アンジェリカの話を聞き終えたヘレナが身体を震わせる。
「そ、そんな酷いことがあったのですか……? 旦那様から暴力を振るわれただけでなく、ローズマリー様が産む子供を、アンジェリカ様が産んだことにするなんて……! こんなことが許されていいはずありません! あまりに酷すぎます!」
「……でも仕方が無いわ。お父様の言う事は絶対だから。もし歯向かえば、この離れにも住まわせてもらえなくなってしまうもの」
アンジェリカは全てを諦めていた。
「何を言ってらっしゃるのですか。大体こんなときこそ、婚約者のセラヴィ様が助けになってくれるはずなのに……よりにもよってローズマリー様との間にお子を成してしまうなんて……絶対に許されるはずありません!」
ヘレナの目に涙が浮かぶ。
「ありがとうヘレナ。セラヴィのことはもういいのよ。彼への気持ちは、もう冷めたから」
セラヴィは結婚まで身体を許さないアンジェリカに嫌気がさし、ローズマリーと関係を持って自分が捨てられた。
その事実を知り、自分でも驚くほどセラヴィヘの想いが消えていたのだ。
(今にして思えば、私が18歳になった途端にセラヴィの態度が突然変わったのは……そういうことだったのだわ。私と関係を持とうとしたために……)
この国では18歳で成人を迎え、婚約者と婚前交渉を持つことは別に珍しいことでは無かった。けれどアンジェリカは、結婚までは清い身体でいたかったのだ。
「そうですね……アンジェリカ様という婚約者がおりながら、ローズマリー様とふしだらな関係になるのですから。これで良かったのかもしれません。ですがそれでも納得できません。アンジェリカ様が未婚のまま出産したなどとデマを世間に流されれば、傷物扱いされることになってしまうのですよ!? 私はそのような目に遭わせたくありません!」
まるで自分のことのように、目に涙を浮かべて訴えてくるヘレナ。
ヘレナが自分を心配してくれるのは嬉しかった。
「アンジェリカ様!」
突然ヘレナが立ち上がった。
「な、何?」
「こんなこと……間違えています。やっぱり私、旦那様に抗議してきます!」
「え!?」
その言葉に青ざめるアンジェリカ。部屋を出て行こうとするヘレナの手を掴んで引き留めた。
「駄目よ! ヘレナッ!」
「アンジェリカ様? 何故止めるのですか?」
「そんなことをすれば、ヘレナもただではすまないわ。だってお父様は娘の私にだって平気で手を上げる人なのよ? もしヘレナがそんなことをすれば、ただでは済まないわ。ニアの様になってほしくないの!」
「っ!」
息を飲むヘレナ。
「私の為を思って、お父様に訴えようとする気持ちはとても嬉しいわ。だけどヘレナがここから追い出されたら……私、どうしたらいいのか分からないわ……」
アンジェリカの目が潤む。
「分かりました。そこまでおっしゃるのであれば、旦那様に訴えるのはやめることにします。私もアンジェリカ様のお傍を離れるつもりはありませんから」
ヘレナはアンジェリカを抱きしめ、優しくその背中を撫でた。
「ヘレナ……ありがとう……」
アンジェリカはヘレナの背中に腕を回し、その胸に顔をうずめた。
その姿はまるで母と娘の様だった。
そして、そんな2人を陰から3人の使用人達が見守っていた――