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「情報屋からの報告」

 「では、ドラグニアの領域付近にも群れが発生したというのだな!?」

 「はい、その通りです!群れはやがて王国にも侵攻するでしょう。早めの迎撃及び討伐が最善策かと!」

 「分かった。直ちに救世団全メンバーと兵士団を全て動員させて、王国へ侵攻しにきているモンストールの群れの殲滅にかかれ!」


 早朝。大広間にてブラッド兵士団団長の報告を受けたカドゥラ国王は、すぐに緊急の任務を発令した。


 「あの!救世団や兵士の配置は、王国付近だけでよろしいのですか!?王国の領域にある、歓楽街ハラムーンやゾルバ村、その他小さな村や町にも戦力を割かなければ多くの人々がモンストールに……」


 国王の右隣で控えているミーシャは国王に意見をする。彼女の意見に答えたのは国王の左隣にいるマルスだった。


 「ここに向かってくるであろうモンストールどもランクはどれもGランクだと聞いている。それも目測でも十数体もいるとな。五年前の大侵攻以来の規模と戦力が、この国に襲いかかろうとしている。この国の総戦力を挙げなければ今回の敵とまともに戦うことも出来ないだろう。救世団の連中もまだまだ完成していない者ばかりだしな。数が必要だ。

 よって、王国の領域内であろうと、他の村や町にまで兵を割く余裕はない!お前なら分かるだろ?」

 「で、ですが……っ」


 ミーシャは食い下がろうとするも適切な言葉が見つからず、黙るしかなかった。マルスの言い分は正しいし、彼女自身も戦力を他に割いてはこの王国が危ういと思ってしまっているからだ。


 「遠征任務に出ているフジワラミワやタカゾノヨリカたちにも至急戻るように伝えさせる。彼女らに他の村や町に行ってもらえば良かろう。間に合うかどうかは保証しかねるが」

 「それにこの国には救世団や兵士団以外にも冒険者という戦力も存在している。ギルドから緊急クエストを発令させて、村や町へ行ってモンストールを討伐するよう命じれば良いのだ。奴らの中にもそれなりに腕が立つ者はいるはずだ。奴らに任せるしかあるまい」


 国王と王子は淡々と安全性に欠けた対策を挙げるだけ挙げて話を終わらせようとする。


 「お二人は、それでよろしいのですか!?国外とはいえ村や町の人々もドラグニアの大切な――」

 「分かれ、ミーシャ。これは仕方のない犠牲だ。この国を守ることが第一だ。小さなものから切るのは当たり前のことだ。あの時の実戦訓練の時もそうだったろう」

 「………!!」


 実戦訓練のことを出されたことで、ミーシャは心が抉られるような思いをする。皇雅こうがの犠牲は仕方なかったわけではなかった。

 本当はまだ助けられる余地はあったはずだった。あの時のマルスは皇雅が不要だと早々に切り捨てたではないか。そう激高しかけたが、そのことで今さら彼と言い合う気にもなれないミーシャは、黙って俯いた。


 「ミーシャよ、救世団の各グループの編成と配置について、後でブラッドと決めよ。それが終わったら、お前は後宮にでもこもっているがよい」

 「………分かりました」


 要人たちによる大広間での緊急会議を終えたミーシャは、兵士団の部屋へ移動して、招集された救世団のメンバー全員と兵士たちにブラッドとともに編成と配置を伝えた。

 起床してから三時間ぶっ通しで軍略を練り続けたミーシャは、疲れた足取りで後宮のとある部屋で一息をついた。

 ミーシャは誰が見ても分かるくらいに憔悴していた。


 (村と町を切ると言っていた時の二人からは、全く罪悪感や悲哀が感じられなかった。小を切ることに何の躊躇いもなかった。それが当たり前だと完全に思っている目をしていた……)


 ソファーにもたれこんで疲れや国王たちへの不信感からの溜息を吐いているミーシャに、話しかける者がいた。


 「かなりやつれた様子ね、ミーシャ。またあの人やマルスのことで悩んでるのかしら」

 「お母様……」


 声の主は、ミーシャの母親にしてドラグニア王国の王妃であるシャルネ・ドラグニアである。

 彼女は1年前から病で床に臥せっている身であり、この後宮からほとんど外へ出たことがない。

 ミーシャも寝食する時……自由の時間になるとこの後宮を使っていて、毎日この部屋に通ってシャルネの看病したり会話をしたりしている。

 ミーシャは静かにゆっくりと、モンストールのことと今朝の二人のことをシャルネに話した。


 「あの子も……あの人と同じ非情なところがうつったのかしらね。出来ればあの人のそんなところは似てほしくはなかったのだけれど。あなたのように…」


 あの子…マルスのことを聞いたシャルネの顔は悲しげだった。


 「お二人の言い分は理解してはいるのです。戦力を他に割いては今回の迎撃戦は越えられないということは、分かっているんです。

 でも……あの冷たい目を見ると、お父様とお兄様には外の人々のことなど何とも思ってはいないのだと、考えさせられるんです……。非情になりきっているのではなく、あれが素であると…」

 「………」

 「私は前よりも二人が怖くなってしまいました…。あんなやり方でこれからもこの国を存続させるのかと思うと、ついていくことに抵抗を感じるようになりました。けど私には何の力もないから、何も変えることも出来ず……」


 俯いて震えながら言葉を吐くミーシャに、シャルネはいつの間にか近づいて、その頭を優しく撫でるのだった。


 「私があなたにしてあげられることは、こうしてあなたの本音を聞いて、こうして頭を撫でたり抱きしめてあげることくらい。私の言葉ではあの人とマルスを諫めることもできない。そんな弱い私だけど、せめてミーシャの心の拠り所くらいにはなってあげられる」


 ミーシャを抱き寄せて頭を撫で続けながらシャルネは子守歌を歌うように優しく言葉を出す。


 「辛い思いをさせてしまってごめんねミーシャ。せめて今くらいは、母の私に本音と弱音全て吐いていいから、どうかこれからもあなたがこの国の良心になってあげて」

 「はい……はい………!」


 肩を震わせて俯くミーシャに、シャルネは優しく微笑むのだった。



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