——翌朝
アンジェリカは憂鬱な気持ちで目が覚めた。
「私……今日から一体どうすればいいの……?」
昨日迄は高校へ通っていたが、もう卒業してしまった。
少しでも役立つために卒業後は仕事を探して働こうと考えていたのに、父から止められてしまった。
しかも生まれてくるローズマリーの子供を自分が産んだことにされてしまうために。
無力なアンジェリカは、命令を聞き入れるしかなかった。……まるで操り人形の如く。
ヘレナ達にお世話をしてもらうだけで、自分は何をすることも出来ないのだ。
「こんな私、生きている価値があるのかしら……」
虚ろな瞳でポツリとアンジェリカは呟いた――
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「アンジェリカ様。スープのお代わりはいかがですか?」
ダイニングルームでアンジェリカの朝食の世話を焼きながら、ヘレナが尋ねる。
昨夜からまともに食事をしていなかったけれども、食欲など皆無だった。
そこで弱々しく首を振る。
「いいえ、いらないわ。食欲が無くて」
「アンジェリカ様……」
今のアンジェリカはまるで血の気を失っているかのように、青ざめていた。
(何て酷い顔色……でもあんなことがあったのだから、無理もないわ。何か気分転換でも出来れば……)
そこでヘレナは少し考えた。
「そうだわ、アンジェリカ様。今日は天気も良いことですし、町へ外出されてみてはいかがでしょうか? 丁度買い物がありますので、一緒に出掛けましょう」
「分かったわ」
こうしてアンジェリカは急遽、ヘレナと町へ買い物に行くことなった——
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「どうもありがとうございました」
町の中心部を川が流れる広場に到着した。
馬車から降り、ヘレナは辻馬車代金を支払うと心配そうにアンジェリカの様子を伺った。
アンジェリカの目はどこか虚ろで、馬車の中ではずっと静かだった。
ヘレナが時折何度か話しかけてみても「そうね」とか「ええ」という言葉しか返ってこないので、そっとしておくことにしたのだが……。
(駄目だわ。このままアンジェリカ様を連れて歩くわけにはいかないわ)
そこでヘレナはアンジェリカに声をかけた。
「アンジェリカ様、もしかして御気分が優れないのではありませんか? 少し休みましょうか?」
「ええ、そうね……」
ヘレナは周囲を見渡し、川沿いの歩道にベンチが置かれていることに気付いた。
「アンジェリカ様、向こうにベンチがあります。座って少し休みましょう」
黙って頷くアンジェリカを連れて、ベンチに座らせた。
「アンジェリカ様、何か飲み物でも買ってまいりましょうか?」
「……いいわ」
首を振るアンジェリカ。
「ですが……」
「私はここで休んでいるから、ヘレナは用事を済ませて来てくれる?」
「え? お1人で、こちらでお待ちになるおつもりですか!?」
余りの言葉にヘレナは目を見開く。
「ええ。ここの景色はとても綺麗だから、眺めていたいの」
「わ、分かりました……。では買い物を済ませてきますので、アンジェリカ様はこちらでお待ちくださいね?」
「ええ、行ってらっしゃい」
笑顔で手を振るアンジェリカ。その姿を見てヘレナは少しだけ安心して買い物へ向かった。
「皆……楽しそうね」
町を行き交う人々を見つめながら、アンジェリカはポツリと呟く。
アンジェリカの目に映る光景は、全てがまるで灰色の世界に見えた。
この世界で、1人幸せから置き去りにされた気持ちになってくる。
産まれた時から父親に憎まれ、セラヴィの裏切り。
義妹はセラヴィの子供を妊娠し、挙句の果てに生まれて来る子供はアンジェリカが産んだことにされようとしている。
セラヴィ以外の男性と浮気の果てに妊娠したとして……。
この先、アンジェリカに待ち受けるのは地獄。
まだ清い身体なのに男にだらしない、ふしだらな女として世間から見られてしまうことになるのだ。
もうこれ以上、生きている意味を見いだせなくなっていた。
「あの世に行けば……お母様に会えるのかしら……」
アンジェリカは立ち上がると、フラフラと川に向かって歩きだした。
歩道と川はアンジェリカの腰の部分までの高さがあるフェンスで区切られている。
フェンスに両手をついて、身を乗り出そうとした時――
「危ないっ!!」
突然、アンジェリカは背後から抱き寄せられた——