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「ラインハルツ王国兵士団長 ラインハート」

 「マリスさん…!すぐに応急処置を、済んだらすぐに医療エリアに搬送を!!」

 兵士たちがマリスの応急処置とその後の行動の指示を出す中、マリスは自ら治癒魔法をかける。


 “療水りょうすい


 患部に当てた手から、青い色の液体が滲み出て、傷を覆っていく。深めの傷でもある程度は治せる治癒魔法だ。ただし魔力をかなり消耗する。


 「ライン、ハート......」


 マリスは遠くからたった一人で魔人族と対峙している男を呆然と見つめた。





 「お前...!?にいた......!!」


 お互い体勢を整えて対面し合い、クロックがラインハートの顔を凝視してから、驚愕に満ちた表情をしてそんな疑問をぶつけた。


 「ん?......お前は俺を知ってるみたいだが、すまんな。俺はお前のことは全く知らない」

 「ほざけ...!あの時の俺はまだ無力なガキだった!だがその後は、ザイート様の偉大な発見によってこの強大な力を手にした!今度はお前らの存在に怯えることなく、殺せるというわけだ!!」


 ラインハートに対して憎悪の念を向けて、両手から闇の剣を具現化させる。直後、クロックの姿が消える...否、そう見えるくらいの速度で駆けた。


 (“瞬神速”それも超熟練されてるな...俺のより速い。が、捉えられないわけじゃない)


 不意に、ラインハートが右斜め後ろの方に剣...否、「刀」と呼ばれる刃物の武器を振るった。

 直後、先程と同じ斬撃音が響き、火花が散った。


 「俺の速度を見切った!?それに、その形状の剣...!やはりお前はあの時と同じ...!なんでこの時代でもまだ生きている!?


 “獄炎嵐渦フレイムストーム


 鍔迫り合いになる前にバク宙回転で距離をとり、即座に獄炎の渦を発生させた。


 「質問しながら攻撃かよ...。まぁいい、まずこれは“日本刀”っていう。切断性能は剣を凌ぐ。あと俺こうして元気に刀を振るえているのは、まぁ俺の特殊な固有技能のお陰だ。それだけ、だ!」


 律義に素早く答えて、日本刀を両手持ちに変えて、体中に嵐魔法「颶風ぐふうの加護」を付与して身体強化(主にスピード強化)をさせる。これで刀を振るう速度は数倍に。

 そこからさらに複合魔法へ発展。刀に雷電魔法を付与、攻撃力・貫通力・切断力を増加。

 迫りくる獄炎の渦を見据え、横一文字の構えで二つの属性が付与された一太刀を放つ――


 “風雷閃ふうらいせん


 ―――――......。


 ラインハートの斬撃とクロックの獄炎がぶつかった瞬間、音が消えた...ような錯覚が起きた。

 気が付くと、視界いっぱいに広がっていた獄炎の渦が、消えていた。正確には、その残滓があちこちに散らばっていて、やがて消えた。


 「俺の獄炎を、斬って消した、だと...!?」


 クロックは予想だにしない結果にしばし呆然としていたが、すぐに我に返り、再び闇の剣を構えてラインハートに斬りかかる。


 「お前が使っているその武器、剣というよりは“ナイフ”に近いな。お前自身のスピードを活かす為の、大きさなんだろうな...良いチョイスだ」

 「それはどうもありがとう、なぁ!?」


 両腕を平行にして真っすぐ振り下ろす剣撃に、ラインハートは両手持ちで迎え撃った。


 (ん...痺れないか。“魔法妨害アンチマジック”か?)


 刀には依然雷電魔法を付与していて、今のように鍔迫り合いになると、相手は感電する仕組みなのだが、クロックには通用していない。それどころか――


 「!?身体が...」

 「暗黒魔法を侮ったかぁ?俺がこの属性魔法を使う場合、触れた相手の体力を急減させる毒を発生させるようでなぁ?特殊魔法ってヤツだ」


 ニヤリと嗤ってそのまま苛烈に攻めるクロックをなんとかいなして後退する。逃がさないとばかりにクロックは距離を取らさずに追いながら斬りかかる。彼の速度の追跡から逃げるのは不可能だ。


 「もの凄い俊足に、特殊な効果を持った魔法攻撃。何でもアリだな、今の魔人族は...!」

 「そうさ!俺たち魔人族は、この世界のどの生物をも凌駕する戦力を得た!もちろんお前なんかも目じゃないくらいになぁ!!」


 その後もクロックによる激しい剣撃に押され、ラインハートに疲労の色が濃くなってきた。優勢と見たクロックは不敵に笑い、魔力をさらに高めて、一気に殺すべく、距離をとって力を溜める。その一瞬の隙をついて、ラインハートは呼吸を整えて脱力した。その様子をクロックは訝し気に見る。


 「確かに、単純な力じゃあお前ら魔人族が上だろうな...。だが聞くが......お前、その力を手にして、何年使いこなしている?」

 「はぁ?何年だと?せいぜい10年以内ってところかぁ?いちいち考えたことねーなぁ、というより時間なんか意味ねーんだよおお!!」


 クロックの馬鹿にするような返答を聞きながら、瞑想するように目を閉じて脱力する。その様子を、自分の魔法で体力が底をついて諦めたと思ったクロックは、勝利を確信して力を解放して、漆黒のオーラを纏わせて全速力で駆けまわり翻弄する。


 「もう体力に限界がきてまともに武器を振ることさえ困難そうだな!?次で殺してやるよ、“過去の人間”がぁ!死ね、“影疾駆殺アサシン”!!」


 叫ぶと同時に、クロックの姿、音、影が消えた。気が付けば相手の五体が切断されている、という光の速度の3分の1に迫る速さによる究極の暗殺剣技だ。これをくらって生き延びられる人族は、およそ0と言って過言ではないだろう......彼が知り得る限りの人族では、だが。


 「時間は意味無い、か...。それが大きな間違いであるということを、今から教えてやるよ、...!!」


 そう告げると同時に腰に差していたもう一つの刀を抜刀した。


 (二刀流…!?)


 亜光速で駆けながらクロックは目を顰めるが構うことなくラインハートに短剣を向ける。


 (全開でゆく―――)


 刹那――ラインハートの体から尋常じゃない殺気・魔力が噴き出て、周囲にいる敵味方がそれらに当てられて硬直した。そして彼は自身の切り札を発動した――



 “     ”



 直後、ラインハートの動きが大きく変わった。そんな彼の急変化を目の当たりにしたクロックは、驚愕に目を見開いた。






 「応急処置はいい...他の動けない仲間を看て行ってちょうだい」


 一命をとりとめたもののまだ気怠さが残ってはいるが、自分よりも他の重傷を負った仲間を優先するよう指示を出した。

 ここからではよく見えないが、ラインハートがあの魔人と斬り合っているというのは辛うじて把握できた。自分はあっけなく魔人族の凶刃に倒れたのだが、彼は真正面からぶつかって、倒れないでいる。その火力・タフさは魔人が上回っているはずだが、ラインハートがあっさり殺されることはなかった。その理由は色々ある。力量差を埋める程の圧倒的な技量。特殊な固有技能。そして...


 「“誰よりも多く経てきた戦闘経験と培ってきた戦闘技術”...。彼が自慢していた己の武器、か...」


 以前彼に自分が誇っているものは何かと問うた時、そういう答えが返ってきたのだ。マリスにとっては、あの変わった形状の剣…たしか「刀」といった武器を使った斬術が自慢ポイントだと思っていたから意外に思っていた。

 だが、今この時は、あの時の答えの意味が、少し理解できたマリスだった。


 「あなたは、いったい何者なの?ラインハート......」


 仇である魔人族と激しく斬り合っている人族を超えてるであろう男に聞こえない声で、そう呟いた。






 ラインハートが突如人が...否、まるで種族そのものが変わったかのような力を発揮した直後、攻勢だったはずのクロックが逆に追い詰められていた。彼自身、何故という疑問を浮かぶことすら許されず、全身のあちこちを斬られ続け、気が付けば決着がついていた...!



 “一刀瞬華いっとうしゅんか



 決め手は、ラインハートによる脱力からの一閃...皇雅たちのいた世界では「居合斬り」と呼ぶ技であった。


 「が!?...あ......?な、んだ?その力、は......?

 俺が、こんな...下等種族、に.........」


 胴を縦に深く斬られたクロックは、自分が何故力がはるかに劣る男に斬られて、敗北したのか理解できないまま、意識を闇に放り、やがて事切れた。


 「技量と、戦闘経験の不足が、お前の敗因だ。いくら力があろうが、それを完全にものにできていなければ、剣を持たされた赤子と大差無いんだよ.........小僧」


 届いたか分からない言葉を倒れた魔人族にかけて、刀を鞘に戻す。

 世界を滅ぼし得る力を持つ「序列」持ちの魔人族を、「人族最強の兵士」が討伐したのだった――




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