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第七十四話 お屋敷でお茶会

 パグリア前魔王とお父さまは、和やかに挨拶を交わしています。

 聖獣の長であるお父さまは、魔族と交流があるのです。

 ただ聖獣に比べて魔族は寿命が短いですし、魔王の任期はもっと短いですから『名前を覚える前に変わってしまって困る』と嘆いていました。

 パグリア前魔王は魔族のなかでは可愛らしくて変わった外見をしていますから、印象に残っていたのかもしれませんね。

「立ち話もなんですから、どうぞちんの屋敷へ。お茶でもいかがですかな? 魔族の国からよい紅茶を取り寄せたばかりなのだが」

「それはありがたい。ちょうど喉が渇いていたところです」

 お父さまとパグリア前魔王が和やかに話しながら、集落の中心にある大きな屋敷へと向かっていきます。

 私たちも、和気あいあいと後に続きました。

 使用人たちは人化をしているようです。

 魔族の特徴はなるべく隠しているようですが、体が大きすぎたり、小さすぎたりといった者はもちろん、空を飛んでいたりとか床を這ったりしていたりする者もいるので普通には見えません。

 別に屋敷内は外から見えないのでどうでもいいのでしょうけれど、人間と交流を持つのなら、もう少し工夫をしたほうがよいように思います。

 とはいえ我が屋敷も外から見たら、色々と気になる点は出てくるのでしょうね。

 細かいことは気にしないのが一番です。

 広い玄関ホールを通ってお屋敷の中に入っていくと、中は明るい木目の目立つ作りになっています。

 木のよい香りが漂っている屋敷です。

「屋敷というよりも山小屋のような印象だが、ちんは気に入っている」

 パグリア前魔王がそう言うと、ルーロさまもコクコクと頷いています。

「魔族の国では建物の内部が暗くて、壁紙も色の汚い物が多く、金属も沢山使われるので不気味なのです」

 ルーロさまは、そう言ってブルッと震えました。

 そんな状況でよく生きてこられましたね、ルーロさま。

「人間の王国は明るくて暮らしやすいです」

 パッと明るい笑顔を浮かべて言うルーロさまに、魔族の暗さを感じるのは無理です。

 これは魔除けが必要ですね。

 こんな可愛い生き物、魔族の国から攫いに来られても仕方ないです。

 人化を解いたら、まるっきりパグですし。

 お父さまが室内を見回しながら、パグリア前魔王に話しかけます。

「別荘風のお屋敷でよいですね」

「はは。そう言っていただけて嬉しいです」

 大人の社交が行われているなか、私はルーロさまと顔を見合わせて意味なくウフフと笑っています。

 アーロさまは、それを温かな笑みを浮かべて見守っています。

 アガマとモゼルはお澄まし顔の使用人モードで後ろからついてきます。

 通された部屋は意外にも、豪華な調度品の揃った応接室でした。

「シャンデリアがキラキラしているわね。テーブルや椅子も素敵」

 ツヤツヤの大きな角丸いテーブルに、金色のフレームに赤い布の張られた椅子は細かな細工が入れられていて、短期間に作られたようには見えません。

「えーと……レイさまが、色々と用意してくださって……」

 ルーロさまが頬を赤く染め、モジモジしながら言いました。

 可愛いです。とても可愛いです。事情説明まで可愛いです。

「今お茶を用意させますから……頼む」

 パグリア前魔王に促されて、私たちは椅子に腰を下ろしました。

 アガマとモゼルは壁際に控えて、目を光らせています。

 大丈夫ですよ、2人とも。毒を盛られたりとかありませんから。

 盛られたところで私とお父さまには、魔族ごときが用意できる毒物では死にませんけど。

 アーロさまがいまから用心はしますが、毒の臭いもしませんし気配もしないから大丈夫です。

 代わりに紅茶のよい匂いが漂い始めました。

 モゼルほどではありませんが、魔族のメイドもお茶を入れるテクニックは高いようです。

「魔族のなかでは香りが悪いと悪評の高いメーカーの紅茶なのですけれど……ちんと娘は気に入っているのです。お気に召すといいですが」

「あー、この香りは……魔族の国へうかがったときに出してもらったことがあるお茶ですね」

 パグリア前魔王とお父さまが和やかに話をしています。

 魔族の国へ人間が行くことはありませんが、聖獣など他種族が魔族の国へ行くことはあります。

 そのような時に使われている紅茶なのでしょう。

 一口頂いてみます。美味しいです。

 私の口には合いました。

「それにしても驚きました。元とはいえ魔族の王が人間の王国でお暮らしとは」

「ははは。ちんは娘のルーロと共にであれば、どこでも暮らすことができますぞ。なにしろしぶとい魔族ですから」

「ふふふ。確かに。パグリア殿は簡単に倒せませんねぇ」

 お父さまとパグリア前魔王は、楽しそうに話しています。

 ここは人間の国ですから、妙な光景と言えばそうなのですが、どっちも人化しているので見た目は普通です。

「そういえば聞きましたよ。ルーロ嬢と、王国の王子が婚約するらしいですね」

「ああ、その話ですか……」

 お父さまに聞かれて、パグリア前魔王の表情があからさまに不機嫌になりました。

 やはり人間との結婚となると気分が悪いのでしょうか。

 私は用意してもらったお茶菓子を手に取りながら、パグリア前魔王の様子を窺っています。

 あ、このお菓子美味しい。

 フワフワしている生地の間にクリームが挟んであります。

 バニラとかフルーツとか味も色々とあるそうです。

 クッキーやフィナンシェも美味しそうなので、次はなにを食べるか迷いますね。

 紅茶を一口飲みながら選びましょう。

 ん、全部取ってもらって食べ比べるのがよさそうです。

 私がそんなことを考えている間に、パグリア前魔王が口を開きました。

「男親というものは、人間だろうと、魔族だろうと、娘を取られると思うと嫌ですな」

「やはりそうですか。そうですよね。ハハハッ」

 パグリア前魔王の言葉に、お父さまも同調しています。

 私の隣にいるアーロさまの汗が半端ないのですが、大丈夫ですか?

 ちょっと青ざめていますので、私は心配です。

 お父さまは横目でアーロさまを確認して、キヒヒという笑い声が似合いそうな表情を浮かべています。

 大人げないのでやめて欲しいです。

 ちらりと見たアガマも、お父さまと似たような表情を浮かべています。

 何でしょうか、ここにいる男性たちは。

 娘の幸せを素直に喜べないのでしょうか。

 心が狭いですね。

 私が睨んでみせると、お父さまは誤魔化すようにパグリア前魔王へ話しかけます。

「魔族との婚約を王族や国民が許しているというのが凄いですね」

「はい。ちんの連れてきた部下が使えるのを見ての判断でしょう。人間なんて現金なものです。もっとも、部下のほうも家族をココに連れてきたりして、永住するつもりでおるので、どっちもどっちですな」

「ははは。そうですね。魔族が人間の国で暮らせば、危険なことはまず起きませんからね。子育てにはよい環境だ」

「そうなのですよ。魔族の子は、油断すると他の魔族に喰われかねない。その心配がない人間の国はストレスが少ないので楽なのです」

 お父さまも、パグリア前魔王も、普通に話していますが、内容が物騒です。

「魔族、しかも元魔王という強力な味方を得ることは、王国にメリットとなる。レイナード王子が王位を継げるかどうかはともかく、結婚は認めるらしい」

 パグリア前魔王は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていますが、ルーロさまはとても嬉しそうです。

 そこにレイナード王子が花束を片手にやってきました。

「ルーちゃんっ」

「レイさまっ」

 お互いに存在を確認した途端、大きな声を上げて駆け寄って、手を握り合って見つめ合っています。

 100年ぶりですか? と聞きたくなる状況です。

 私たちとの挨拶もそこそこにレイナード王子はルーロさまとイチャイチャし始めました。

 パグリア前魔王が顔をしかめているのはともかく、お父さまとアガマまで同じ表情なのはどうしたものでしょうか。

 いずれにせよ結婚の決まったレイナード王子とルーロさまは幸せそうです。

 私はちょっとだけ羨ましいなぁ、と思いながら眺めていました。

 そうしていたら突然、アーロさまが隣の席から私のほうに右手を伸ばし、私が椅子の手すりの上に置いた左手の上に重ねました。

 驚いてそちらを見れば、ニコニコしているアーロさまと視線が合いました。

 あぁ、私も幸せなのでした。

 レイナード王子とルーロさまを羨ましがる必要なんて、これっぽっちもありません。

 アガマとお父さまの視線が気になりますが、私は幸せなのでちっとも気になりませんね。

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