「う、うう……っ」
「晴美……っ」
「くっ、ちきしょう……!」
縁佳と曽根が涙を流して悲しみの声を上げ、堂丸が地面に膝をついて俯く中、俺はただ中西の顔を無表情に眺めていた。
―――
――――
―――――
(授業中に携帯鳴らしたのって甲斐田、あんたでしょ?あいりが後ろの方から聞こえたって証言は聞いてるのよ?)
(は?そんな理由で決めつけてんじゃねーよ。大体俺は授業中はマナーモードにしてるか電源切ってるから、あんな音鳴るわけねーんだよ。つーか俺はあんな通知音登録してねーし)
(そういう嘘はいいから!私の後ろの席って甲斐田しかいないんだし、どう考えたってあんたしかあり得ないでしょ!?早く認めてよ、自分が鳴らしたんだって!)
(はっ、本当はテメーが鳴らしたくせに罪を俺にかぶせるつもりかよ?というかあの時俺はテメーの席から聞こえたぞ?あの通知音がよ。鳴らしたのはテメーだろうが!下らない罪かぶせてんじゃねーよ!)
(う、嘘よ...デタラメ言わないで――)
(いつまでそうやって否認するつもり?甲斐田のせいで、今日のホームルームの時に携帯鳴らした人が挙手するまで解放してくれなくて、それが1時間も続いてもあんたが挙手しなかったせいで皆が迷惑してたのよ!?何とも思わないわけ!?)
(だったらなおさらそこの柴田が悪いんじゃねーか。こいつが挙手さえすればすぐに解放されて下らない無駄時間使わないで済んだ話だろ!?俺だって部活の練習時間を割かれて迷惑してんだよ!というかさっきから俺が犯人前提で話進めやがって、どういう悪質な冤罪行為なわけ?いい加減にしろよテメー?これ以上俺を糾弾するってんなら名誉棄損として扱うぞ、なぁ?)
(は、はぁ?分けわからないことを言って…!これ以上私たちに迷惑かけないでよ!クラスの和を乱すことしかしない、最低男が!!)
(んだと……!?)
(ち、ちょっと3人ともどうしたの!?)
(あ、縁佳!実は携帯鳴らしたことで――)
今年の5月だったか、ある日授業中に携帯の通知音が鳴り、その犯人捜しが始まった。事情を聞いた担任の浜田は、終業時のホームルームを使って携帯を鳴らした人の挙手を求めた。名乗り出るまで誰も帰らせてはもらえず、犯人が名乗らないまま1時間以上も教室に縛られる羽目に遭わされたんだっけ。
結局浜田の温情でその場は解放されたものの、中西と携帯を鳴らした犯人であろう柴田が俺を呼びだして、犯人だろうって糾弾しやがったんだ。
結局、本当は柴田が携帯を鳴らしてた真犯人だったことに全く気付けなかった中西は、俺を犯人だと本気で思い込み続けていたんだったな………
―――
――――
―――――
脳裏にふと、あの時のことがよぎった。俺にとっての中西晴美に関する思い出は、そんな嫌なものしか残ってない。
だからこの女が死んでも悲しみという感情は微塵も湧いてこない。かといって「ざまぁ」とかいう気持ちにも、全然ならない。
半年前…ドラグニア王国が滅ぶ直前の自分だったら、今の中西を見て清々した気分になっていたかもしれない。死に顔を見て鼻で笑ってたかもしれない。けれど今となってはそんな感情すら湧かない。
ただ憐れとしか思えなかった。
(テメーは強くなることを怠った。縁佳たちと並ぶことを放棄した。その結果がこれだった。それだけだ)
心の中でそう告げると中西から目を離して遠くでこっちを見ているバルガと向き合う。それに気付いたクィンも油断なく「魔法剣」を構える。
「お前ら、あいつの死を悼むのは敵を全部殺した後にしろ。気を抜けない状況に変わりねーからな」
無情にばっさりと言ったから反発されると思ったけど、三人とも俺に従った。しばらくしてからヴェルドがバルガの傍まで戻ってきた。
「ぐ……!ご命令通り、異世界人をまずは一人、葬りました……。しかし、この体…まもなく崩壊するかと……。もう剣を振ることさえ、も―――ゴフッ」
血を吐いて体をよろめかせている。魔剣に続き魔槍の大技も使用したことで魔力をほぼ使い果たし体も壊してしまったみたいだ。それ以前に縁佳の狙撃や俺の武撃によって致死レベルのダメージを負わされている。いつ死んでもおかしくないはずだがそれでも生きているのは「超生命体力」のお陰か。
とはいえヴェルドはもうじき死ぬ。俺がすぐ止めを刺して、ラスボスのバルガ戦にさっさと移すべきだろう……。
≪そのようだな。その体ではもうロクに戦えまい。今にも生命が尽きそうだ……≫
「申し訳、ありませんバルガ様……ガフッ!これ以上俺の力で貴方に貢献することは……………」
これ以上変なことをされないよう、まずはヴェルドを完全に殺す!一直線に駆けてヴェルドを見据えたまま「連繋稼働」で左足に力エネルギーをパスさせていく。
≪案ずるな。お前はまだ俺に貢献出来ることがある。
お前の全てを取り込ませてもらうぞ≫
バルガがヴェルドに何かしようとしてやがる。ギリギリ間に合うか――!?
「じゃあな、ヴェルド!!“超絶脚”」
急いでパスしたから威力は最大ではないものの、死にかけの魔人族を殺すには十分だ!これでヴェルドの首を消す―――
《いいや、終わりではない。まだ始まってすらいない。本当の終わりは、ここからだ...!》
ヴェルドをの頭部に左足が触れる直前、目の前に映る光景の何もかもが、闇色に染まった――
「―――!?」
同時に金縛りに遭ったかのように体が硬直してしまう。あとちょっとのところでヴェルドの首をとることに失敗した……!
「!?これは……コウガさん!!」
「皇雅君っ!!」
異変を察知して俺に呼びかけながらクィンが「魔法剣」で、同じく異変を察知した縁佳が狙撃銃でそれぞれバルガがいるだろう箇所に攻撃する。俺の代わりに奴の妙な行動を阻止できたら……と思ったが、
「っ!?斬った感触が、無い…!」
「どういう、こと?狙いは完璧だったはず…!」
いつまで経っても何かを斬った音も撃ち抜いた音もしない。視界は相変わらず暗闇のままで、体は微塵も動かせない。力を解放してるというのに解けない。というか、この体が動くことを拒んでいる……?
「いつまで動くことを止めてんだ、さっさと動けクソが!!」
怒りに任せて叫び、この拘束を壊すべく脳のリミッターをさらに解除しようとしたその時、
《慌てるな。直に動かせるようになる。俺のやることを終わらせてからな。
まずはお前にずっと預けている
「―――う”!?ぉえ”え”...!!」
バルガの声がしたかと思うと、俺の口から瘴気にまみれた「黒い何か」が出てきた…!これは、ザイートの時と同じやつだ。俺の中にもあったってのか!?
その「黒い何か」は俺から完全に離れて、暗闇のどこかへ飛んでいった。
《カイダよ、お前も器として相応しい存在だった。しかしお前は俺が望む道を選ばなかった。故にお前は残念ながら不適格となった。まぁ手放すのは惜しいということで、こうして直に逢うまでそこに置いておいただけだ≫
また、訳の分からないことを……!
≪しかし今……誰よりも強い憎悪と殺意を抱き、そして魔の意志に適合しているヴェルドこそが器に相応しい!
というわけだ、今までご苦労だったな、ヴェルド。もう休め――》
次の瞬間、「黒い何か」がヴェルドの体に入った…気がした。
「ア...ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”!!!」
「な...!?」
その予想は当たりのようで、ヴェルドが苦悶とも憤怒とも区別がつかない絶叫を上げる。次第にその声音が変わっていくとともに勢いが止んでいく。
数秒後、闇が次第に晴れていく。だが代わりに瘴気が辺りに立ち込めていった。
「この瘴気は危険だ!!みんな遠く離れろ!!」
「コウガさん!?わ、分かりました!」
「皇雅君は!?」
「俺はゾンビだから平気だ!」
「縁佳、早く離れるわよ!」
「何がどうなってんだ……!」
縁佳、クィン、曽根、堂丸全員が遠く…100m近くまで退避した。賢明だ、何が起こってるのは俺にも分からないからな。予想してることは……バルガがヴェルドを取り込んだ、のか……?
しばらくしてやっと暗闇が晴れて、俺の視線の先に一人の男が立っている。一人…敵のどちらかが消えたということだ。どっちが消えたのかはすぐに分かる、バルガがそこにいるからな。
そして、奴はヤバいと瞬時に分かる異様な存在感を放っている。さっき以上のプレッシャーを感じられる。
《改めて名乗ろうか。
“成体”とへと還り、魔人族の族長へと返り咲いた者。“魔神”バルガだ》