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第八十話 お母さま誕生

 今夜は満月。

 明るい夜です。

 私たち聖獣に国境など無いに等しいので、あっという間に帝国領内へと入ることができました。

 アーロさまは人間ですから緊張しているようです。

 私たちが一緒ですから、帝国といっても怖くはありませんよ?

 もっとも、未来の義理の母との初対面に緊張しているのかもしれませんので、何も言いませんけれど。

 ふふ。未来の義母ですって。

 キャッ。

 私は1人、心の中ではしゃぎます。

 お父さまが横目で睨んできますので、表情に出ているのかもしれません。

 関係ないですけどね!

 私は、ウキウキした気分のまま、お母さまの卵のある崖まで行きました。

「あー……嫌な感じの網ですね」

 アガマが崖を見て呟いています。

 本当に不気味な網です。

 卵が落ちないように支えているようにも見えますが、卵を捕らえているようにも見えます。

「あっ、卵にヒビが入っている。降りて様子を見よう」

 お父さまの言葉に従って、私たちは卵がある崖の突き出た場所へと降りました。

 スッと人化すれば、四人が乗っても問題のないスペースがあります。

「本当に気になる網ね」

「んー。卵が下に落ちたら危ないから、人間にしたら落石対策かもしれないが……」

 お父さまに言われて崖下を覗いてみました。

 そこには森があり、落石があっても直接人間に危害が及ぶようには思えません。

「この網、魔法がかけてありますね」

「やはりそうか、アガマ」

 アガマとお父さまが黒い網の前でブツブツ言っています。

「でも、この程度ならドラゴンにとっては、どうということはありませんよね?」

 魔力が通っている網といっても、強力な魔法陣も感じられないですし、お母さまが卵から出る邪魔になるようには思えません。

「ん……それはそうだか……あ、割れる」

 卵の中からガシガシと突くような音がして、卵がパカッと割れました。

 お母さまです。お母さまが出てくるのです。

 私と同じ、七色に輝く銀色の鱗を持つお母さまが。

 ……ん?

 赤?

 卵から出てきたドラゴン、赤くないですか? お父さま。

 お母さまは私と同じ銀色のドラゴンと聞いていましたが、違ったのでしょうか。

 赤いドラゴンは、卵の殻をガンガンと蹴りながら出てくると、ふぁぁぁぁ~と大きなあくびをしました。

 そして目の前にある網に気付くと「狭いっ!」と叫びながら、シュルッと人化しました。

 現れたのは真っ赤な髪の人間です。

 顔は私にそっくりです。

 ガーネットのような赤紫の瞳がはまった大きな目をパシパシとしばたたかせると、目の前にいる人の姿を見て嬉しそうな笑みを浮かべました。

「エドアルド! 来てくれたのか!」

「ああ、ジーナ! 当り前じゃないか!」

 お父さまがお母さまへと駆け寄りました。

 ですが網があるので抱き合うのは難しいようです。

「この網は何じゃ? 邪魔だ!」

 お母さまが魔力を網へとぶつけます。

 反発してカンカン音がするだけで網は傷1つないようです。

「変だな? でもこうして、こうすれば……まぁ、だいたい破れる。我を甘くみるな」

 お母さまは網を火であぶり、凍らせ、電撃を浴びせかけました。

 宣言通り網は砕け散ります。

 パワフルですね。

「ふふふ、エドアルド。久しぶりじゃの」

「そうだねジーナ。おはよう」

 そして2人は熱烈なキスをしました。

 ああ。この方が、私のお母さまです。

 お父さまから体を離したお母さまが、こちらを振り返りました。

「お前は……セラフィーナじゃな」

「はい。そうです。お母さま」

 ゆっくり近付いてくるお母さまは美しい。

「ふふ、わたしそっくりじゃ」

「お母さまは……赤毛ですね?」

「ああ。以前はお前と同じ銀髪だったのじゃが……長く生きたのでな。銀髪には飽きてしまったのだ。せっかくだから、バルドと同じ赤毛にしたのじゃが……銀髪も良いな」

 お母さまは、私の髪をそっと撫でました。

 温かな手の感触。

 間違いなくこの世にいる存在の感触。

 お母さまが生きて目の前にいます。

「お母さまっ」

「ふふ。セラフィーナ」

 思わず胸に飛び込んだ私をギュッと抱きしめると、お母さまは笑いました。

 私の頬に涙が伝って落ちます。

 悲しくないのに変ですね。

 私もお母さまをギュッと抱きしめました。

「愛しい我のセラフィーナ。我も会いたかったぞ」

 つむじ辺りに落ちてくるキスがくすぐったいです。

 愛しい、ですって。

 私はお母さまに愛されて生まれてきた存在です。

 それを実感することができました。

「ふふ、我の娘は118歳のはずじゃが……泣き虫じゃの。まだ幼児のようじゃ」

「幼児ではありませんよ、お母さま」

 ちょっとむくれて言う私の頬を、お母さまがツンと指先で突きます。

「そうかな? 我には幼児に見えるな?」

「お母さま、お目覚めになってすぐなのに申し訳ないのですが、私には結婚したい方がいるのです。もう幼児ではありません」

「ほう? もうがいるとな?」

「……」

 背に乗せたい相手?

 もしかして、背中に乗せるって、それだけで何かエッチな意味とかあったりしましたか?

 私はチラッとお父さまとアガマの方を見てみましたが、2人とも視線を逸らしてしまいました。

 そういう意味ならそういう意味だと、教えておいてくださいませ!

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