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第七十三話 魔族の村

 アガマの手綱さばきは安定していて、馬車の中ではゆっくりと話をすることができました。

 私たちに求められるまま、アーロさまは近況を説明してくれます。

「扱いに困っていた森も活用できましたし、魔族が国境にいるので悪党も怯えて近付かず、安全になりました。だから国民は、魔族を好意的に受け入れているのです」

 アーロさまの説明に、お父さまは男らしい眉をギュッと寄せて難しい表情を浮かべています。

「そんなに上手く事が運ぶものかな?」

 普通に考えたなら、お父さまの感想も納得です。

 しかし私は、ルーロさまたちを知っていますからね。

「次期国王とされるレイナード王子と、パグリア前魔王の娘であるルーロさまとの婚約も近々調う予定です」

「魔族と人間が結婚とは! しかも、次期国王と結婚! 王国の者たちは、魔族が王妃になっても受け入れるのか⁉」

「まぁそこは、ルーロさまですからね」

 私がコクコクと頷くと、モゼルもコクコクと頷いてます。

 威圧感がなく、話を聞いてくれる魔族なんて珍しいですし、ルーロさまを取り込めばパグリア前魔王も取り込めます。

 ゾロゾロとついてきた魔族たちも、味方にすることができるのです。

 こんなチャンスは二度とありません。

 人間たちにとっては見逃せないものでしょう。

 役立つ者たちを味方にできるのなら、譲れるところは譲ってしまうのではないでしょうか。

 それが王太子であったとしても。

「信じられないな」

「御覧になれば納得されると思いますので……ああ、つきましたね」

 お父さまへの説明を終えたアーロさまは、止まった馬車の小窓から外を覗いて言いました。

 王家の紋章がついている黒い馬車から先に降りたお父さまが、戸惑い気味に呟きます。

「ん? 普通に村のようだが……」

 お父さまの後から降りた私は、驚きに目を見開きました。

「ここが……あの森?」

 私は『あの森』だった場所を呆然と眺めました。

 大きな木が生い茂っていた陰気な【森】は、お父さまの言う通り【村】になっていたのです。

 しかも村の中心部には邪魔な木など見当たらず、なんとも開放的で快適そうな村です。

「あら、随分とスッキリしたのですね」

 後から降りてきたモゼルも、意外そうに言っています。

「わたくしには、ごく普通の村に見えますけどねぇ」

 初めて見るアガマに至っては、ごくごく普通に受け止めているようです。

「魔族の方々は仕事が早すぎて、面影もないですよね」

 アーロさまが苦笑を浮かべて言う通り、確かに変わりすぎです。

 私が帰る時には柱だけだった建物は、お洒落なデザインの立派な二階建てのお屋敷になっています。

 村で一番大きくて住み心地がよさそうな家ですから、ルーロさまたちはこちらにお住まいなのではないでしょうか。

 それにしても魔族の美的センスを舐めていました。

 周辺に生えていた木で作ったものでしょうけれど、王都にあっても見劣りしない立派なお屋敷です。

 青い屋根に飾られている鉛色した魔物の像は、魔除けでしょうか。

 魔族にとっては、ただの飾りなのかもしれません。

 大きなお屋敷を中心にして、大小さまざまな家が建てられています。

 デザインも、大きさも、色々な建物がバラバラと建っているのですが、なんとなくまとまりがあって可愛らしいです。

 木々が生い茂っている以前の森のような場所は、だいぶ奥の方に見えます。

 その手前には畑もあるようですし、森との境目と思しきあたりの木はまばらになっているようです。

 森の入り口というよりも、散策ができる庭のように整えられています。

「なんだか……昔からある村のように見えますね?」

「ええ。魔族の方々も、当たり前のように暮らしてます」

 私がアーロさまに聞くと、彼は頷きながら言いました。

「あの……子どもの声も聞こえるような気がするのですが?」

「魔族の国から家族を呼び寄せて暮らしている者もいるので……」

「順応力あり過ぎるのでは?」

 魔族と聖獣の違いでしょうか。

 我が家の使用人も優秀ですが、魔族はスピード感がありすぎます。

 私が驚きに目を白黒させていると、聞き覚えのある声が元気に響いてきました。

「アーロさま~、セラフィーナさま~、いらっしゃいませ~」

 可愛らしいルーロさまの声です。

 ルーロさまが一番大きな屋敷から飛び出てきました。

 軽やかに駆けてきたルーロさまが、頬を少し紅潮させて私たちの前で止まり、可愛らしいカーテシーをしました。

「ルーロさま、お久しぶりです」

 私も軽くお辞儀をしながら挨拶をしました。

 相変わらず華奢で、大きな目にはまった黒い瞳はウルウルしています。

 髪型はハーフアップにしていて、緩いウェーブを描く淡い茶色の長い髪が顔回りで揺れています。

 今日のルーロさまも可愛いです。安定の可愛さです。

 前に会ったときのように怯えたような表情ではありませんし、プルプルと震えてもいません。

 私の隣でお父さまは意表を突かれたような驚きの表情を浮かべ、上半身を若干後ろに引いた状態で固まって、ルーロさまをまじまじと見ています。

 そうでしょう、そうでしょう、お父さま。

 言わずとも分かります。

 ルーロさまは魔族にあるまじき可愛さです。

 震えていなくても、怯えていなくても、庇護欲をそそる可愛さです。

 ルーロさまの後からパグリア前魔王がトコトコとやってきました。

「お久しぶりです、セラフィーナ殿。おや? ああ、やはりそうだ。エドアルド殿ではありませんか」

「えっ⁉ パグリア殿⁉」

 お父さまとパグリア前魔王は、知り合いだったようです。

「エドアルド殿。お久しぶりです」

「こちらこそご無沙汰しております。前魔王……そういえば、そうでしたね。パグリア殿。あなたでしたかぁ~」

 後ろに仰け反りながら、右手で軽くオデコをペチと叩くお父さま。

 お父さま? 私、そのようなオジサン臭い動作をするお父さまを初めて見ましたわ。

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