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第72話 麗子様は既成事実を作られる。


「こんなところで雅人様にお会いできるなんて幸運ですわ」


 ——くぜみさきが あらわれた!


 なんたるアンラッキー!?


 フィールドで久世美春とエンカウントするなんて。道具屋で聖水を購入しておくべきだったか。いや、こいつにはトヘロスも聖水も効果が無さそうな気がする。


「やっぱり私と雅人様は赤い糸で結ばれているのですわね」


 図々しいぞ。お兄様と固く結ばれているのは私じゃ。


「やあ、久世さん久しぶりだね」

「もう、雅人様ったらぁ、そんな他人行儀ではなく、いつもみたいに『み・は・る』って呼んでくださいな」


 いつお兄様がお前を名前で呼んだよ。今まで苗字どころか君としか呼ばれてなかったじゃん。五年ぶりに会ったが相変わらず厚かましいやっちゃな。


「あら、そちらは早見家の瑞樹様ではありませんか」

「初めまして、早見瑞樹です」

「ちょうど良かったですわ!」


 そして、めざとく早見にまで目をつけやがった。だけど六つも年下の小学生にまで色目を使ったりせんよな?


「実は妹と来ておりますの」

「僕らも麗子と……」

「妹がお友達も一緒に遊園地へ行きたいと申しまして」

「そろそろ妹を迎えに……」

「ほら、私って面倒見の良い姉でございましょう?」


 おい、人の話は聞けや。なんて毒花だ。お兄様がなんとか話を切り上げようとしても、久世美春がつたを絡ませてくるがごとくお兄様を離さない。恐ろしいヤツ。


「妹達はあの聖浄学園なんですのよ」


 聖浄学園は超お嬢様神学校で有名なとこだ。君ジャスでもチラッと出てくる小中高一貫の乙女の園。前世の記憶が戻った時に一度は転校を考えた私立校だ。


夏凛かりん、いらっしゃい」

「は〜い、お姉様」


 呼ばれてテクテクやってきたのは、昔の久世美春を彷彿とさせる少女。年齢はたぶん私と同じくらいか。


「ご紹介しますわ、私の妹の夏凛です」

「久世夏凛と申します。瑞樹様よしなに」


 勝手に早見の名前で呼んでるあたり、容姿だけではなく中身も姉と同じく図々しい。とんでもねぇ毒花は同じか。


「妹は私に似て気立が良くって」


 テメェに似たら気立ても横に倒れてひん曲がるわ。


「あれって麗子ちゃんのお知り合い?」

「お恥ずかしながら又従姉またいとこですわ」


 毒も過ぎれば毒気が抜けるようで、舞香お姉様は怒るよりも目をぱちくりさせてビックリされておられる。名前は似てるのに滝川の又従姉の久条美咲お姉様とはえらい違いでしょ?


 ああ、私も美咲お姉様みたいな又従姉だったら自慢できたのに。滝川、交換してくんないかなぁ。


「清涼院家にすごい親族がいたものね」

「『も』?」

「まあ、どこの家にも一人くらいは、ね」


 困ったちゃんはどこにでもいるってことか。私と舞香お姉様は顔を見合わせて苦笑い。だけど、我が家の困ったちゃんは、この後とんでもねぇ斜め上の提案をぶっ込んできやがった。


「そうだわ、これから私達と一緒に回りません?」

「まあ、お姉様それは名案ですわ」


 ちょっと待てい!

 どこが名案じゃ!


「お兄様は絶対に渡しませんわよ!……早見様はお連れになっても構いませんが」

「ちょっと麗子ちゃん、それはいくらなんでも酷いと思うわよ?」


 お兄様、あなたの麗子がすぐにお助けに参りますわ。


「さあ舞香様、お兄様の救出に行きますわよ」

「あの二人なら放っておいても大丈夫だと思うけどなぁ」


 何をおっしゃる兎さん。あの毒花達は雑草よりしつこいんですよ。


 駆除しても駆除しても次から次に生えてきやがる。しかも、周囲に毒を撒き散らすおまけつき。迷惑この上ない毒花だ。サーチアンドデストロイ。これ大事。


「お久しぶりですわね、美春様」

「あら、いたの麗子さん」


 いるの知ってて無視してたくせに。


「相変わらず雅人様の迷惑を省みずつけ回していますのね」

「あらまあ、美春様の辞書に迷惑という文字があるとは存じあげませんでしたわ」

「なんですって!」


 高校生になっても沸点が低いのは変わらないみたいね。小学生の頃からレベルが変わってないじゃない。


「私達デート中ですのに間に入ろうだなんて野暮ではありませんこと」

「兄妹ではデートとは言いませんわよ」


 誰がなんと言おうとお兄様はワレのもんじゃい。私とお兄様は赤い糸で結ばれているんだからな!


「美春様がどう思おうとお兄様は……」

「うん、デート中だから遠慮してくれないかな」


 イヤンお兄様ったらぁ。そんな堂々と宣言されるなんて。麗子恥ずかしい。ウソっで〜す。めっちゃドヤ顔で〜す。


 久世美春が凄い形相で睨んできたわ。麗子こわ〜い。お兄様、あなたの麗子を守って〜。


「雅人様、いくらなんでも麗子さんを甘やかし過ぎではありませんか?」


 うけけけ、必死になりおって。悔しかろう妬ましかろう。


「誰も麗子と、とは言ってないよ」

「「えっ!?」」


 突然、お兄様がクイッと右手で肩を抱き寄せたのは私……ではなく舞香お姉様!?


「今、彼女とデート中なんだ」


 そ、そんな。お兄様と舞香お姉様がそんな関係だったなんて。いつの間に!


 そりゃお兄様と舞香お姉様ならとってもお似合いだけど。だけど、だけど、お兄様を取られるのはいや〜!


 しかし、しかし、舞香お姉様なら……うぐぐぐ、ぐやじ〜。あまりのお似合いカップルに悔しさと妬ましさに血の涙を流しそう。


「あ、あなたは?」

「中等部の千種ちぐさ舞香まいかと申します」


 お兄様に肩を抱かれたまま美しい笑貌を浮かべる舞香お姉様に久世美春が明らかに動揺している。そりゃ舞香お姉様はとっても美人だもん。しかも私とは違い血縁ではない。強力なライバルどころか久世美春に勝てる要素など1ミリもないんだから。


「雅人様にお付き合いされている方がいるなど聞いたことが……」

「別に僕が誰と付き合っているかを久世家に報告する義務はないよね」


 お兄様が余裕の笑みでピシャリと久世美春を切って捨てられ良い気味。なのだが、気分は複雑だ。


「ですが、デートだと申されるのなら麗子さんが一緒なのはおかしいではありませんか」

「お姉様の言う通りですわ。妹同伴のデートなど聞いたことありません」


 毒花シスターズの猛反撃。妹の学友までそうよそうよの大合唱。確かにこれはお兄様も痛いところを突かれたか。


 その時、それまで静観していた早見が急に私の手を取りやがった。この、離せ、腹黒が感染うつる。


「それはダブルデートだからだよ」

「そ、そんな、瑞樹様!?」


 早見をロックオンしていた毒花二号くぜ かりんが信じられない浮気者って顔してますが……別にこの腹黒眼鏡はくれてやってもいいんだが、お前さん今日会ったばかりで彼女づらですか?


 だけど早見はそんな毒花姉妹を無視して満面の笑顔を向けてきやがった。この状況で何がそんなに嬉しい?


「それじゃあ、そろそろ行きましょうか」

「そうだね瑞樹君」


 私の手を引く早見にお兄様が一瞬苦々しい表情になったけど、すぐににっこり笑顔でオブラート。追い縋ろうとする久世美春を「じゃあ」と挨拶一つでばっさり切り捨てられたのでした。


「……そろそろお離してくださいませ」

「まだ見られているよ」


 私が早見の手を振り切ろうとしたが、こやつ優男の見た目に反して意外と力あるな。くぅのぉ〜、このこの離せ離せ。お兄様に見られているではないか。


 違うんです、お兄様。コイツとはなんでもないんです。私はお兄様一筋ですけん。


「早見様、もう美春様達の姿は見えませんわ」

「さて、次は何に乗る?」


 私は手を離せと言っとるんだ。なんだその笑みは。キサマ、ひとを揶揄からかって楽しんでやがるな。やべぇ、誰かにこんなとこ見られたら誤解されちまうじゃん。


 お兄様、へるぷみ~。


「この貸しは高くつきますよ」

「ふふ、恐い恐い」


 助けを求めてお兄様を見たら、舞香お姉様が肩を抱くお兄様の手をペシッと叩き落とすところだった。


「僕としては君と縁を結んでおきたいと考えているんだけどね」

千種ちぐさ家との縁など清涼院家に益は無いでしょう?」

「家ではなく舞香さん個人と友好関係を築きたいんだよ」

「それは雅人さんのこれから次第ですね」


 なんて大人なやり取り。舞香お姉様、かっこいい。ワイルドだぜ。なるほど、なるほど。ああやってあしらえば良いのか。


 よーし。まずは早見の手を——えいっ、ペシッ!


「いってぇ!」


 勢い余って自分の手を叩いちまったよ。

 痛い(涙)……ワイルドに吠えちまったぜ。


「自分の手を叩いてどうしたの?」

「ちょっと時季はずれの蚊がいただけですわ」


 ちょっと苦しい言い訳だった。絶対、早見は信じてないな。


 うわーん、もう恥ずかしい!


 なんで私はこう締まらないのかしら。くすん。


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