アンジェリカのメモを託されたニア。ブライアント家の屋敷に入ると大勢の使用人達が、雑談しながら楽しそうに働いていた。
その様子をニアは悔しい思いで見つめる
(全く、みんな呑気なものね。こっちは人が足りなくて大変だっていうのに)
当主のチャールズから冷遇されてきたアンジェリカは、この屋敷で働いている殆どの使用人達から相手にされていない。
中には自分の立場もわきまえず、意図的にアンジェリカを虐める使用人たちもいた。
歩いている所をわざとぶつかって転ばせたり、本人に聞こえるように悪口を言い合ったり等々。
彼らは気弱な伯爵令嬢であるアンジェリカを虐めることで、憂さ晴らしをしていたのだ。
アンジェリカになら、何をしても許されると思っている。
とてもこの屋敷の令嬢に対する態度では無かった。
アンジェリカは彼らの仕打ちを耐えながら、この屋敷で18年間暮らしてきたのだ。
それでも彼女を気の毒に思っている使用人たちがいるのも事実。
だが庇ったりしようものなら当主の考えに逆らったとみなされ、どんな罰を受けるか分かったものでは無い。
そこで残りの使用人達は、ただ傍観するのみだったのだ。
その態度が増々アンジェリカを虐める使用人達を増長させる原因を作ってしまったのであある。
(アンジェリカ様を気の毒だと思う気持ちがあるなら、離れの使用人になってくれればいいのに)
どう見ても、暇そうにしている使用人達を見ているとニアの苛立ちが募ってくる。
その時。
「あら? もしかして……ニアじゃないの?」
不意に声をかけられたニアは驚いて振り向くと、比較的親しくしていたメイドのベスがすぐ近くで自分を見つめている。
そこでニアは慌てて彼女に駆け寄ると、耳打ちした。
「お願い、ベス。私がここにいることを誰にも言わないで欲しいの」
目的を達成する為に、屋敷を追い出されてはアンジェリカを悲しませてしまう。それだけはどうしても避けなければならない。
「もちろんよ。言うはずないでしょう? でもニア、どうしてここにいるの? アンジェリカ様と一緒に離れで暮らすことになったでしょう?」
「ええ。それに旦那様から二度とこの屋敷に足を踏み入れてはいけないとも言われているわ」
ニアは辺りを見渡しながら声を潜めた。
「そうだったの? さすがにそれは知らなかったわ……でもいくら何でも酷すぎるわ。どうして旦那様は実の娘なのに、アンジェリカ様にそんな仕打ちが出来るのかしら」
ベスは陰ながらアンジェリカに同情するメイドの1人だ。
「そんなことは決まっているわ。後妻に入ったイザベラ様の存在のせいよ。元々旦那様は政略結婚のアンジェリーナ様を良く思っていなかったから……っていけない、こんな風にのんびりおしゃべりしている場合じゃなかったわ。ねぇベス、セラヴィ様はどちらにいらっしゃるか知っている?」
ニアは自分がここへ来た目的を一瞬忘れかけてしまい、慌てて尋ねた。
「勿論知っているわよ。だって私がこれからお茶を運ぶのを任されているのだから。今から厨房にお茶とお菓子を貰ってくるところなのよ」
「え!? それ本当なの!? だったらお願い! その役割、私にやらせてくれないかしら!」
ニアはベスの両手を取って、強く握りしめた――