「屋敷の中をご案内しますね」
アーロさまの言葉に、私たちは大人しく従いました。
先頭を歩くのは、アーロさまの従兄です。
その後ろをアーロさまと、アーロさまに手を取られた私が続きます。
お父さまは私の後ろをゆったりと歩いていて、その後ろをアガマとモゼルがついてきます。
屋敷のなかを案内されながら、アーロさまの家族についての説明を受けました。
アーロさまのご両親は既に亡くなっていて、育ての親だった叔父夫婦も既に亡くなったのだそうです。
「我が家は一応、男爵家で。爵位は従兄が継いでいます」
「はい。そうなのです。私がヤンセン男爵です。本来はアーロが継ぐべき爵位なのですが、本人が嫌がっていますので仕方なく私が継ぎました」
アーロさまの説明を補足するように、従兄であるヤンセン男爵が言いました。
アーロさまは頷きながら口を開きました。
「私には勇者としての役割があるので、爵位は従兄に任せたのです。彼は結婚していて子どもがいます。私に万が一のことがあっても、家系が途絶えるということもありません」
「勇者も考えることが色々あって大変だね」
「はい」
お父さまの言葉に、アーロさまは頷きました。
屋敷のなかを案内してもらいながら家族について説明してもらいましたが、不思議なことに使用人の姿は見当たりません。
建物は立派ですし、調度品も過不足ないように思いましたが、使用人がいないというのは変です。
ドラゴンである私から気配を消していられるような人間がいるとも思えません。
私がキョロキョロしながら確認していると、アーロさまが笑いながら言います。
「セラフィーナさま。我が家に使用人はいませんよ」
「え? では誰が、この屋敷を維持いしているのですか?」
「家族で協力してやっています」
ヤンセン男爵もニコニコしながら言いました。
「ええ、そうなのです。我が家は勇者の家系ですからね。体力は皆あります。だから屋敷の維持くらいできるのです」
アーロさまはそう言いますが、屋敷の維持は鍛錬とは別物だと思いますよ?
「それに我が家は男爵家といっても、領地は狭く、収入が多いわけではありません。だからといって、せっかく王家から賜った屋敷と敷地をぞんざいに扱うわけにはいないのです。だから維持するために、それなりに頑張っているのですよ」
アーロさまの説明に、お父さまとアガマは、嫌そうに表情を歪めています。
「だから人間というのは、嫌いなのですよ。褒美が褒美になっていない。使用人は与えず、分不相応な物を与えて、その維持のためにお金や力を使わせて、安全に支配下に置こうとする……」
アガマは何やらブツブツ言っています。
「まぁ、我々はなんとかやれてますし。楽しく暮らしていますから、これは、まぁ、これで……」
ヤンセン男爵はにこやかに言っていますが、腹の中は分からないですね。
「ええ。危機というのは人間が生きていれば何度でもおきます。いざとなれば、勇者の力は必ず求められるものですよ」
アーロさまも笑っています。
鷹揚ですね。
ブツブツ言っているアガマと、鷹揚に事態を受け止め自分の価値を疑わないアーロさま。
どちらが本当に賢いのか、単純に判断できないのが人生の難しさです。
「そろそろお腹が空いたのではありませんか? たいしたものではありませんが食事のご用意がしてありますので、どうぞ食堂へいらしてください」
「はい、アーロさま。ありがとうございます」
私たちはゾロゾロと食堂へと向かいました。
食堂へ一歩足を踏み入れると、よい香りが漂っていました。
ヤンセン男爵の妻が、ニコニコしながら食事の用意をしてくれました。
可愛い三人兄弟が、お手伝いをしています。
食堂にはシャンデリアが下がっていて、赤い壁紙に赤い絨毯、大きくて艶のある木のテーブルには猫足の椅子が並んでいました。
磨きこまれた銀食器のなかに盛られているのは、ジャガイモのシチューで、パン皿に盛られているのは茶色っぽくて固そうなパンです。
私はよいのですが、お父さまとアガマが何だか面白くなさそうな表情を浮かべていますね。
それが私の未来の夫だからといっても、あまりよくないことだと思います。
人間と聖獣の世界は基準が違いますからね。
そこにジュージューと音を立てるステーキが運ばれてきました。
いい匂いです。
ヤンセン男爵がニコニコしながら口を開きました。
「お口に合うかどうか分かりませんが……私が狩ってきた鹿とイノシシです。何頭かありますので、お替りはありますから遠慮なくどうぞ。鴨とウサギもありますので、そちらがお好みなら、すぐに料理してきますよ」
お父さまとアガマの雰囲気が一気によくなりました。
そうです。聖獣は生活力のある生き物が大好きなのです。
アーロさまが強いのは分かっていましたが、ヤンセン男爵もやれる男のようです。
「鹿も大好きですが、鴨やウサギもいただいてみたいですね」
「そうですか。鴨はハムにしたものがありますし、ウサギはマリネ済みのものがありますので、すぐにご用意できると思いますよ」
お父さまの言葉を受けて、ヤンセン男爵が妻へ何やら指示しています。
「それは楽しみですね。ではいただきます」
お父さまが嬉しそうに鹿肉へナイフを入れました。
お父さまってば現金ですね。知っていましたけど。
私は、ジャガイモのシチューも、茶色っぽくて固そうなパンも好きですよ。
ドラゴンなので、多少固いくらい苦にはなりません。
まだ若くてピチピチの118歳ですしね。
和やかに食事は進み、アーロさまやヤンセン男爵家のことを知ることができました。
領地は狭く、現金収入は少ないものの、自然豊かなのだそうです。
だから動物は狩り放題。
勇者の家系だけあって、狩りは皆、得意だそうで何も困らないとか。
果物やキノコ、山菜なども自然に実っているものを採ってきて、自宅で消費したり、物々交換したりして楽しく暮らしているそうですよ。
家事は自分たちでやっているので、妻に迎えるのは平民が多いと聞きました。
ヤンセン男爵が揶揄うように言います。
「ふふふ。アーロの結婚相手が一番、身分の高い方になるとはね」
「いえ、私は身分が高いというわけでは……」
私がモゴモゴと言う横で、アーロさまが真っ赤になっています。
聖獣と人間ではシステムが違うので、私の身分が高いというのは違うような気がします。
ですが、美しいと可愛いは担当しているドラゴンですし、ドラゴンですから人間と比べたら腕力もあって強いです。
そこは信じていただきたいですが、あまり言うと尊敬のまなざしと崇拝が高まってしまうと困るので黙ります。
「そういえば、アーロには妖精の血が入っているとか。我々には分からないことなので、後で他の家族を見てもらうことは可能でしょうか?」
「いいですよ」
ヤンセン男爵の申し出に、お父さまは軽く返事をしています。
和やかに食事が終わり、お父さまがアーロさまの家族の体内を探っています。
「ヤンセン男爵と、お子さんの三兄弟には封印があるね」
お父さまが静かに告げるとヤンセン男爵と三兄弟の目がキラキラと輝きます。
「ただ、アーロ殿ほどの力はないようだ。どうやらアーロ殿の場合は先祖返りに近かったようだね。人間の勇者として働くなら充分だけど、封印を解いて力を開放するとかえって寿命を縮めてしまうかもしれない」
「そうですか……」
あからさまにヤンセン男爵ががっかりした様子を見せました。
三兄弟も同じです。
お父さまはニコッと笑うと、彼らを励ますように言う。
「だが人間としては、かなり長寿になるはずだ。体も丈夫だしね。国境へ住み着いた魔族に喧嘩を売る程度なら死なないよ」
お父さま。魔族との喧嘩を煽るようなことは言わないでください。
三兄弟が変に盛り上がっていますよ?
大丈夫でしょうか。
「ダメよ、あなたたち。まずはしっかり家の手伝いをしてちょうだい」
しっかりと奥さまが息子たちに説教しています。
これなら安心ですね。
お父さまのことは、私があとから叱っておきます。