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第五十五話 ルーロさまの今後

 ルーロさまは涙をドレスの袖口で拭うと、顔を上げてパグリア前魔王をしかと見ました。

 背筋をピシッと伸ばしたルーロさまは、先ほどとは別人のようです。

「お父さま」

 何かを決めたように、はっきりした口調で言いました。

「なんだい? ルーロ。ちんの娘よ」

「わたくし、この王国で生きることにします」

 きっぱりと言い切るルーロさまを見て、パグリア前魔王は固まってしまいました。

 防御壁の中に飛び交う魔力も消えるほどショックを受けたようです。

「ルーちゃんっ。決めてくれたのだね。よかった。あなたのことは、私がしっかり守るよ」

 レイナード王子がキラキラしながら言っています。

 若いっていいですね。

 ルーロさまも潤んだ瞳でレイナード王子を見つめています。

 キラキラかつホワホワしたピンク色のオーラが発光するように二人から発せられています。

 眩しいです。

 いいですね、若いって。

 まぁ私も若いですけど。

 たかだか118歳のドラゴンですから。

 でも、あんな発光するようなオーラは出せません。

 私は意気地なしなので、さっきからアーロさまのことを見ないようにしています。

 彼にどう思われているのか、知るのが怖いです。

 心の決まっているカップルはいいですね。

 幸せそうですし、強いです。

 キラキラしてます。

 パグリア前魔王はショックを受けて固まっていますし、将軍も似たようなものです。

 いい香りがしてきましたから、モゼルは新たに紅茶を淹れているようです。

 まだ日は高くてお酒にはちょっと早い時間ですし、さっきまで戦争しそうな雰囲気でしたから、紅茶くらいでちょうどいいでしょう。

 今後はどうなるのか分かりませんが、適当なところでお開きにしたいものです。

「あぁ、ルーロ……ちんもここに残りたいが、魔王としての務めが……」

 ん?

 パグリア前魔王が変なことを言っています。

「あの、パグリア前魔王さま? いまはもうキュオスティが魔王を務めていますから、そこは気になさる必要はありませんよね?」

「ああそうでしたな、銀色ドラゴン殿。いまはキュオスティが魔王か……。だが、ついてきてくれた部下たちの処遇についても気になるし。やはり責任はちんにあるから、いったん魔族の国へ戻らねば」

 私の言葉に、パグリア前魔王は考え込んでしまいました。

 たしかにキュオスティが魔王というのは心許ないですよね、わかります。

 魔族の国が、どんな風にして統治されているか詳しくは知りませんが。転生するのが分かっているので割と簡単に殺しますよね、あの国。そのくらいは年若い聖獣ドラゴンでも知っています。

「わたくしは、もう魔族の国に戻りたくはありません。わたくしに迫ってきた気色の悪い魔族の男には、二度と会いたくないのです」

「あぁ、分かった。ルーロ。心配するな。護衛と、その気色の悪い魔族の男とやらは、手をまわして処分させるから」

 あぁ、魔族の国の闇に触れてしまいました。

 その護衛と気色の悪い魔族の男、処されますね。

 死刑にされて、さっさと転生して、また間違いを犯すのでしょう。

 すぐに転生できるシステムは魅力的ですが、進歩が遅そうですねぇ、魔族の国って。

「でも今は……レイナードさまの側にいたいです、お父さま」

「私もそうしていただきたいです、お義父とうさま」

「そうか、そうか。分かった、ルーロよ。あとお前、お義父とうさまじゃないからな」

 パグリア前魔王はルーロさまには甘い笑顔を、レイナード王子には厳しい表情を向けました。

 防御壁のカンカンいう音付きで睨まれたレイナード王子は、ちょっと引きつった表情をしています。

 ルーロさまがウルウルした瞳で睨まれて、パグリア前魔王は視線を逸らしました。

「では、ルーロさまは王宮に住まわれるのですか?」

 私が聞くと、パグリア前魔王が凄い顔をしてコチラを見てきます。

 怖くないからいいですけど、あまり角を立てるような真似はしないでいただきたいです。

 モゼルも凄い顔をして、パグリア前魔王を睨んでいますので。

 聖獣と魔族の間で戦争でも起こったら、それこそ世界が滅亡します。

 パグリア前魔王には自重していただきたいです。

「わたくしは今まで通り、レイナードさまの側で暮らしたいのですが……」

 ルーロさまがチラリとパグリア前魔王のほうを見ました。

「嫁入り前の娘を、不用心に手元から離すことなどちんには出来んっ」

 どうやらパグリア前魔王は反対のようです。

 言われてみればその通りなので、私も反論はできません。

 それはルーロさまも同じようで、悩むように首を傾げています。

 大きな瞳のはまった、丸くて顎がキュッとしている顔を自分の右手に預けて悩む姿は可愛いです。

 たまりませんね。

 レイナード王子も同じ気持ちのようで、ルーロさまをガン見しています。

「どうしたものか……」

 悩むパグリア前魔王を見ながら、将軍がレイナード王子に進言します。

「殿下。それでしたら、あの森を魔族に提供してはいかがです?」

「あの森?」

 レイナード王子は怪訝そうな表情を浮かべました。

「お二人が出会われた、あの森ですよ」

「ああ、あそこかっ」

 レイナード王子の表情は明るくなり、将軍は「ケッ」と言いそうな表情をしています。

「あの森なら、王国の者は近付きませんし。魔族が住むには適当かと」

 将軍は嫌味な表情を浮かべていますが、提案内容についてはよいのではないかと私も思います。

 レイナード王子も乗り気なようで真剣に考えているようです。

「そうだな。……しかし、あの場所には住むところもないし……というか、何もないな? なさすぎでは? あんな場所で暮らせるのか?」

 レイナード王子は人力で住む場所を作ったり、ほかのライフラインを整えることを考えているようで、悲観的な表情を浮かべています。

 でも魔族ならどうでしょうか。

「それならば、ちんの部下たちがどうにかできるが?」

「「えっ?」」

 将軍とレイナード王子が二人して間抜けな表情を浮かべてパグリア前魔王を見ています。

ちんは体が小さいが、体の大きな力自慢の部下も連れてきておるし。魔力はちんも強い。森なら屋敷を作る材料にも困らないだろう。ん、作るか」

「お父さま~、そうしていただけると嬉しいですぅ~」

 どうやらルーロさまの今後に関する方向性が決まったようで、よかったです。


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