ひとしきりパグリア前魔王のお屋敷で盛り上がった私たちは、アーロさまの家族と会うために魔族の村を後にすることとなりました。
お屋敷から一歩出た私は、周囲をぐるっと見渡します。
鬱蒼とした陰気な森だった場所には地面が顔出し、太陽の日差しがしっかり届いています。
視界良好で王国への入り口もしっかり見えますから、道に迷うこともありません。
どうやったのか、村の中心には噴水もありますし、観賞用の花が咲き乱れて気持ちよさげに揺れています。
森の側に目をやれば、畑に実る収穫前の野菜が見えました。
魔族はここで生活をしているのです。
私のように本宅にある魔法収納庫から食材をもらったりしているような生活ではありません。
この地に根を下ろして自活していく方法を、彼らは選んだのです。
もっともパグリア前魔王についてきた優秀な部下が作った集落ですから、能力が高すぎておかしい魔族が中心なのかもしれません。
魔族といっても、色々ですからね。
「セラフィーナさま。ここにはまた来られますから、早く行きましょう。私の家族も待っていますし、我が家を見てもらうのが楽しみです」
「はい、アーロさま」
私はアーロさまに手を取ら取れ、馬車へと乗り込みました。
お父さまやモゼル、アガマも次から次へと乗り込んできます。
アガマでは道が分かりませんから、今回はアーロさまが手綱を握ることになりました。
アーロさまの家族とは、どのような方々なのでしょうか。
私はドキドキしながらルーロさまたちに見送られて、王都へと入っていったのでした。
初めて見る人間の王国は、私にとってはキラキラしたおもちゃ箱みたいな場所です。
「うわぁ。可愛い。何あの道。細いっ」
馬車の小窓から外を覗いてはしゃぐ私に、隣に座ったモゼルが同じように小窓から外を覗いてます。
「平民から暮らす家々に繋がる道は、贅沢にスペースを取るほどの予算はなかなか……あら、あれは確かに細い小道ですね、お嬢さま。私でも体を斜めにしないと通れないかもしれませんね」
情報収集のためにモゼルは王都へ来たことがあると思うのですが、すべてを把握しているわけでもないので驚きはあるようです。
「わたくしたちは、市場に行けば用が足りてしまいますからね。王都に来ているといっても、庶民の生活にまで詳しいわけではありませんよ」
「あら? アーロさまは勇者の家系だから……」
勇者の家系は貴族階級ではないのでしょうか。
アガマがブスッとした表情を浮かべて、私をチラッと横目で見ました。
何だか嫌味な表情ですね。
「勇者の家系ですからね。貴族とは限りませんよ。人間ですよ? 働きに見合った褒美は与えても、それが地位とは限りませんよ」
アガマに言われて、よくよく考えてみると、アーロさまから爵位の話は聞いたことがありませんでした。
「あー……」
私は思わず変な声を出してしまいました。
すかさずモゼルがアガマを睨みながらフォローしてくれます。
「お嬢さま。そんなことは、どうでもよいことですわ。聖獣の世界では、人間社会の階級など意味はありませんし」
「そうね、モゼル」
身分のことはどうでもいいです。
それよりも、もっと気になることがあります。
アーロさまの家族に、ドラゴンである私は受け入れてもらえるでしょうか?
私は馬車の小窓の外を流れていく景色を見ながら、期待と不安を感じています。
「そろそろ我が家につきます」
アーロさまの声が御者台から響いてきました。
小窓から進行方向を覗けば、黒い門構えの向こうに大きなお屋敷が見えます。
あそこがアーロさまの家でしょうか。
馬車が門番のいない大きな門をくぐっていきます。
予想は当たっていたようです。
アガマが不機嫌そうな嫌みな口調でいいます。
「ここがアーロさまのお屋敷ですか? 随分と大きいですね」
「勇者の家系だから、爵位を与えない代わりに屋敷を与えた、とかでしょうか?」
モゼルが口を開いて推論を述べると、お父さまも顎に右手を添えて首を傾げながら予想します。
「んー、どうだろうねぇ。アーロ殿は、意外と高い身分を持っていたりするかもしれないよ」
お父さまがニヤニヤ笑いながら言っています。
ちょっと意地悪な感じがしますね。
そうでなくても私の胸はドキドキしていて大変なのですから、止めてほしいです。
カツンとした軽い衝撃と共に馬車が止まりました。
どうやら目的地に着いたようです。
馬車の扉が開いて、アーロさまのキラキラした笑顔が覗きます。
「我が家につきましたよ。さぁ、どうぞ」
アーロさまに促され、手を取られて馬車を降ります。
黒い屋根の屋敷は二階建てになっていて、かなり横に長く見えます。
門で仕切られた敷地も広いです。
「家族を紹介しますね」
アーロさまに手を取られた私の横にはお父さまが並び、アガマとモゼルを後ろに従えて玄関へと進みます。
ドキドキしながら玄関ホールに入っていくと、そこにはアーロさまの家族がズラッと並んでいました。
「従兄夫婦とその子どもたちです」
「セラフィーナと申します」
私がカーテシーをとって顔を上げると、キラキラと輝く瞳が私を見ていました。
「銀色ドラゴンさまだー!」
「銀色ドラゴンさまだわ」
「銀色ドラゴンさまぁ~」
受け入れられているというか……わたし、拝まれていませんか?
もしかすると、崇拝されているのかもしれません。
私がアーロさまのほうをチラッと見ると、アーロさまは頬をポリポリとかきながら少々きまり悪そうに笑っていました。