目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第五十四話 前魔王は泣く子に勝てない

 パグリア前魔王が呆然としたまま、呟くように言います。

「ルーロ。魔族の国へは、戻らぬというのか……」

 ルーロさまは、エグエグと泣きながら、頷いたり、顔を横に振ったりしています。

 そうだと言っているようにも、違うと言っているようにも見えて意味が分かりません。

「ルーちゃんっ、いままで通り、王宮で暮らそうっ」

 レイナード王子が空気読まずに大胆発言をしています。

 気付かなかったとはいえ、貴方が魔族の娘を王宮に連れ込んだせいで、戦争になりかけましたよね?

 理解していますか?

 魔族対人間の争いとなれば、確実に人間が負けますよ?

 次期国王としては、ちょっと危機感が薄いのではないでしょうか。

 追及したいところですが、まぁ、レイナード王子はルーロさまを『犬』だと思っていたわけですから。

 その辺は罪に問うのは難しいですね。

 迷子の犬だと思って大事に保護していた、というのであれば、むしろパグリア前魔王はレイナード王子に感謝する必要があるでしょう。

 しかし、既に『犬』ではないと分かっていたわけです。

 年頃の娘さんを、そうと知っていて手元に置いておくというのは、非常識ではあります。

 ありますが、まさか魔王の娘だとは分からなかったでしょうし、責めすぎるのもよくありません。

 事態が発覚してお迎えが来たのなら、素直に帰すのが得策です。

 そうは分かっても感情が許さないというのも分かります。

 分かりますけど、ここはいったん、ルーロさまをパグリア前魔王のもとへと帰すのがよいと思いますよ、レイナード王子。

 などと思いつつ、事態のなりゆきを窺う私です。

「どうしたもんかのぉ~……」

 困ったように呟きながら、パグリア前魔王が頬をポリポリ掻いています。

ちんは、子どもが1人しかいないから……どうもルーロに甘くて……」

 ブツブツ独り言のように喋りながら、何かを考えているようです。

「魔王を辞したちんに、魔族の国からついてきてくれた者たちもいる。ちんには責任があるのだよ、ルーロ」

「エグッ……それは……エグッ……わ、わかっております、おっ、お父さま……」

「ならば、素直に魔族の国へ帰ってくれんか、ルーロ」

 ルーロさまは、再び涙をポロポロと流して、顔を横に振りながら、エグエグと泣き始めました。

「あぁルーロ。ちんは、お前の涙に弱いのだ……」

 パグリア前魔王は困ったようにルーロさまを眺めています。

「お前は、この弱々しい王子と一緒にいたいようだが……。お前は魔力が弱い。万が一のことがあって、魔族の国で転生をしたとしても。記憶を留めたまま生まれ変わるのは難しいのだぞ?」

「エグッ……わ、わかって……おります……」

「えっ⁉ どういうことですか⁉」

 人間の王子さまは、魔族の特殊な生態をご存じなかったようです。

ちんたち魔族は、死んでもすぐに新しい肉体を得るのだ、人間の王子よ」

「なんと。それでは人間が魔族に敵わぬも道理」

 将軍が驚きの声を上げました。

 聖獣の間では常識ですが、人間は全く知らない情報のようです。

 パグリア前魔王は苦々しい表情を浮かべました。

「人間からみれば、すぐに転生して戦うことができる魔族は強いように思えよう。しかし、だ。転生後の魔族に前世の記憶はない。記憶を引き継ぐことができるのは、魔力の強いごく一部の者だけじゃ。ルーロのように魔力の弱い者は、転生しても使い捨ての駒のようになるしかないのだ」

「なんとっ! 私のルーちゃんが、使い捨ての駒に⁉」

 王子が椅子からガタンと音を立てて立ち上がりました。

「おちついてください、レイナード王子」

 私の声を聞いた王子は、何度か口をパクパク開けたり閉めたりしていましたが、大人しく椅子に座りなおしました。

 私はパグリア前魔王へ頷いて見せて、先を促しました。

ちんは、娘を使い捨ての駒である魔族になどしたくはない。手元に置いて、大事に、大事に守りたい。亡き妻も魔力は弱かった。既に転生を終えているはずだが、使い捨てとなる駒のような大勢の魔族の中にいる。なぜなら、ちんにすら見つけ出せないからだ」

「まぁ!」

 これには私も驚きました。

 せっかく転生したというのに、魔力が弱いと前の記憶をなくす上に、親しい間柄の者でも見つけ出せないとは。

 それでは転生するからといっても、死を簡単に受け入れるわけにはいきませんね。

「もちろん魔力が強い者も、転生後、すぐに前と同じように動けるわけではない。力があった者ほど転生直後は、危険な状態に置かれるのだ。だから有力者であっても、魔族の国では力任せに他者を傷つけたりせず、政治力で乗り切る者が多いのだ」

 そんな事情があったのですね。

 とはいえ新しい魔王であるキュオスティは、そんな賢いタイプには見えませんでしたが……。

 魔族の国も人材不足なのでしょうか。

ちんの力となってくれていた部下は皆ついてきている。彼らに相応の待遇は与えてやりたいし、娘のことも心配だ。ちんは、どうしたらよいものやら……」

「うっ……エグッエグッ……おっ……うえぇぇぇぇんっ」

 ルーロさまは、机に突っ伏して泣き始めてしまいました。

 パグリア前魔王は、そんなルーロさまの肩に手を置いて、耳元で慰めの言葉を囁いているようです。

「ルーちゃん……あぁ、パグリア前魔王さま。いえ、お義父とうさま。こうなったら、お義父とうさまも、王国で暮らしませんか?」

 レイナード王子が大胆な発言をしました。

 将軍が遠慮がちに口を挟みます。

「あー、ゴホン。レイナード王子? 殿下は次期国王なのですが、その辺の自覚はおありでしょうか?」

「分かっているよ、将軍っ。いざとなったら王位は弟に譲るっ。私は、ルーちゃんと離れたくないのだっ」

 レイナード王子が熱い発言をかましました。

 パグリア前魔王が困ったように眉を下げます。

「そう言われても。ちんは、魔族の国へ戻らねば……」

「お義父とうさま。私もルーロさまと離れたくはありません。魔族の国へルーロさまが戻るというのであれば、私も一緒についていきます」

 将軍がギョッとした表情でレイナード王子を見て叫びます。

「王子っ! あなたは次期国王なのですよっ⁉」

 ルーロさまも、涙で濡れた顔を上げて叫びます。

「えっ、ダメ! レイナードさまが魔族の国なんかにいったら、すぐに殺されてしまいますっ!」

 あら、人間はすぐに殺されてしまうなんて、やっぱり魔族の国は物騒なのですね。

 キュオスティに食べられかけた幼少時の思い出が、チラッと蘇ってしまいました。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?