「大丈夫でしたか……?」
気付けば、アンジェリカの眼前に川が迫っていた。そして背後で抱きとめる人物。
(あ……わ、私。今一体何を……)
川を見つめていたところまでは、はっきり記憶があったもののその後の記憶はあやふやだ。
「間に合って良かった……もう少しで川に落ちるところでしたよ」
その人物は未だにアンジェリカを抱きとめたままだった。声と身体の大きさから男性だと言う事に気付く。
「申し訳ございません……危ないところを助けて頂き、ありがとうございます」
アンジェリカは男性から離れると、お礼を述べて顔を上げた。
その人物は銀色の髪に金色の瞳の青年で、マントを羽織っていた。とても美しい青年で、何処か見覚えがあった。
一方青年の方でも、じっとアンジェリカを見つめている。その視線が何となく気恥ずかしくて声をかけた。
「あ、あの……?」
「1人で町に来ていたのですか?」
青年が質問してきた。
「いえ。連れの者がいますけど?」
「その人は今どこに行ってるんです?」
何故そんなことを尋ねてくるのだろうと思いつつ、アンジェリカは答えた。
「買い物に行っているので、私はここで待っていました」
「何ですって…‥? あなたをここに残して1人で行ったのですか?」」
青年が眉を顰める。
ヘレナのことを咎められたくなかったアンジェリカは慌てて否定した。
「いえ、そうではありません。私から言ったんです。1人で待っているからって。ヘレナは悪くありません」
弁明じみた言い方になってしまったが、それでも彼には何故か咎められたくないと思う自分がいる。
「ヘレナ? 一緒に来ている人物はヘレナなのですか?」
「え? そうですけど……」
(何かしら? この人の口ぶりでは、まるでヘレナのことを知っているみたいだけど……)
すると一瞬、青年の口元に笑みのようなものが浮かんだ。
「……何だ。てっきり……」
「どうかしましたか?」
「いえ、何でもありません。ですがどうか、もう二度と今のような真似はなさらないで下さい。あなたにもしものことがあれば、悲しむ人々がいることを忘れないでもらいたい」
「え……?」
青年の言葉に、アンジェリカが目を見開いたその時――
「アンジェリカ様ーっ!」
買い物を終えたヘレナがこちらへ向かってくる姿が見えた。
「連れの人が来たようですね。それでは失礼します」
「え? あ、あの」
アンジェリカは呼び止めようとするも、青年はあっという間に人混みに紛れて見えなくなってしまった。
「不思議な人……」
ヘレナが息を切らせながら駆け寄ってきた。
「アンジェリカ様! 驚きましたよ。ベンチに座っているとばかり思っていましたが、何故川の傍に来ていたのですか?」
「ごめんなさい。もっと近くで川を見たくなってしまったの」
ヘレナに余計な心配を掛けたくなかったので、アンジェリカは咄嗟に嘘をついた。
「そうだったのですね。ところで先程、男性と一緒にいましたね? 何かお話をしていたようですが、お知り合いですか?」
「いいえ、知り合いでは無いわ……」
そこまで言いかけて、アンジェリカは思い出した。
「あ! 思い出したわ! あの人……卒業式で警備をしていた人だわ」
先程の青年は豹変したセラヴィから守ってくれた騎士だったのだ。
「まぁ、それではセラヴィ様から助けて下さった方だったのですね?」
「ええ。もっと早く思い出していれば、ちゃんとお礼を言えたのに……」
(またいつか会えるかしら。その時はお礼を言わないと)
アンジェリカは青年が消えて行った方向をじっと見つめるのだった——