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第七十八話 アーロさまのお引越し

 屋敷に戻った後、お父さまとアガマによる熱い話し合いが行われました。

 そしてお父さまの一声で、婚約とか結婚とかの前に、アーロさまとの同居が決まったのです。

「いまならわたしもいるから、気に入らなかったら追い出せばいいことだ」

 お父さまは不穏なことを言っていますが、私がそんなことはさせませんよ?

 いずれにせよアーロさまは、私の屋敷で住むことになりました。

「アーロさまのお部屋は……」

「以前の客室を整えたら、よいのではないでしょうかね」

 私がウキウキしながら言うとアガマが嫌味っぽい口調で言ってきました。

 腹が立つので気付かないふりをして私は言います。

「え? ではお父さまには部屋を変えてもらって……」

「そちらではなくて、その下にある客室ですっ」

 アガマがイライラした様子で言いました。

「あら、お父さまに部屋を変えてもらってもよくてよ?」

「そういうわけにはいきませんっ!」

「そうだぞ、セラフィーナ」

 私が面白がってアガマを揶揄っていると、お父さまにも突っ込まれてしまいました。

 残念。これ以上はお父さまに怒られてしまうので止めておきましょう。

「部屋は広いほうがいい。そろそろお前の母、ジーナが目覚めそうだ」

「えっ⁉」

 お母さまの卵が、孵る時が近付いているようです。

 お父さまには、そこまで分かるのですね。愛ですね。

「では、お母さまがおいでになる前に、アーロさまの引っ越しを終えなくてはいけませんね」

 私がニッコリ笑って話しかけると、お父さまも、アガマも苦い物を無理矢理食べさせられたような顔になってしまいました。

 なぜでしょうか?


◇◇◇


 アーロさまと文通をしながら予定を詰めていきます。

 青い鳥はキチンと仕事をしてくれているようです。

 客間を整えて、その日を待ちます。

 アーロさまの荷物が多くはないようですが、勇者の引っ越しとなると身辺整理が必要なようです。

 勇者が王国からいなくなるということで、将軍をはじめとして最初は難色を示していた王国側も、レイナード王太子が説得してくれて最終的には納得してくれたようです。

 レイナード王太子も、ルーロさまとの結婚時期を早めるなど、ちゃっかり便乗して自分たちにメリットがあるようにしたようですが。

 そこはウインウインのほうが、後々のためになりますからご自由にといったところです。

 王国が危機を迎えるなど万が一の時には私も動けますから、何の問題もありません。

 そのせいで『勇者さまが銀色ドラゴンさまの生贄に』などと言っている方もいらっしゃるようですが、言いたい人には言わせておけばいいです。

 取って食うわけではありませんし。

 私とアーロさまが楽しく暮らせて、王国も平和なら問題はありませんからね。

 私は平和主義なのです。

 血生臭いことは好みません。

 本当です。信じてください。

 アガマの嫌味に嫌味で返す日々を終え、今日はアーロさまを迎えに行く日です。

 私がドラゴンの姿で迎えにいくのですが、お父さまとアガマもついてきました。

 モゼルは魔法収納庫が使えますから、引っ越しには最適なので最初から連れていく予定でいましたが、お父さまとアガマは邪魔ですね。

 国境近くで待ち合わせて迎えに行くと、アーロさまは馬車で送ってもらったらしく、近くに黒い馬車が止まっていました。

 ヤンセン男爵とレイナード王太子も側にいます。

 ドラゴンの姿をしたお父さまを見たのは初めてだったので、2人とも驚いた表情を浮かべて、目をキラキラさせていました。

 お父さまは黒くて大きくて、男性好みの力強い姿をしていますから仕方ありませんけれど、私の時とちょっと反応違いませんか?

 まぁ、いいですけど。

 私にはアーロさまがいますからね。

 人化することもなく、私はアーロさまに話しかけます。

「アーロさま。荷物はそれだけですか?」

「はい。男の荷物なんて、こんなものですよ」

 アーロさまは、肩から下げた大きな袋を揺らして笑っています。

「このくらいなら、そのまま乗ってもらってもよさそうね」

「でも一応、私も来ましたから。お預かりしますね」

 モゼルがアーロさまの荷物を預かって魔法収納庫に入れています。

「お世話になりました。何かあった時には、すぐ戻りますので連絡してください」

「分かった。頼りにしてるよ。元気で」

 アーロさまとレイナード王太子が挨拶を交わしています。

「ではアーロさまは私に……」

「いや。わたしが乗せていこう」

 お父さまが強引に割り込んで、私のアーロさまを背中に乗せてしまいました。

 なぜか私の背中には、アガマとモゼルが乗っています。

 解せませんが、仕方ありません。

 私たちは、ヤンセン男爵とレイナード王太子に別れを告げて、屋敷に向かって飛び立ったのでした。


◇◇◇


 引っ越しは簡単に終わり、アーロさまと私は同じ屋敷で暮らすことになりました。

 アーロさまの部屋は私の部屋の二階下の客間となり、間の階では「結婚前だから」とか言いながらお父さまが目を光らせています。

 ならはすぐに結婚を、というと、まだ早いとかグズグズ言っていて、ちょっと意味が分かりません。

 食事もそれぞれの部屋で摂るか、私の部屋で摂るかという状態でしたが、私の部屋の上にある100階の大広間を食堂として使うことになりました。

 アーロさまは食事のたびに、私とお父さまの食べる量を見ては驚いています。

 今朝も私とお父さまの食事量を見て、目を白黒させているアーロさまは可愛いです。

「私たちが多いのではなくて、アーロさまの食べる量が少ないのではないですか? エルフの血が入っているから、効率がよいのかもしれませんよ」

「そうですか? 封印を解いていただいてから、食べる量が増えたのですが……」

 私の仮説に対して、アーロさまは懐疑的なようです。

 ドラゴンは食いしん坊なのでしょうか。

 そうだとしても体が大きいから仕方ないですよね。

 生活を共にしていると驚くことは多々あります。

 私は空の散歩を楽しまないと体がスッキリしませんが、空を飛べないアーロさまは屋敷の階段を上ったり下りたりして鍛錬しています。

 アガマたち使用人にとっては日常です。

 なのでアガマが「そんなことが鍛錬になるんですかね」とか嫌味を言っています。

 そんなことが日常と化しているのに、私とアーロさまの関係性は進展なしです。

 お父さまに言わせると「せっかくならお母さまと一緒に祝いたい」とのことですが。

 私には結婚を先延ばしにされているだけのような気がします。

 複雑な気持ちですが、私はもちろんアーロさまも特に仕事をしているわけではありませんし、封印を解いたアーロさまは寿命も延びましたから呑気にその日を待ちたいと思います。

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