空は晴れている。清々しい晴れだ。これから世界を大きく揺るがす大戦争が始まろうとしているのに、空だけは平和だな。
朝目覚めて最初に思ったのが空についてだった。鬼族の里……俺がいつも使っている家で朝を迎える。里での暮らしを始めてからずっと繰り返しているルーチンを行う。とはいってもそれは洗面・朝食・部屋の掃除と整頓といったものだ。これは元の世界での暮らしでも同じことをし続けていた。そうすることで今日一日をしっかり過ごせる、そう思えるから。
「……………」
しかし今日はそのルーチンをいつも以上に意識してこなしていた。こんなに意識したのは今年の春の終わり…全国大会出場をかけた試合の日以来か。あれからまだ半年と二か月程度しか経っていないのに遥か昔のことのように思える。それだけこの世界で過ごしてきた時間が濃すぎたんだろうな。
家を出るとアレンたち主戦力の鬼全員とドリュウが揃っていた。みんな俺より早く起きて早く戦準備を完了していたようだ。顔つきもほど良い緊張を保っておりいつでも戦える様子だ。
「コウガも、準備できてるみたいだね」
「ああ。主戦力メンバーの中だと俺が最後になったのか」
アレンに返事しつつ身だしなみを軽くチェックしておく。俺の今の装いは、黒と灰色が混じった色の軽装鎧を纏っている。いつもはこんな格好などしていなかったのにこういうのを着ている理由は新生連合国軍にある。要は物資と装備の提供だ。ミーシャが甲斐甲斐しく俺に色々くれたのだ。この鎧もその一つ。しかも鎧でありながらも重みがまるで感じられない。いつもの軽装服と変わらない。聞くと国宝級の鎧らしい。
とはいえ扱いは難しく今日まで全く使われてなかったようだ。そんな物を俺に渡して良いのかと聞いたらミーシャは「コウガさん以外に使える者はいません 何よりあなたには十分以上の力を発揮して欲しいのです」と嬉しそうに寄越してくれた。
俺の装備はこれくらいにして、アレンたちの装いも注視してみる。アレンも俺と同じような朱色の軽装鎧を纏っている。速い動きに特化させている為防御力は高くないけど無いよりはましだろう。因みに同じく近接戦型のセン、スーロン、ガーデルも軽装鎧装備だ(センとガーデルは灰色、スーロンは薄めの緑色の鎧)。
ルマンド、ギルス、キシリトといった長距離攻撃型の戦士は俺やアレンよりも重量がある防具を纏っている。それら全てには敵の魔法攻撃の威力を分散させる加護がかかっているらしい。これらも国宝級だ。
近接・長距離両方いけるソーンは俺たちの中間といったところの戦闘装束だ。手足には防具を装着している。
そしてドリュウの装備はいちばん重量を感じさせる鎧を纏っている。尻尾にも防具を装着させていてその重みを活かした斬撃を可能とさせている。というか派手柄だ、エルザレスの趣味なのだろうな…。
「ここまできてこれを聞くのは何だけど、国に戻らなくて良いんだな?今なら俺のワープですぐに帰せるけど、ここで鬼族と一緒に戦ってくれるんだな?」
「ああ、もう決めている。族長にも許しを得ている。同盟である鬼族を死なせるなと、国のことは自分に任せろとも仰っていた。俺はそのお言葉を信じてここにいる」
「そうか。まぁ奴の言葉通りなら魔人族は今日サラマンドラ王国に攻め入ることはないらしい。せいぜい命令を受けていない魔物かモンストールかが攻めてくるくらいだってよ」
「だと良いのだがな。エルザレス様も他の「序列」戦士たちもまだ全快しておられない身だからな」
ドリュウは族長と仲間たちのことをどこか心配そうにしている。しかしそれ以上に信頼している気持ちの方が強いらしく、すぐに憂いは消えた。
「俺がつくったゾンビ獣人兵どもは三日前に攻めてきた魔人族…ヴェルドとかいう奴に全部消されている。鬼戦士たちもそいつに何人か殺されている。里内の戦力は以前よりも落ちている。
けどそれは今この時だけだ。鬼族に加勢してくれるのはドリュウだけじゃない、新生連合国軍からも強力な助っ人が大勢来るとのことだ。誰が来るのかは昨日話した通りだからな」
「ここに攻め入ろうとしてくる魔人族のタイプを予測した上での人選なんだっけ」
「“序列”級の魔人族がここに来るのは二人、なんだよね?」
「その二人の対策に特化しているタイプ、そして力を持った兵士と戦士かぁ。それが本当なら凄く頼もしいね!」
スーロン、ガーデル、ソーンの言葉に俺は順に相槌を打って肯定する。
「兵士・戦士の采配は全部カミラとお姫さん…ミーシャによるものだから、信じて良いぜ。あとここでの戦い、要となるのはアレンとルマンド…この二人だってカミラは言っていた。いちばん重要らしい、頼りにしてるって言ってたぜ。
だから………俺も同じだ。お前らを頼って、信じて、俺はサント王国へ行くからな」
この後俺がみんなを置いて一人だけサント王国へ移動する、そう告げても誰一人動揺しなかった。「分かった」とみんなそう頷くだけだった。
そう、俺はアレンたちと一緒に戦わない。この里での防衛戦はしない。俺が守る場所はここじゃない。ここを守る役目はアレンたちに全て任せることにしている。
「もう少ししたら時間になる。ワープでサント王国まで一瞬だ。新生連合国軍の主戦力たちをここに連れてくるまでがここでの俺の仕事だ。それが終わったら今度こそここを発つことになる」
そう告げてからアレンを見る。彼女もちょうど俺を見ていたらしく目が合う。お互い笑い合いと手を握り合う。