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第七十九話 お母さまの元へ

「そろそろだと思う」

 お父さまが、そう言って私の屋敷への滞在を始めてから、数ヶ月が経ちました。

 その間にアーロさまは我が家へと引っ越しを済ませ、夏が過ぎていきました。

 ドラゴンの時間感覚は、とても呑気なのです。

「お父さま。そろそろとは、あとどのくらいなのでしょうか?」

 私はドラゴンと言っても118歳の若いドラゴンなので、少々待ち疲れてきました。

 お母さまとお会いできるのは嬉しいですが、アーロさまとの結婚も早くしたいのです。

 婚約は、すっ飛ばすことになっています。

 契約上のことなので、既に同居を始めている今となっては手間がかかるだけ、との判断です。

 そもそも人間と聖獣では、システムが違いますからね。

 結婚も、私が思うものと、アーロさまの思うものでは違うかもしれません。

 そもそも人間は、生まれ直して卵から孵る配偶者を迎えに行くとか、出来ませんからね。

 人間の時間には限りがあるのです。

 ですから私としては、少しでも早くアーロさまとの結婚を済ませてしまいたい。

 少しでも長く、一緒にいたいからです。

 とはいえ、お母さまが再生して生まれてくるのなら、私とアーロさまの結婚をお母さまにも祝ってもらいたいという気持ちもあります。

 ですが待っている間にもアーロさまの寿命は減っていきますので、複雑な心境です。

 生まれるのなら、さっさと生まれて欲しいのですよ、お母さま。

「本当にあともう少しだ」

 朝食の席でお父さまはそう言うと、少々ばつの悪そうな表情を浮かべます。

 反省しているのならいいです。

 お父さまには恩着せがましくしておいたほうが、アーロさまとの関係性もよくなるでしょうしね。

 結婚となれば、色々と各方面に気遣いが必要です。

 私はヤンセン男爵家の方々との関係性も気にしていますから、バランスよく、かつ、アーロさまにとって少しでも有利になるように考えて動きたいと思っています。

 だから待つことで、アーロさまの有利になるのならいいですよ。

「今夜あたりだと思う」

「あら。それは本当にあともう少しですね?」

 意外な答えに私の手が止まります。

 オムレツは熱いうちに食べたほうが美味しいですが、今夜にもお母さまに会えるというのなら優先順位は変わります。

「そうだ。セラフィーナ。お前も一緒にお母さまの卵のところへいくかい?」

「はい、もちろん」

「それならば、私も一緒に行きたいです」

 私の横からアーロさまも口をはさみました。

 普段は遠慮がちなアーロさまも、お母さまには早く会いたいようです。

 こうして皆で夜の闇に乗じ、帝国へ行くことに決まりました。

 そうと決まれば昼寝をして、夜に備えなければいけません。

 私は空の散歩、アーロさまは屋敷の階段を上り下りするなど毎日の習慣をこなしながら昼寝をして、夜に備えました。

 お母さまに会えるのも楽しみですが、お母さまに会えたら晴れてアーロさまと夫婦になれます。

 とても楽しみです。

 使用人たちもお母さまに会えるのは楽しみなようで、お父さまが使っている客間にお母さま用のベッドを運び入れるなど忙しくしています。

 夕食を摂って、しっかり腹ごしらえを済ませたら、いよいよ出発です。

 アーロさまは聖剣を携え、防具もしっかり身に着けています。

 妻の母と会うにしては、ちょっと物騒なのでは? と私は思ったのですが。

 なるべくキチンとした服装で、お母さまと会いたいそうです。

 私のパートナーとなる方は、私の家族にも敬意を払ってくれるキチンとした方です。

 嬉しいですね。

 口元がむずむずしてニマニマしてしまいます。

 早くお母さまにアーロさまを会わせたいです。

「アーロさまは私に……」

「いや、わたしに乗ってくれ」

 お父さまは未だ私にアーロさまが乗ることを許してくれません。

 仕方ないのでアーロさまがお父さまに乗り、私の背中にはアガマが乗りました。

 アガマは治癒の魔法が使えるので、お母さまに万が一のことがあった時のためについてくるそうです。

 万が一って何なのでしょうか。

 ドラゴンが卵から復活できるといっても、いつでも必ず丈夫な体で生まれてくるというわけではないのかもしれません。

 お母さまが儚げな方だったらどうしましょうか。

 私に似ているそうですからね。

 可憐なタイプかもしれません。

 卵から孵化した途端に救命措置が必要になったらどうしましょう。

 ちょっとドキドキしてきました。

 無事の再会を願いつつ、出発です。

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