地上 廃墟跡地。
「Gランクモンストール、消失しました!召喚された人族一名を巻き込んで、ですが………」
「…致し方あるまい。王子の命令だった。それにこうすることしか我々と…召喚組の無事は保障出来なかった。
カイダ君には悪いが、あの窮地を切り抜ける為の犠牲になってもらった」
底の見えない巨大な穴を見下ろしながらブラット兵士団長は無表情のまま告げる。彼らは言葉とは裏腹に本心では皇雅の消失に対して心を痛めてはいなかった。
実戦訓練の最初こそは、あの低いステータスにもかかわらず召喚組の中でいちばん多くモンストールを討伐したことに感心はしたものの、Gランクを相手にした途端の状況を目にすると、やはりせいぜい下位程度しか相手出来ないだろうと早々に見切りをつけた。
そんな有望性の無い皇雅を、リスクを冒してまで助けるつもりはなかった。
「先生、ダメだって!落ちたら死ぬような高さだし、あそこにはさっきの化け物もいるかもしれないし!」
「だけど、甲斐田君が…!」
「落ち着いて下さい!先生まで死んでしまうかもしれませんよ!?」
落ちて消えた皇雅を救出しに行こうと地下へ降りようとする美羽を周りの生徒たちが止めに入る。
「私がついていながら…!私が先にここに逃げてしまったから、負傷した甲斐田君が逃げ遅れてしまって……っ」
自分を責める様子で項垂れる美羽。自責と後悔に苛まれている彼女に、生徒たちは気休めの言葉もかけられずにいた。
「別に先生のせいじゃないでしょう!あの状況じゃ仕方なかったんだ。甲斐田は、まぁ…運が悪かったってだけで…ははっ」
ただ大西だけが美羽に気休めにもならない言葉をかける。
普通なら彼の無神経さに非難が飛び交うところなのだが、落ちた人間がクラスのほとんどが忌避している皇雅ということもあって、大西を責める者は誰もいなかった。
彼らも皇雅を犠牲にすることを選んだことに違いはないのだから当然なのだろう。
「はぁ、いくら甲斐田だからといってあれはどうかと思うけど」
「……うん」
曽根と米田は大西の言葉を良くは思っていなかった。二人も皇雅のことはあまり良く思ってはいないものの、大西たち程の嫌悪は抱いてはいない。
それ故に皇雅の犠牲については申し訳なく思っていた。
「…………」
高園は美羽と同様に皇雅が落ちたことに心を痛めていた。
彼女も皇雅のことを助けたいと思ったものの、自分の力の不足が故に出来ずに終わった。
「甲斐田君……私はあなたが死んだなんて思いたくない」
自分に言い聞かせるようにそう言ってはみるものの、本心では彼の生存確率が絶望的であると認めてしまっていた。
(クラスのみんな、甲斐田君が落ちたことに対してほとんど悲しんでいない…皆にとって甲斐田君はもう仲間なんかじゃ……)
皇雅がいなくなったこともそうだが、高園はクラスの皆が彼のことを何とも思っていないという事実に酷く心を痛めた。
皇雅を仲間だと思っているのは、高園自身と美羽くらいだということを、彼女はこの時理解した。
「マルス…お兄様、なぜあんな指示を?カイダさんはまだ助けられたはずだったのに……っ」
「お前まで何だというのだミーシャ。あの男は、余だけではなくお前や父上にも不敬な態度をとっていた。そのくせに貧弱な職業とステータスときた…。そんな奴を助けて我らになんの得がある?ここで切り捨てることが、ドラグニア王国の負担を減らすことになれるのだ!」
「本気で…言っているのですか…?私は、彼にはまだ十分に活躍できる可能性がありました!
何より彼を死なせたくはなかった…!」
「なぜあんな男に肩入れする?価値無きグズに構うほど、今のこの世界は甘くないのだぞ?もう奴のことは忘れろ。この召喚組を今後さらに強くさせる方針を考えるのがお前の役目だ。お前が練る戦略は、世界で一二を争う程に優秀なのだからな」
「そん、な……っ」
一方でミーシャがマルスに先程彼が下した命令について異議を唱えていた。
彼女もまた皇雅が落ちてしまったことを悲しんでいる一人だった。
対するマルスはどこまでも冷たく無常に皇雅を貶してミーシャを突き放して、兵団と美羽たち召喚組に退却を命じた。
「こんなことになるくらいなら、あなただけでもこの世界に呼び出すんじゃありませんでした…」
ミーシャが提案した異世界召喚のせいで皇雅が犠牲になってしまった。頭が良く幻想や夢をあまり抱かない彼女は、皇雅が生存しているとは思っていない。この実戦訓練で彼は犠牲となってしまったと思っていた。
(ごめんなさいカイダさん、私のせいです…!恨まれて当然のことをしてしまった。私の勝手な考えであなたを召喚した結果がこれだなんて…)
ミーシャは自分がしてしまったことを後悔していた。同時に皇雅の喪失を嘆いてもいた。
*
「―――――――――」
随分長くて嫌な夢を見ていた気分だ。今までの人生の中でぶっちぎりで最悪な寝起きだ。
廃墟の崩落で瓦礫が頭にぶつかったかなんかで、今まで意識を失っていたようだ。首を巡らせ、見渡す限り目に映るのは暗闇。地面はひんやりとしたコンクリートのように固い。上を見上げても光が全く見えない。
あそこからかなり下へ落ちたみたいだが、よく転落死しなかったものだ。物理防御のお陰か。この廃墟、まだまだこんなに地下深い場所があるのか。
だが、ここはモンストールが巣食う場所。危険極まりないことに変わりない。目に映るのは果てしない闇。だが、先程と違い、何か、臭い。腐った肉の臭いがする。もしかして、これが死体の臭いなのか、そんなことを考えながら、さっきから全く動かせない両脚を引きずって、這って進む。
今の状況をどう対処対処するかで頭がいっぱいだった。
俺を見捨てたクラスメイトたち。俺を最弱だの役立たずだのと蔑んで嘲笑い、見下した視線を浴びせてきた王族ども。
俺のこの目に映った奴らの最後の顔は…侮蔑と嘲笑を浮かべた表情、俺を囮にしたことで助かる思い安堵した表情、当然の結末だと言いたげな表情……そんなものばかりだった。
あいつらの下種で腐りきった人間性には失望させられ忌まわしくも思うが、まずはこの絶望的状況をどうにかしなければ、と気持ちを切り替える。
早くこの暗くて冷たい場所から脱出しなければ...。頭では分かっていても、全身のダメージが深刻なため、這って進むのが精一杯だ。
「早く、早くここから出ね―と、あの化け物どもに...!!
『グルアアアアアアアア………ッ』
全身の血が凍りつくようなおぞましい咆哮に、俺は硬直してしまった。