。