パグリア前魔王が呆然としたまま、呟くように言います。
「ルーロ。魔族の国へは、戻らぬというのか……」
ルーロさまは、エグエグと泣きながら、頷いたり、顔を横に振ったりしています。
そうだと言っているようにも、違うと言っているようにも見えて意味が分かりません。
「ルーちゃんっ、いままで通り、王宮で暮らそうっ」
レイナード王子が空気読まずに大胆発言をしています。
気付かなかったとはいえ、貴方が魔族の娘を王宮に連れ込んだせいで、戦争になりかけましたよね?
理解していますか?
魔族対人間の争いとなれば、確実に人間が負けますよ?
次期国王としては、ちょっと危機感が薄いのではないでしょうか。
追及したいところですが、まぁ、レイナード王子はルーロさまを『犬』だと思っていたわけですから。
その辺は罪に問うのは難しいですね。
迷子の犬だと思って大事に保護していた、というのであれば、むしろパグリア前魔王はレイナード王子に感謝する必要があるでしょう。
しかし、既に『犬』ではないと分かっていたわけです。
年頃の娘さんを、そうと知っていて手元に置いておくというのは、非常識ではあります。
ありますが、まさか魔王の娘だとは分からなかったでしょうし、責めすぎるのもよくありません。
事態が発覚してお迎えが来たのなら、素直に帰すのが得策です。
そうは分かっても感情が許さないというのも分かります。
分かりますけど、ここはいったん、ルーロさまをパグリア前魔王のもとへと帰すのがよいと思いますよ、レイナード王子。
などと思いつつ、事態のなりゆきを窺う私です。
「どうしたもんかのぉ~……」
困ったように呟きながら、パグリア前魔王が頬をポリポリ掻いています。
「
ブツブツ独り言のように喋りながら、何かを考えているようです。
「魔王を辞した
「エグッ……それは……エグッ……わ、わかっております、おっ、お父さま……」
「ならば、素直に魔族の国へ帰ってくれんか、ルーロ」
ルーロさまは、再び涙をポロポロと流して、顔を横に振りながら、エグエグと泣き始めました。
「あぁルーロ。
パグリア前魔王は困ったようにルーロさまを眺めています。
「お前は、この弱々しい王子と一緒にいたいようだが……。お前は魔力が弱い。万が一のことがあって、魔族の国で転生をしたとしても。記憶を留めたまま生まれ変わるのは難しいのだぞ?」
「エグッ……わ、わかって……おります……」
「えっ⁉ どういうことですか⁉」
人間の王子さまは、魔族の特殊な生態をご存じなかったようです。
「
「なんと。それでは人間が魔族に敵わぬも道理」
将軍が驚きの声を上げました。
聖獣の間では常識ですが、人間は全く知らない情報のようです。
パグリア前魔王は苦々しい表情を浮かべました。
「人間からみれば、すぐに転生して戦うことができる魔族は強いように思えよう。しかし、だ。転生後の魔族に前世の記憶はない。記憶を引き継ぐことができるのは、魔力の強いごく一部の者だけじゃ。ルーロのように魔力の弱い者は、転生しても使い捨ての駒のようになるしかないのだ」
「なんとっ! 私のルーちゃんが、使い捨ての駒に⁉」
王子が椅子からガタンと音を立てて立ち上がりました。
「おちついてください、レイナード王子」
私の声を聞いた王子は、何度か口をパクパク開けたり閉めたりしていましたが、大人しく椅子に座りなおしました。
私はパグリア前魔王へ頷いて見せて、先を促しました。
「
「まぁ!」
これには私も驚きました。
せっかく転生したというのに、魔力が弱いと前の記憶をなくす上に、親しい間柄の者でも見つけ出せないとは。
それでは転生するからといっても、死を簡単に受け入れるわけにはいきませんね。
「もちろん魔力が強い者も、転生後、すぐに前と同じように動けるわけではない。力があった者ほど転生直後は、危険な状態に置かれるのだ。だから有力者であっても、魔族の国では力任せに他者を傷つけたりせず、政治力で乗り切る者が多いのだ」
そんな事情があったのですね。
とはいえ新しい魔王であるキュオスティは、そんな賢いタイプには見えませんでしたが……。
魔族の国も人材不足なのでしょうか。
「
「うっ……エグッエグッ……おっ……うえぇぇぇぇんっ」
ルーロさまは、机に突っ伏して泣き始めてしまいました。
パグリア前魔王は、そんなルーロさまの肩に手を置いて、耳元で慰めの言葉を囁いているようです。
「ルーちゃん……あぁ、パグリア前魔王さま。いえ、お
レイナード王子が大胆な発言をしました。
将軍が遠慮がちに口を挟みます。
「あー、ゴホン。レイナード王子? 殿下は次期国王なのですが、その辺の自覚はおありでしょうか?」
「分かっているよ、将軍っ。いざとなったら王位は弟に譲るっ。私は、ルーちゃんと離れたくないのだっ」
レイナード王子が熱い発言をかましました。
パグリア前魔王が困ったように眉を下げます。
「そう言われても。
「お
将軍がギョッとした表情でレイナード王子を見て叫びます。
「王子っ! あなたは次期国王なのですよっ⁉」
ルーロさまも、涙で濡れた顔を上げて叫びます。
「えっ、ダメ! レイナードさまが魔族の国なんかにいったら、すぐに殺されてしまいますっ!」
あら、人間はすぐに殺されてしまうなんて、やっぱり魔族の国は物騒なのですね。
キュオスティに食べられかけた幼少時の思い出が、チラッと蘇ってしまいました。