人族大国による連合国軍が結成されてから半年後…つまりは皇雅が予言していた魔人族が動き出すであろう時期。
連合国軍はサント王国・イード王国・ハーベスタン王国・ラインハルツ王国の4国間で互いの戦力や保有兵器の詳細などの情報を共有し合ってきた為、それぞれの国のことも詳しく知っている。
それを基にして戦を行う際にどの兵士・戦士どこに配置し、誰と誰とを組ませるかについても話し合ってきた。
軍略担当を務める主な人物は、連合国軍の総大将に任命されたガビル・ローガン。彼はサント王国の国王でもある。
そして主な軍略担当のもう一人は―――
「フミル国王からの強い推薦があったので、デルス大陸……ラインハルツ王国近辺に配置させる戦力は、ラインハートさん率いるラインハルツ王国兵士団のみで決定。他の場所についてですが、元救世団の方々はサント王国。ただ、ミワさんだけはクィンさんを中心としたサント王国兵士団と一緒に“旧ドラグニア領地”に移動してもらう予定です。残りの二国の配置についてはまだ検討中です」
「異論は無い。この私自身も戦に参戦するが、連合国軍の軍師…司令塔の役目も担っている。各戦地へ指示をすぐに伝達させられる“特殊道具”をサント王国のこの地でしか動かすことが出来ない以上、私は自国の兵とともにこの地で敵軍を迎え撃つということにさせてもらう。異世界の若き戦士たちと共にな。
あなたもこの場で各地へ指示を出せるるよう、よろしく頼むぞ。ミーシャ殿下」
「はい」
故ドラグニア王国の王女だったミーシャだ。背丈が少し伸び、長くなった青い髪を後ろに束ねて白い軍帽をかぶり、白を主体としたローブを着ている彼女は、この半年間で軍略家としての才能が覚醒した。今では連合国軍のブレーン役の筆頭だ。その手腕は、現在行方不明とされているカミラ・グレッドに並ぶ程と評価されている。もっとも…カミラの行方を知っている者はこの軍の中に数人いるが、それを公表することはあえて伏せられている。
ミーシャは他にもある大きなことを実現させることに成功したのだが、そのことは本人が秘密にしている為、誰にも知られていない。
ミーシャとガビルを中心とした軍略家たちによる作戦会議が終わった後、ミーシャは王宮内にある彼女の部屋に戻って一息つく。部屋には彼女以外にも一人いる。
「調子はどう?疲れていない?」
「はい、私は大丈夫です。お母様こそ、体調はいかがですか?」
ミーシャの問いかけに、同じ青色の髪の女性……シャルネ・ドラグニアは優しい笑みで応える。故ドラグニアの王妃だった彼女は、皇雅たちがこの世界に召喚された時からずっと病弱の身だった。
しかし最近は彼女の体の状態は半年前とは比べ物にならない程に良好となっている。そうなったのは美羽のお陰である。
半年もの時を経て、美羽の「回復」はついに困難な病をも治すことに成功したのだ。それによってシャルネの病は消えて無くなった。
「とはいっても、病で失った魔力だけは元に戻らなかったので、私に出来ることはもう何も無いけれどね…。あなたが国と軍の為に必死に働いているところをただ見ることしか出来ないなんて、心苦しいわ…」
「そんな……お母様がこうして元気な姿でいつも迎えてくれる、私にとってはそれだけで幸せなのです」
ミーシャの言葉にシャルネは涙をこらえた笑顔でミーシャを抱きとめる。
(この半年もの間、モンストールが各国に侵攻したという事例が激減していた。さらにはGランク以上のレベルの魔物の出現報告も全く入ってこなかった。恐らく魔人族は次の対戦に備えて力を蓄えるべく世界中のモンストールと魔物を集めていると考えられる…。彼らが動き出すならそろそろ……この数日中に…!)
ミーシャはシャルネに抱きしめられる中で魔人族の動向を予想する。
(お母様も国王様も異世界の方々も、誰も失わない為にも、必ず勝利に導く軍略を出してみせます!この居場所を守りきる為に…!!)
「私とクィンは“旧ドラグニア領地”を担当するって聞いたよ。久しぶりに、あの場所へ行くことになるのね」
「はい。滅亡したドラグニア王国ですが、あの場で生き残った人たちを集めて大規模の村として興ったのが先月のことでした。ミーシャ様が中心となって立ち上げたのだそうですよ、ミワ」
王宮の屋外地にて、美羽とクィンは風に当たりながら会話している。
美羽の見た目は茶色の長い髪を片方で束ね、白とオレンジ色が混じった僧服の恰好をしている。一方のクィンは、しっかり整えられた黄色のボブヘアスタイル、強力な魔物を素材にした革の兵士服を着ている。
年齢が同じということもあって、二人はすっかり打ち解け、互いに呼び捨てで呼び合うようになった。一緒にいる機会も増え、戦闘での連携も非常に相性が良い二人だ。
「ゆくゆくはミーシャ様とシャルネ様があの領地を治めることになるそうです。お二方の新たな居場所を守る為にも、必ず守らなければなりません」
「そうだね。魔人族なんかに絶対に壊させない。もうあの地を壊すなんて絶対にさせない!」
クィンの言葉に美羽はしっかり同意する。
(この半年間で、私はクィンや縁佳ちゃん達とで瘴気が充満している地下の最深部まで行くことが出来た。そこで地上で戦った以上に強い敵とも戦って、勝ってきた。そのお陰で私たちは半年前よりもさらに強くなれた!みんなと協力して戦えば魔人族にだってきっと勝てる!
それと……甲斐田君とも一緒にだって…!)
心の中で決意とともに自身の士気を高める。そしてふと空を見たその時、美羽は異変に気付いた。
「何だろう、あれ………黒い雲が集まっているような…………」
美羽とクィンが目にしてるのは、晴れている大空に突如生じた黒い雲がいくつも集合して大きくなっている。尋常じゃない現象に他の者たちも気付いて外に出てくる。
「あそこに………魔力を感じます。とても強大で、邪悪な……!」
クィンが警戒した目でそう告げる。腰に差している剣に手をかけていつでも出られるようにしている。
黒い雲が形を変えていく。それは巨大な人を形作っていく。やがて大空に黒い髪の赤い瞳、目の下から走る薄い線が目立った顔の少年の姿が現れる。
「き、巨人……!?」
その異様な光景を目にした誰もが驚愕のあまり呆然とする。サント王国中の誰もが大空に現れた巨大な少年に注目される中、その少年が口を開いた。
『この姿は全世界の地上に存在する下等な人族・魔族どもに見えるようにしている。この声も世界中の全てに聞こえているはずだ』
その声は見た目が少年でありながら大国の国王以上の威厳を感じさせるほどの重圧が感じられる。
『まずは自己紹介から始めよう。
俺は魔人族の戦士「序列2位」 ヴェルドだ。
先に言っておくがこれは魔力でつくられただけの幻だ。攻撃をしても無駄だ』
少年……魔人族ヴェルドは、傲慢な態度で自身を名乗る。国中が喧噪に包まれる。
「魔人族…!」
外に出てきた縁佳(セミショートヘアの黒髪、後ろを小さく束ねている。黒と白が混じった和製の装束、下は動きやすい灰色の袴)はヴェルドの幻像を目にして身を微かに震わせる。一緒にいる米田と曽根が彼女の手を握っているが二人も平静でいられていない。
『こうして貴様らに顔を出した理由は簡単だ。
我々魔人族はここに宣言する!
この世界を魔人族の名の下に滅ぼす!そして魔人族によって新たな世界を創り上げる!!』
ヴェルドの躊躇いの無い宣言に誰もが戦慄する。今口に出した言葉に嘘など微塵も感じられなかったからである。
『三日後だ。今日から三日後、我々魔人族は屍族…貴様らで言うモンストールと魔族を率いて各大陸と海に存在する全ての人族と魔族を滅亡しにかかる。
このことは既に決まったこであり覆ることは無い。我らに歯向かうものなら容赦無く皆殺しだ。貴様らの国や村、里も全て滅ぼす。
しかしながら、貴様らには慈悲を与える為の猶予をくれてやる』
ヴェルドは右手の指を一本だけ立てて続きを告げる。
『今から三日後、貴様らの各領地に同胞を送らせる。そいつらに服従の意を述べろ。そうすれば無惨な死だけ免れることを許してやる。
もちろん、服従・降伏の意を示さず抵抗しようものなら滅亡してもらう。
良いな?今から三日だけ待つ。その間に服従か滅亡かを選べ。貴様らの時代はもう終わりだ……!』
―――――
最後の言葉を告げた直後、ヴェルドの姿が霧散されて黒い雲が掻き消えていく。空は元通り良く晴れた青空となっていた。