「私だけが特別なのか……」
アーロさまはショックを受けた様子で呟いています。
他の人と違うと改めて言われてしまうと、感じるところがあるのでしょう。
アーロさまは、黙り込んでしまいました。
私とお父さまが三兄弟から質問攻めにあっている間、食堂の隅に置いてある椅子に座り、アーロさまは何かを考えているように黙り込んでいました。
話がひとしきり終わって、そろそろ屋敷へ帰ろうかという頃、アーロさまはヤンセン男爵と部屋の隅でコソコソと何か話し合っているようでした。
何かあったのでしょうか?
ちょっと心配です。
私たちがそろそろ帰る旨を伝えると、アーロさまは改まった様子で話しかけてきました。
「エドアルドさま、セラフィーナさま。少しお話をよろしいでしょうか?」
私たちは頷くと、アーロさまと一緒に庭へと出ました。
少し空が赤く染まり始めた時間帯。
暗くはありませんが、花咲く庭も夕方は少々けだるげで物憂げに感じます。
「本日はお越しいただきありがとうございます」
「いえいえ、アーロさま。こちらこそおもてなしありがとうございます」
「それで話とは?」
私がアーロさまへお礼を言っていると、お父さまが先を促します。
「はい。今回、家族を見ていただいて、私だけが他の家族とは違うということがはっきりしました。また従兄や従兄の子どもたちでも、勇者としての役目を全うすることは問題がないことも、はっきりしました」
「ああ、そうだね。それで?」
お父さまに問われたアーロさまは一瞬ためらうと、心を決めたように言います。
「私が王都にいると、かえって邪魔になると思うのです。ですから、セラフィーナさまと一緒に、あちらのお屋敷に住みたいと思うのですが……よろしいでしょうか?」
「え?」
アーロさまが屋敷に来る?
婚約とか結婚とか細かいことはどうでもいいんだよ状態で、アーロさまと一緒に暮らしちゃってよいのでしょうか?
私はお父さまの顔を窺います。
「ん……すぐか?」
「なるべく早く、です。エドアルドさま」
「……っ!」
急展開です。
私は息を呑みました。
少しずつ距離を詰めていけばよいかと思っていたのですが、いきなり同棲ですか?
それは私としても歓迎ですけれど。
ですが、嫁入り前の娘として、それはよいのでしょうか?
いえ、この場合、婿取りですか?
私としては、アーロさまと一緒に暮らすことには異論はありません。
むしろ大歓迎です。
ですが、結婚前というのはどうでしょうか。
結婚後のほうがよいですか、お父さま。
結婚後のほうがよければ今日にでも結婚したいです、お父さま。
どうしましょう。
私、一気に盛り上がってきております。
「ん……セラフィーナ? そんなにキラキラした目で見られても、わたしは困ってしまうよ……」
お父さまが本当に困った様子で言っています。
「魔族が国境に住んでいますから、王国に危機が迫る危険は減りました。ルーロさまと王太子が結婚すれば、魔族との結びつきも強くなります。それに王族と魔族の間に子どもが生まれれば、勇者はそちらにとって代わられるかもしれない」
アーロさまは、何を気にかけていらっしゃるのでしょうか。
「王国にしてみれば血の繋がりがある勇者のほうが安心です。そうなると、聖剣を使えるほどの私の力は、かえって王国に危機なものとして映ることでしょう。王国を勇者として守りたかった私自身が、王国に危険を及ぼす懸念材料になってしまいます」
「そんな……」
私は絶句しましたが、お父さまとアガマはウンウンと頷いています。
アーロさまは続けて心のうちを説明します。
「私は王国に危害を加えるつもりなどありません。ですが過ぎた力は、近くにあり過ぎると恐怖を生みます。疑いを持たれたら終わりです。私はいいですが、私の家族を危険視されるのは避けたいのです」
アーロさまは屋敷のほうを振り返りました。
「ですから、勇者の役割は家族に譲ります」
少し切ないですね。
アーロさまが幸せになる道はないのでしょうか?
そんな風に思っていると、アーロさまが私のほうへ振り向きました。
「私はセラフィーナさまと一緒に、少し離れたところから王国を見守りたいのです。いかがでしょうか? エドアルドさま。セラフィーナさま」
私はコクコクと頷きました。
お父さまはどうでしょうか?
チラッと横目で窺ってみます。
お父さまは少し考え込むような怖い顔をしています。
アガマも似たような表情を浮かべていますが、こちらはちっとも怖くないです。
「お父さま。私はアーロさまに来ていただきたいです」
お父さまが、怖い顔のまま私を見ました。
「いずれは一緒に住むのですから、私はアーロさまに、すぐにでも屋敷に来ていただいてもかまいません。それに私が王都に住むのはトラブルの元でしょう?」
私はそう言いながら、ちょっとあざとく首を傾げてみました。
お父さまの顔色がサッと変わります。
そうですよね、お父さま。
私が王都に来るよりも、屋敷にアーロさまが来て下さったほうが何かと便利なのですよ。
渋々といった感じですが、お父さまが頷きます。
オッケーいただきました。
私はアーロさまのほうに向きなおってニッコリ笑って見せました。
あら、アーロさまが真っ赤になってしまいましたね。
一足早い夕焼けみたいな色ですよ。