翌朝、藤原の呼びかけの下ダンクたち亜人族全員が集まった。昨夜は俺や亜人たちの大地魔法を工夫して簡易的な家を造って、そこで寝て過ごした。
「お前が世界最高クラスの回復術師であることは、俺も皆も熟知している。しかし……そんなお前でも、この病を完全に治すことは……恐らく………」
これから藤原は「回復」でダンクら亜人族が罹っている不治の病を治そうとしている。彼女の「回復」は一般で知られている治癒魔法とは異なり、「回帰」……「巻き戻す」という能力だ。
刃物で刺された場合、普通の治癒魔法は傷口を塞いで治すだけに終わる。対して藤原の「回復」は、傷を塞ぐに加え失った血液をも元に戻すことができる。その力は消耗した体力や魔力をある程度元に戻すこともできる。毒や火傷、凍傷などといった状態異常も余裕で治せる。
こんな回復魔法を使えるのはこの世界のどこへ行ってもこの藤原美羽しかいないのだそうだ。
そんな藤原が「治す」と言ったにもかかわらず、ダンクの顔は暗いものだった。
「これまで病気を治療したことはあるのか?」
「………実は、これが初めてになるの。正直、私自身も緊張してるわ…」
藤原は汗を少し滲ませ、やや震えた声で答える。
「治療するあんたがそんなじゃ、患者のこいつらは不安でいっぱいになるんじゃねーか?ここはドンと行かねーと、だろ?」
そう言って藤原の背をバシ…と叩く。藤原は驚いた顔で俺を見る。少ししてからあははと笑い出した。
「びっくりしちゃった。甲斐田君がそうやって檄を飛ばしてくれるなんて。ふふ、何だかすごく新鮮…ふふふ」
「何だよ、今度は笑いまくっちゃって。まあいいや、とりあえずあんたの全力をぶつけてやれよ」
「うん、ありがとう。やれるだけやってみる!」
そう言って亜人族のところへ向かう。
「それでも、私に治療をさせて下さい。必ず完治させるとは言い切れませんが………今やれるだけのことをしてあげたいんです!」
ダンクたちはしばらく顔を見合わせてから、頷き合って分かったと応える。
「フジワラミワ。お前には多大な恩がある。そのお前がやりたいと言ってくれたのだ。ならばその通りにさせよう。いや…どうか、この不治の病を治してほしい」
「はい!お任せください!」
そう答えると藤原は手に魔力を込め始める。明るく、温かな魔力が手の中に集まっていくのが分かる。攻撃する為の魔力ではない、人を治す為、癒す為、救う為の魔力だ。
「綺麗な、魔力………」
ルマンドが小さくそう呟く。アレンもセンもスーロンも同じような反応をしている。確かに、これまで見てきた奴には無かったものだ。邪念も無い、殺意も無い、戦う意志も無い……そういうものが一切無い、純粋で優しい魔力だ。
(俺には一生出せないだろうなぁ、あんなのは)
何でもできるチートゾンビだと自負しているけど、たった今…できないことが一つ見つかったのだった。
そのできないことをやってのけようとしている藤原は、気を満ちたと言わんばかりに、光輝いた両手をダンクたちに突き出した。
“
そう唱えた直後、まばゆい光がダンクたちを包んだ。
―――
――――
―――――
沈黙が十秒程続き、光が止んだ。ダンクは無言のまま服をめくって自身の体を確認する。彼の体には………
「………っ」
赤黒い斑点が依然として残っていた。
「そん、な……っ」
ダンクの体を見た藤原は愕然とする。他の亜人たちの体も確認するが、斑点が消えた亜人は一人もいなかった。
「っ、もう一度――」
そう言ってもう一度「回復」を発動するが、彼らについている斑点は消えない。また発動するも結果は同じ。
「まだ、諦めない―――」
さらには「限定強化」まで発動してさらに「回復」を施しにかかる。より強い光とともに人を治す波動が亜人たちを包む。
しかし、彼らの体は変わらずだった。せいぜい細胞と肉体が活性化して、最良のパフォーマンスを発揮できる状態になったくらいか。
「はぁ、はぁ………」
藤原は息を乱してその場でへたり込み、「回復」を止めたのだった。
「………失敗に終わったか」
ダンクたちはさほど落胆した様子ではなかった。全員この病が回復魔法でもどうにもならないことだと悟っている。たとえ藤原の腕を以てしても。
「………ごめんなさい。治してみせると言っておきながら、全く実現出来ずに…」
「限定強化」の疲労でしんどそうにしながらもダンクたちに謝罪する藤原に、ダンクは首を横に振る。
「気に病むな。この病はそれだけ強いものだっただけのこと。もはや、誰にも治せぬ――」
「いいえ!絶対治してみせます!!」
藤原は大声できっぱりと宣言した。彼女の気迫にダンクたちは思わず唖然とする。
「今は駄目でも、残り半年のうちに必ずその病を完治させるよう、“回復”の質を高めますから!必ず!!」
ダンクは藤原の目をジッと見つめる。その言葉が嘘でないこと、強い意思が込められていることを確認したのか、短く笑って礼を言った。
「また、こんなところまで来てくれるというなら、半年間どうにか生き延びてみせよう」