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第七十話 お父さまの見立て

 翌朝。

 いつも通り、私は目覚めました。

 屋敷にはお父さまとアーロさまがいます。

 ちょっと変な気分です。

 いつものように身支度を整えていると、いつもと同じように朝食が運ばれてきました。

 お父さまと2人、アーロさまの話題を微妙に避けながら、仲良く食事を摂ります。

「それでお父さま。お母さまの卵は見つかりそうですか?」

「ああ。だいたいの目星はついた。ただ孵化までには時間がかかりそうだから、しばらくこちらの屋敷にいるよ」

「そうですか。まだもうちょっと、お母さまと会うのは先になるのですね」

 ドラゴンの『ちょっと』は、ちっともちょっとでない場合も多いです。

 数日か、数週間か、数ヶ月か。あるいは数年か数十年。

 どのくらいの時間が必要なのでしょうか。

 ちょっと気が遠くなりそうです。

「そうだな」

 お父さまはそう言うと、フッと諦め混じりの笑みを見せました。

「セラフィーナ。愛には呪いのようなところがある。良い所ばかりではない」

「そうなのですか?」

 お父さまが難しいことを言いだしました。

 私にはよく分かりません。

 愛には苦しい面もありますが、呪いだとは思えないのですが。

「お前には少し難しいかもしれないが……それを承知したうえであれば、アーロ君との交際を認めよう」

「よろしいのですか⁉」

 私は嬉しくてついつい大声になってしまいました。

 お父さまの表情が苦虫を嚙み潰したようになっていきます。

 今日の食事も美味しいのですが、何かあったのでしょうかね?

 よく分かりません。

 私は嬉しくなって頬が緩んでしまっているので、お父さまのことは放っておきましょう。

「それで、だ。アーロ君のことをよく知っておく必要があると思ってね。今日は彼の封印をチェックしてみようと思うのだよ」

「あら、封印の確認は元気な時のほうがよいのではありませんか?」

 私の言葉にお父さまはコクリと頷きました。

「アガマの見立てによると、彼の怪我は軽いそうだ。体力もあるし、軽く封印を見てみるくらいなら平気らしい」

「確実な情報ではないわけですね?」

「仕方ないだろう。アガマは人間の治療に長けているわけではないから」

 それはその通りです。

 聖獣と人間の体の仕組みは違いますから。

「でもアーロさまに万が一のことがあったら嫌です」

「ん、アガマに同席してもらえば問題ないだろう。いざとなったら治療してもらえばいい」

 お父さまが同席するのであれば、アガマからしても問題はありませんね。

 私はお父さまにコクリと頷いて見せました。

 あとは、当の本人であるアーロさまのご都合次第です。

 食事を終えた私たちは、二階下の客室へと向かいます。

 室内へ入って行くと、ベッドの上のアーロさまも丁度食事を終えたところのようでした。

 アーロさまの体のあちこちに巻かれた白い包帯が痛々しいです。

「……と、いうわけで、君の封印を見てみたいのだが。問題はないね?」

「はい」

 お父さまがザっと説明して、アーロさまの了承を得ました。

 ちょっと緊張している面持ちのアーロさまは、新鮮に見えます。

「じゃ、ベッドに寝てくれないか。寝巻はそのままでいい。服の上からでも分かるから」

 お父さまはそう言いながら、アーロさまのお腹に両手の平を重ねて置きました。

 おへその辺りです。

 青い光がお父さまの手の平から放たれて、ゆっくりアーロさまの体の中を巡っていきます。

「ん~、これは……聖獣のじゃないねぇ~。魔族のでもない。これは……エルフかな?」

「やはりエルフですか」

 お父さまの隣にいたアガマが、ウンウンと頷きながら呟いています。

「封印が心臓の側にあるから……ん、コレを解放すると、アーロ君はかなり長生きできるね」

「そうなのですか、お父さまっ」

 アーロさまが長生きでるのであれば、私が1人残されて寂しい思いをする必要はありません。

「エルフの血が入っているから、そのままだと人間としてはかなり長生きしてしまう。君の祖先はそれを防ぐために、魔法陣で人間並みにしたようだ」

「そうなのですか。寿命を短くするなんて、不思議な封印ですね」

 アーロさまは首を傾げていますが、私にはその封印をした理由が分かるような気がします。

「はは。君は若いからピンとこないか。愛する人に先立たれて長い時を生きるというのは、わりとシンドイことだと思うがね」

「そう……ですね」

 お父さまの言葉に、アーロさまが考え込む様子をみせました。そこに横からアガマが口を出してきました。

「それに人間は他人が自分と違うことを嫌がるでしょ? 異常に長く生きる者が仲間にいたら、不気味に思ってしまうのではないですかね」

「あぁ、そうですね。悪魔とか言われそうです」

 アガマに言われて、アーロさまは納得したようです。

「君の封印は、もともと緩んでいたようだね。このまま封印を強くすることもできるけれど……どうする?」

 お父さまが何気ない調子でアーロさまに聞きました。

 封印を強くしてしまったら、アーロさまの寿命が短くなってしまうではありませんか、お父さま。

 私は封印を解放して欲しいです。

 アーロさまのお考えはどうなのでしょうか?

 私はアーロさまの顔をじっと見つめます。

 アーロさまが私の視線に気付いて見返してきました。

 どうされるつもりでしょうか。

 私にはアーロさまの考えを読むことはできません。

 ですが、できれば封印を解除して、共に長い年月を生きて欲しいです。

 願いを込めて、アーロさまを見つめます。

 アーロさまは私を見つめながら口を開きました。

「……私の封印を解除することはできるでしょうか?」

「……っ」

 あぁ、よかった。アーロさまは封印を解除して長寿を得て、長い年月を私と共に生きてくれるつもりのようです。

 よかった。本当によかったです。

「そうか。覚悟が決まっているのなら、封印は解除しよう」

 お父さまはそう言うと、アーロさまのお腹に置いた手のひらへ力を込めました。

 青い光がパァァァァと強く輝きながら広がっていきます。

「ウッ」

 アーロさまがうめき声を上げています。

 体を固くこわばらせるアーロさまの額に汗が流れ落ちていきました。

 お父さま?

 わざと痛くなるようにやっているわけではありませんよね?

 突っ込みたくなりましたが、しっかり封印を解除してもらわないといけませんから、黙って見守ります。

 パンッと一瞬まぶしい輝きが煌めいて、そこから青い光は収まっていきました。

「ふぅ……これで封印は解除できたはずだ」

 お父さまの額にも汗が浮かんでいます。

 封印を解除する側にも、それなりの負担があったようです。

「気分は?」

「悪く……ないですね」

 お父さまに問われたアーロさまは、自分の両手を握ったり開いたりして何かを確認しています。

「エルフの力を封じる魔法陣を解放したから、長寿以外にも何か力が発動するかもしれない。しばらくは注意しておくといい」

「はい」

 お父さまに言われて、アーロさまは頷きました。

 変化は外からよく分かりませんが、アーロさまの持つエルフの力が解放されたようです。

 どうしましょう。

 今よりも、もっと素敵になってしまったら私の心臓のほうが持たないかもしれません。

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