時間は遡って、決戦の二日前。サント王国の連合国軍本部部屋―――
「バルガ率いる新生魔人族軍はどうも……二箇所に絞って侵攻してくるってよ。しかもその場所まで正直にバラしやがった。で、攻めに来る場所は……ここサント王国と、鬼族の里だ」
バルガが念話で言ってきた内容をそのまま伝える。軍議に参加しているほとんどの奴らがそれが本当なのか疑った。気持ちは分かる、けど……
「証明する為の理屈とかはねーんだけど、とにかく奴は嘘はついてなかった。だからこの二箇所に侵攻してくるのは確実と言って良い。もし違ってたら俺が責任とってやる」
仮にこの二箇所以外に攻めてきたとしても実は大して問題にならない。俺の固有技能に新しいかつ使えるものがあるからな。とにかくサント王国と鬼族の里それぞれの兵士・戦士の配置を決めることになった。
「“序列”級の魔人族が鬼族が暮らしている里にまた侵攻しようとしてやがる。だから、アレン」
「うん、鬼族は変わらず里を守る為にそこで戦う」
「そうだな。それで問題その一……どの魔人族がどこへ攻めてくるのかって話になる。
で、俺の意見を言わせてもらうと、里に攻めてくるのは…巨漢の魔人…ネルギガルド。そしてもう一人は、ベロニカっていう幻術や召喚術に長けた女魔人だ」
ネルギガルドという名にアレンが険しい顔をする。奴はアレン…鬼族全てにとって最大の仇だからな。
「コウガさん、どうしてその二人が鬼族の里に攻めてくると思われたのですか?」
ミーシャのごく自然な疑問に、俺は彼女たちを困らせるような答えを言うしかなかった。
「どれも確かな理屈はねーんだ。勘と消去法だけでその二人が里に来るって考えてる」
俺の言葉に「はぁ?」みたいな空気がちらほらできてくるミーシャもやっぱり困り顔になっていた。ただカミラは真剣な顔で俺に問いかけてくる。
「コウガの勘と消去法についてもう少し説明してくれませんか?」
「ああ。まずネルギガルド、奴は過去に昔鬼族の里を滅ぼしている。で、アレンをはじめとする鬼族の生き残りがいたことに対して奴はこう思っているはずだ。“絶滅し損ねた”って。本当かどうかは分からねーけど奴は死んだザイートの命令を完遂したいんじゃねーかって考えてる。あとはまぁ……バルガの奴がネルギガルドにそうしろって命じてそうだから。
バルガは闘争を愉しむ性格で、しかも戦う者同士に因縁がある程そいつらが戦う様を見るのが好きらしいんだ」
「……ベロニカはどうしてなのでしょうか?」
「そいつに関しては消去法だ。残りの魔人族…ヴェルドにジース、そしてバルガだけど。まずジースって女魔人はサント王国の滅亡を望んでいるはずだ。大戦の初日から奴はずっとここを攻めに来てたんだったよな」
高園や元クラスメイトどもに振ると全員頷く。
「一度しか戦ったことないから確証はねーけど、ジースもサント王国を滅ぼすっていう使命に駆られてると考えてる。バルガはそれを助長させてる可能性が高いからな」
次にヴェルドだけど…と俺は続きを話す。
「ヴェルドは俺を標的に攻めてくる。奴は俺を憎んでいるようだ。竜人族からの情報によれば奴は俺が殺したザイートの実子だそうだ。親を殺した俺が憎い、復讐しにくる、そう予想している。実際奴は俺のこと殺しにきそうな目でずっと見てきたからな」
里で半殺しにした後も、奴が俺に向けてきたあの憎悪の目……何が何でも俺を殺してやるって意志を感じられた。
「だから俺は当日この国で戦うことにする。奴をここにおびき出すべくわざと気配を強めておく。魔人族は俺の戦気を感じ取れるらしいから、ヴェルドも俺を殺すべく必ずここに攻めてくる。ヴェルドとは俺が戦う」
俺がそう断言すると誰もが反論できずにいた。ヴェルドと戦う意思を示したからだろうか。
「あとはバルガだけど、これも勘になる。奴も俺がいるところに攻めてくる、そう予感している。奴自身が俺と戦いたがっていたからな
とまぁ、以上のことから余ったベロニカは鬼族の里に攻めてくるって予想した。もちろんベロニカも俺を殺すべく動くかもしれない。奴には煮え湯を飲ませた覚えがあるからな」
ザイートとの前哨戦としてベロニカと戦ったことを思い出しながらまとめを述べる。
「私はコウガの言葉全てを信じます。実際その魔人たちのことはよく知りませんが、全員と一度対面したことがあるコウガの言葉に説得力を感じました。もちろんコウガを贔屓しているからではありません、魔人たちの性質を見抜いた上でそう言っているのが伝わりました。だから私は魔人族の誰がどこを攻めてくるのかという対策は、コウガの言う通りに動くことを薦めます!
コウガの軍略家である私ですから、あなたを信じるところから入ります」
最後の一言はミーシャをちらと見ながらだった。ミーシャはそれを見ると少しむくれた反応を見せた。
「……そうですね。私もコウガさんのことを信じて、魔人族の進軍はコウガさんが言ったことを基に対策することにします!」
「まぁ最初に言った通り、もし間違ってたら俺が責任をとるから」
それにしても自分でも「俺冴えてる」って思うな。おそらく脳のリミッターを解除したことで身体能力に加え、頭の回転も冴えて知能が上昇していると考えられる。お陰で思考力が通常より増して、優れた推察や洞察力もついてきている。これを利用して俺も良い軍略を出してみようかな。
それで次はこの軍の主戦力をどう配置させるかの話になった。
「ベロニカは魔法攻撃の他に面倒な魔術も使ってくる。それら全てに耐性がある奴が里に行ってほしいな」
「でしたらまず一人目は……ミワさん、貴方が適任だと言えます」
「私ですか…分かりました!」
ミーシャに推薦された藤原は任せて下さいと自信たっぷりに応えた。確かに彼女ならベロニカ相手に適任だな。魔法攻撃合戦に強く、魔防の高さと固有技能のお陰で幻術攻撃にも強い。文句無しだ。他の誰も同じ意見のようで反論は挙がらなかった。
それでもう一人、幻術に耐性があり且つその類に詳しい兵士または戦士についてだけどそれは……
「ヨネダサヤさん、貴方にも対ベロニカとして鬼族の里に行って欲しいです」
「私...ですか!?」
ミーシャが続いて指名したのは、元クラスメイトで呪術師の米田だった。本人は驚いて思わず聞き返す。俺はこっそり彼女を「鑑定」するとなるほどな、と納得した。戦闘スタイルがベロニカとよく似たタイプなのだ。幻術が使えて召喚魔術も使える。上手くやればベロニカを出し抜くこともできるぞ…!
「小夜ちゃんは凄く頼りになります!“死霊魔術”でモンストールを操ることが出来ますし、幻術攻撃にも強いですから」
「縁佳ちゃん……」
高園が米田を持ち上げる発言をする。それに米田が戸惑う一方、元クラスメイトどもも米田なら大丈夫だろうという空気をつくる。
「ベロニカが召喚するものは死霊の類だった。米田の“死霊魔術”ならそれを完封できるかもな。俺も賛成だ」
「甲斐田君……」
米田は小動物みたいな仕草をして俺を見る。彼女は未だに自信が足りていない。俺の言葉よりも彼女を奮い立たせられる奴がいる。藤原を見ると彼女は通じたらしく小さく頷くと米田に声をかける。
「米田さんの魔術と幻術耐性が頼みの綱になると思うわ。だから私と鬼族の戦士たちと一緒に戦って欲しい。でも最後は米田さんの意思を尊重するわ。次の戦いも命を懸けた戦いになると思うから。私は今も生徒のあなたたちを命に関わる戦いに行かせたくないって思ってるわ。だから米田さん、ダメだったら断っていいからね?あなたの命の方が大事なんだから」
米田を困らせないよう、不安にさせないよう優しく包み込むような声音で語りかけた。俺も高園たちもプレッシャーをかけないようその様子を見届ける。
「………私も、美羽先生と一緒に戦いに行きます!私の魔術で役に立てるのなら、精一杯貢献します!」
「ありがとう!私がいる以上あなたを死なせることは絶対にさせないからね」
藤原は嬉しそうに米田の頭を撫でながらそう約束した。
「……鬼族戦士の中にはセンとガーデルっていう“幻術”に長けた姉妹がいるんだ。彼女たちの力にもなってほしい。そして里のこと頼んだ」
「は、はい……!」
俺に話しかけられた米田は驚いたものの、はっきりと返事してくれた。
「ジースに関しては良いか。ネルギガルドも、アレンたち鬼族全員に任せるとして、次は……」
「俺がどっちに行くかって話か」
八俣が俺とカミラとミーシャを見てそう言う。俺も二人もどうしたものかと考えていると、
「だったら俺も鬼族の里に行かせてほしい。主にネルギガルド対策としてな」
「ヤマタさんがですか……?」
ミーシャの言葉にああと頷いて続きを話す。
「昔に一度奴と戦ったことがある。戦闘スタイルも憶えている。俺が適任だと言えないか?これに関しては彼女にも許可をもらっておく必要がありそうだが」
そう言ってアレンを見る。ネルギガルドには鬼族が総出で殺しにかかることになっている。そこに部外者である八俣が入っていいかどうかを彼女に問おうとしている。
「お前たち鬼族の復讐をとるつもりはない。仲間たちを死なせない為の立ち回り、あとは露払いなんかも任せて構わないぞ?」
「ん。ワタルにも来て欲しい。あいつの対策とかもあったら教えてほしい」
「よし。というわけで軍略家のお二人さんもそれで良いかな?」
「分かりました。ヤマタさんも鬼族の里に行ってもらいましょう」
ミーシャの言葉にカミラも同意する。これで鬼族の里に行く連合国軍の主戦力は決まったか。