場所は変わって、デルス大陸に位置する大国……ラインハルツ王国。
この国では最近現れたモンストールの大群の迎撃戦が行われており、今はその残党が残っていないかの厳戒態勢をとりいつでも出陣できるようにしている。
「………………ふぁ(欠伸)」
兵士団の誰もががピリピリしている中、兵士団長・ラインハートだけはいつも通りの、日常と変わらない姿勢・態度でいた。
平常心を忘れずに過ごすのは大切だとは言うが、戦時中であるにも関わらず戦の準備をしないのはいかがなのもか、と国の要人は不満を抱いている。
現に国王のフミルは毎度ラインハートに対してあれこれ言っている。が、フミルの言葉通りにすることは一度もなかった。小心者で心配性で有名なフミルの小言を今日もスルーしたラインハートに、青みがかかった黒のセミロングヘアの長身の女兵士……マリス兵士副団長が話しかける。
「兵士団のみんなも国王様も、緊張感ゼロのあなたに不満があるみたいよ?形くらい戦いの準備を見せたらどうなの?」
「だから前にも言っただろ?コレが俺なりの戦いに対する姿勢だと。いつ敵が襲い掛かっても良いようにしていること。何でもないようにしているが、俺は既に戦闘態勢に入っているんだぜ?これでも」
「へぇ――」
ラインハートの返答に軽く納得した直後、マリスは彼の頸動脈目がけて氷を纏った手刀を放った。
――が...
「っ!?」
ラインハートの首に刃が触れる直前、彼が音も無く目の前から消えた……と思った次の瞬間、マリスは自身のうなじにチクリとした感触を覚える。ラインハートが回り込んで刃物を押し当てていたのだ。
しばらく呆然としたのち、マリスは降参の意を表す。たまたま近くで見ていた兵士たちもギョッとしていた。
「まぁこういうことだ。いつ如何なる時でも隙は見せない。本番の戦では当たり前のことだ。
ちったぁ勉強になったか?マリス」
「はぁ……
ええ、ええ。勉強になったわ」
マリスは人族ではない。鬼族と同じく魔人族に絶滅させられた海棲族の生き残りである。現に首にはエラがあり、腹部には鱗、背中には背びれがついている。
海棲続の国を滅ぼされて魔人族から命懸けで逃げた末にこの国に漂着した。その時に偶然出会ったラインハートに救われて以来、彼女は兵士団に入った。他でも無いラインハートの名指しによってだ。類稀なる戦闘能力を彼に見いだされてのことである。
「ということはいつも奇襲にも備えた姿勢でいるの?疲れない?」
武器を収めたラインハートに単純な疑問をぶつけると、彼はどこか遠くを見据えながら呟くように答える。
「こういう姿勢・心構えを身につけていないと、いつどこでどんなタイミングで敵の不意討ちに対応出来るか分かったものじゃないからな。さっき以上の思いがけないタイミングを狙って襲ってくるかもしれない。特に魔人族は最も油断ならない。これくらいの技量は身につけておいて損はないぞ」
「魔人、族……そうよね。あいつらはいつどこから襲ってくるか、分からないものね……っ」
マリスが険しい顔をするのを見てラインハートはしまったと内心舌打ちする。彼女にとって魔人族は故郷を滅ぼした仇敵。今でも強い憎しみを抱いている。
「まあ、今後は少しは戦いに備えている雰囲気くらいは醸し出しておくよ。食事にするぞ」
話題を変えてマリスの機嫌を戻す。
「それだけ隙が無いあなたが、先日どうして傷だらけで帰ってきたの?」
「またその話か。だから言ったろ、ハードな修行をしたせいだって」
ラインハートはデルタ大陸の危険地帯にて魔人族ウィンダムと一戦交えたことを誰にも話していない。特にマリスには魔人族のことは伏せている。理由は先の通りだ。
(次にくる大戦……。その時が俺にとって最後の戦いになりそうだな………)
そう予感した彼の脳裏には、とある異世界から来たと思われる者の名を思い浮かべている。
(魔人族とまともに戦える奴。そいつが本当にいるのだとしたら、そいつこそが来る大戦においては、この連合国軍の大きな切り札となるだろうな。俺を超える存在、か……)
自分を超える人族、魔人族にも勝てる人族の存在を想像して、ラインハートは微かに笑った。
*
そして―――
時は再び半年後へと流れる―――――