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第71話 麗子様は入国拒否される。


「お兄様〜」


 馬車から手を振ると柵に寄りかかっていたお兄様が微笑んで手を振り返してくれた。


 うーむ、ちょっとはしたなかったかな?


 でも、テンション上がっちゃって。メリーゴーランド侮りがたし。やべぇ、意外と楽しいかも。


「あの二人、けっきょく乗らなかったわね」


 隣で舞香お姉様がくすくす笑っておられるが、まあ、男二人でメリーゴーランドに乗りたくはないわな。


 だけど早見のヤツ、お兄様と並んで死んだ目でこちらを見とるぞ。そんなにメリーゴーランドに乗りたかったのか?


 しかし、こう並んでいるとこ見るとホント悪くない組み合わせよね。お兄様達を遠巻きにして女共もキャアキャア騒いでおるわ。


 分かるぞぉ。君達も私と同じ腐ォースの暗黒面に堕ちた腐女子なのだな。きっと彼女達とは良き腐レンドになれそうな気がする。


 お兄様と早見どっちが右でどっちが左か。これをぜひ彼女達と語り合ってみたい。お兄×早か早×お兄か。うーむ、これは悩むぞ。どっちも腹黒系イケメンだからな。


「まあ、二人とも麗子ちゃんと乗りたかったみたいだから仕方ないけど」

「と言うより早見様はお兄様に対抗しているだけだと思いますわ」


 アイツは同じ腹黒属性のお兄様を超えることを目標にしてる。ヤツがそう言っていた。きっと私をダシにしてお兄様と張り合うつもりなんだろう。


 そんなスケコマシに一時でもときめいちまったぜ。危うくヤツの魔の手に堕ちて乙女の純情を弄ばれるとこだった。なんせ早見は君ジャスの準ヒーロー枠。しかも腹黒じゃ。ヒロインが登場すれば私はボロ雑巾のように捨てられちまう。


「麗子ちゃん、それ本気で言ってる?」

「もちろんですわ」


 こう見えて私は人を見る目があるのだ。趣味は人間観察だかんな。人の機微に聡いのだ。お兄様からもよく洞察力に優れているねって褒められるもの。


「はぁ、ちょっと瑞樹が可哀想になってきたわ」


 どうして早見が可哀想なんだ。可哀想なのは腹黒からいいようにオモチャにされてる私の方じゃないか。解せぬ。


「ねぇ、麗子ちゃんは誰か好きな人いるの?」

「それはもちろんお兄……」

「雅人さん以外で」


 むぅ、お兄様以外だなんて。私は一途な女ですよ。ずっとお兄様一筋。浮気なんていたしませんことよ。


 でもまあ、どうしてもぉ、私が良いってぇ、告ってくれるぅ、素敵なイケメンが現れればぁ、その限りではありませんけどぉ。って言うかさっさと現れなさいよ。はよ白馬の王子様かも〜ん。ワレに愛の告白プリーズ。


 という状況なわけで、当然ワレに好きなオノコなどいようはずもなし。


「麗子ちゃんなら男の子達からいっぱい告白されているでしょう?」


 グサッ!


 悪意なき舞香お姉様の一言が鋭い刃となって私の胸をえぐりやがる。


「……残念ながら、私これまで殿方に告白を受けたことがありませんの」

「えっ、うそ!?」


 信じられないって顔してますけど、そりゃあモテモテの舞香お姉様からすれば告白されない女なんて想像の埒外でしょうとも。


 でも、あたしゃ生まれてこのかた一度たりとも告白されたことなんてねぇわ。


「麗子ちゃん、こんなに可愛いのに?」


 ホントにねぇ。私こんな目も覚める美少女ぞ。なぜ誰も告らねぇ。


「選り取り見取りの美咲様や舞香様とは違いますの」

「別に私達もそんなにモテているわけじゃ……」

「存じておりますわよ。美咲様は毎日のように殿方から告白されておられるとか」


 他校の生徒まで校門で待ち伏せてんのよ。くそっ、先を越された。


「ま、まあ、美咲はそうかもしれないけど、私は男の子に告白された経験はあまりないわよ」


 あまりじゃと?

 私はゼロじゃ。


 皆無、絶無、ナッシング。あまりに男っ気がなくて清いもんよ。なんせ煩悩の方が私を避けていくんだからな。このまま悟りが開けそうじゃ。


 それに知っとるぞ。舞香様は男女合わせれば美咲様より告白された回数が多いのだ。毎日のように女生徒から告白されているとか。


 ちっ、どいつもこいつもアオハル国の国民か。こっちは恋にあぶれた恋愛難民だっつーの。


 くそっ、なんたる富の偏在だ。アオハル国にはあんなにも男女がきゃっきゃうふふしてるのに、我ら恋愛難民には人権がないとでも言うのか。


 ワレこんなに性格の良い美少女なのに、どうしてアオハル国に入国できん。アオハル国に我ら恋愛難民への恋の援助と受け入れを要求する!


「麗子ちゃんは側に和也や瑞樹がいるのが原因かもね」

「それは舞香様も美咲様も同じではありませんか」


 あの二人の側にいてもずっと告られてたじゃん。しかも、滝川が美咲お姉様に懸想していたのは周知の事実だったにもかかわらずだ。


「私達はだって歳上だもの。誰も和也の気持ちを本気になんてしていないわよ」


 滝川のは男の子にありがちな麻疹はしかみたいなもんだもんね。美咲お姉様もそれが分かるからまともに相手はしてなかったのよね。


「だけど麗子ちゃんの場合は周囲からどっちかと結婚するのが既定路線だって思われているから」


 確かに両家の親からラブコールを受けてるな。めっちゃ迷惑だけど。


「そのせいで私は社交の場で針のむしろですわ」


 滝川、早見を狙う良家の令嬢にくしょくじゅうは多い。彼女達の親達バックだって両家と縁を結びたいから娘をあわよくば嫁にと狙っている。そんな人達から見れば私は目障りなことこの上ない存在だ。


 なので催事に参加すると同年代の子達だけじゃなくって、大人達まで私を狙い撃ちしてきやがる。ワレ小学生ぞ。大人気ないヤツらめ。まあ、いつも倍返ししてやってるがな。


「ねぇ、いっそ和也か瑞樹と婚約したら良いんじゃない?」

「えっ、ふつーに嫌ですわ」


 なにが悲しゅうてあんなスイーツバカと陰険腹黒眼鏡と婚約せにゃいかん。


「麗子ちゃんはどうして和也や瑞樹を嫌うの?」

「嫌っているのではなく、嫌なのですわ」


 だいたい婚約ってのが気に入らん。私はもっと普通の恋愛がしたいんじゃ。


「家柄に捉われない恋愛がしたいの? 麗子ちゃんって意外と乙女ね」

「いけません?」

「いけなくはないわ。私や美咲だって似たようなものだもの」


 あら、お二人とも自由恋愛派でしたか。舞香お姉様はバリキャリ志向だし、美咲お姉様は家を大事にされていそうだったのに。


「麗子ちゃんの考えは理解したわ。だけど、麗子ちゃんが思っているより自由恋愛は難しいわよ」

「難しいでしょうか?」

「私の家でさえ色んなしがらみがあるもの。清涼院家はその比ではないでしょう?」

「それは……まあ……」

「それに問題は相手にもあるわ。どうしたって麗子ちゃんは『清涼院麗子』として見られてしまうもの」


 相手の男性が私個人を好きになってくれるとは限らないってことか。いえむしろ、清涼院家だから近づいてくる男の方が多いだろう。


「だから、変な相手にだけは引っかからないでね」

「肝に銘じておきますわ」


 むぅ、結婚詐欺にも気をつけんといかんのか。私の場合は自由恋愛の為に越えるハードルが普通の女の子より高そうだ。


「実は等身大の麗子ちゃんをきちんと見て愛してくれそうなのは同じ立場の人間だったりするのよ」

「だから舞香様は滝川様や早見様をお勧めされておられたのですか?」

「身贔屓なのは否定しないけど、あの二人なら麗子ちゃんも幸せになれそうだって思うのよね」


 舞香お姉様が私を心配してくれているのは嬉しい。ご指摘通り、あの二人は色眼鏡をかけず私を見てくれる人物でしょうね。


 だけど舞香お姉様、アイツらは私を破滅させる君ジャスヒーローなんです。


「ごめんね、つまらない話でせっかくの楽しい雰囲気に水を差しちゃって」


 ちょっと重い空気になってしまい舞香お姉様が申し訳なさそうに眉根を寄せられた。


「いえ、お心遣い痛み入りますわ」


 私はできるだけ自然な笑顔を作る。だって、舞香お姉様は私の事を思って忠告してくださったのだから。


「はぁ、麗子ちゃんは大人よね。和也も瑞樹も麗子ちゃんくらい大人になってくれたらもっと話はスムーズだったのかしら」


 ごめんなさい舞香お姉様、それはないんです。アイツらが君ジャスのヒーローである限り。


 さあて、重く沈んだ空気はお兄様の愛で払拭しましょう。舞香お姉様のエスコートで馬車から降りると私は満面の笑顔でお兄様の元へと猛ダッシュ。


「お兄様〜」


 私に気づいたお兄様がふんわり笑って手を振ってくださった。


 あゝ、そこはかとなく黒さわやかなスマイル最高ですわ。麗子の癒しはお兄様だけです。私とお兄様の絆は誰にも引き裂けないですわ。


「あら? 雅人様ではありませんか」


 だけど、あっさり私とお兄様の間に割って入った毒々しい花一輪。


 うげっ、我が又従姉はとこの久世美春ではありませんか!?


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