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第69話 麗子様が振り返れば奴がいる。


「ここにいたのか」


 振り返れば周囲の人垣を押し退けて私と同年代の少年が飛び出してきた。


 切れ長の目にサラサラの黒髪、顔は恐ろしいほど整った美少年。ご存知、君ジャスのヒーロー滝川和也だ。


 だが、その行動はまったくもってヒーローらしからぬ。美咲お姉様に一方的な片想いをしているし、男の陰を察知すると行く先々に現れて干渉してくるのだとか。以前、舞香お姉様から聞いた。


 まるでストーカーだな。滝川よ、束縛の激しい男は嫌われるぞ。


「さあ帰るぞ」

「和也……」


 美咲お姉様の眉根が僅かに寄る。まあ、その気持ちも分からないでもない。これから友人と遊びに行こうって時にストーカー男が乱入してきたんだから。


「今日は舞香や麗子ちゃん達と用事があると言ったでしょう」


 滝川は順に私と舞香お姉様を見てからお兄様で視線が止まった。


「雅人さんもいるじゃないか」


 男の陰に滝川は美咲お姉様に食ってかかった。マジで束縛ストーカー男やのぉ。


「まさか美咲は雅人さんのことを?」

「和也には関係ないことよ」


 お姉様に素っ気なく突っぱねられ、ぐっと唇を噛む滝川はどこか悔しげだ。好きな女の子を巡っての愛憎劇かね。


 だが、我が愛しのお兄様とスイーツバカの滝川では勝負にならんぞ。まあ、それが分かるから滝川は何も言い返せんのか。憐れよのぉ。うけけけけ。


 悔しさは怒りに変わり、怒りは憎しみを育む。しかし、その感情を美咲お姉様にぶつけられず、かと言ってお兄様にも向けられず。やり場のない負の情動は行き場を求めて彷徨い、やがて易きに流れて一点に集約する。


 その向かう先とは……私!?


 ちっ、無関係な私を睨みつけてきやがった。こいつ、美咲お姉様やお兄様に怒りをぶつけられないからって、か弱い私を標的にするなんてヒーローの風上にもおけぬヤツめ。その目には激しい憎しみの炎が立ち昇ってやがる。


 おっふ、憎しみで人が殺せたらってか?


 ジルベール滝川のくせになまいきな。いいんか、今後いっさいスイーツ作ってやらんぞ。私はお前のウィークポイントを握ってんだかんな。


 だがまあ、滝川が私を憎むのも無理はないか。滝川が好意を抱くオーギュ雅人も美咲お姉様も私の虜。滝川も面白くあるまい。可愛すぎる私がいけなかったのだ。


 美しすぎるって罪よね。ふっ。


 睨んでいた滝川も私には勝てぬと悟ったらしい。ぷいっと顔を逸らした。ぷっくくくっ、この負け犬が。


「とにかく久条のご老公からも召集がかかっているんだ」


 ならばと虎の威を借りやがった。久条のご老公とは美咲お姉様のお祖父様。久条家は私のお母様の実家、高司家と同じく五摂家の一つ。今でも政界に強いパイプを持ってるらしい。


 ゆえに久条家に連なる家にとって久条のご老公の言葉は絶対。滝川が美咲お姉様の又従姉弟またいとこであることから分かるように、滝川家も久条家の末席扱いらしい。


 もっとも、現在では滝川家の方が実力は上回っているけどね。それでも滝川パパはご老公のメンツを立てて一歩下がっているそうな。まあ、ご老公は政財界の闇に潜む妖怪じじいの類いじゃからな。波風は立てたくなかろう。触らぬ神に祟りなし。くわばら、くわばら。


 だが、直系の美咲お姉様からすれば逆らい難い相手である。


「お祖父様には今日は用事があるとお伝えしていたはずだけれど」


 困ったように眉根を寄せた美咲お姉様は、諦めたようにハァっとため息を吐き出された。


「例の件ね」

「たぶんな」


 美咲お姉様も滝川も顔をしかめている。どうやらあまり愉快な話ではないようだ。


「あの方は反対だと申し上げているのに」

「家格しか誇れない稚拙で無能なヤツではあるな」

「お祖父様はどうしてあんなに人を見る目がないのかしら」

「あの人が木衛このえ家だからじゃないのか?」


 木衛家とは高司家や久条家と同じ五摂家にして筆頭の家柄。彼の家の者どもはもっともやんごとなき血筋であるのが自慢らしい。


 なので、もっとも近づきたくない連中筆頭でもある。こんなヤツらが近くにいても私はパスよパス。


「木衛家だけを見て、お祖父様は守様自身をまったく見ていないのね」


 だから私は木衛家を敬遠しているので、その木衛守なる人物を私は知らない。知りたくもないけど。だから、美咲お姉様と木衛守の間にどのような問題があるのか知らない。


「逃げ回っていても事態は悪くなるばかりね」

「戻るの?」


 舞香お姉様の問いに美咲お姉様は仕方なさそうに頷かれた。


「せっかく誘ってくれたのにごめんなさい。この埋め合わせはいつか必ずするから」

「それは構わないけど……私も一緒に行こうか?」

「いいえ、一人で大丈夫よ」


 心配そうに舞香お姉様が寄り添われたけれど、美咲お姉様は首を横に振られた。


「千種家に迷惑はかけられないもの」

「うちなら心配はいらないわ」

「ううん、私の事情だし、それに舞香まで抜けたら麗子ちゃんに悪いわ」


 私なら別に構いませんよ。お姉様方が無理なら遊園地を止めて、当初の予定通りお兄様と二人で動物園の触れ合いコーナーへ行くだけですから。


 そうニコニコ笑ってたら、「えっ、動物園に行くつもりだったの!?」ってお兄様が真っ青になられたんだけど……なんで?


「別に遊園地でも良いんじゃない?」

「ですが、兄妹だけで遊園地というのはさすがに……」


 それではお兄様がまるで彼女がおらず休日に妹しか誘えない残念で可哀想な人みたいじゃないですか。私はお兄様にそんな濡れ衣を着せとうはございませぬ。


「それなら水族館とかどうかな?」

「水族館に行くなら夏ですわ」


 まだ肌寒い季節より暑い太陽の季節こそ水族館よね。クーラーで涼めるし。


「ここはやっぱり動物園一択ですわ」


 さあさあ行きましょう。すぐ行きましょう。


「なんでそんなに動物園にこだわるの!?」

「動物達が私を待っているからですわ!」


 今ならライオンの赤ちゃんと記念撮影できるらしいのよね。他にもトボけた顔のカピバラやちっちゃく可愛いモルモット。


 あゝ、私とっても楽しみですわ♪


「それは絶対ないから」


 な〜んてウキウキルンルンしてたら、お兄様とお姉様達が微妙な顔をされた。どうしてん?


「ねぇ、麗子ちゃん、やっぱり私も行くから遊園地にしない?」

「そうよ、舞香がいなくても私は大丈夫だから」

「二人がこう言っているし今日は三人で遊園地へ行こう」


 えーっ、でも動物園の子ライオンが私を待ってるのに。


 なんせライオンは百獣の王。そこらの飼い犬や飼い猫とはわけが違う。きっと私が触っても悠然とした態度を崩すまい。間違ってもクンクン鳴いて逃げ出すような腰抜けではないはず。


 ふっふっふ、私のモフモフする野望、略してモフ望が叶う日が来たのよ。


「あー、私、遊園地へ行きたいなぁ」

「ほら、千種さんも遊園地が良いと言っているし」

「えーっ、でも今日は私の行きたいところに連れていってくださると仰られたではありませんか」

「うっ、それは」


 私の指摘にお兄様がバツの悪そうな顔で言い淀む。


「それに私とお兄様、舞香様の三人では遊園地へ行くにはバランスが悪くありません?」

「そんなことはないと思うけど?」

「いいえ、二人の女の子に殿方が挟まれるなどふしだらですわ」


 こんな美少女二人を侍らせるなどウラヤマケシカラン男だと、周囲のカップルからお兄様が白い目で見られるやもしれん。もしかしたら嫉妬に狂う男達に刺されてしまうかもしれんし。


 あゝ、これも私が美しすぎるせいなのね。

 ふっ、私って、なんて罪な女なのかしら。


「その点、動物園なら動物達が間に入ってくれますから安全安心ですわ」


 我ながら完璧な理論武装。

 えっ、どこが完璧だって?


 いいのよ、お兄様も舞香お姉様も強く言い返せないんだから。


 さあさあ、三人で動物園へレッツらゴー!


「じゃあさ、僕も入ればバランスが良くなるよね?」

「はい?」


 突然の声に振り替えれば、少し癖っ毛の女装が似合いそうな甘いマスクで、眼鏡が似合う美少年が一人、にっこり黒い笑みを浮かべていた。


「四人で遊園地へ行こうか」


 出たな腹黒眼鏡の堕天使はやみ みずき


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