「まったく信じられませんわ!」
私は激怒した。必ず、かの
「清涼院は何をそんなに怒っているんだ?」
しかし、当の魔王滝川は自分が何をやらかしたのかぜんっぜん理解しておらん。不思議そうな顔して早見に自分が怒られている理由を尋ねておる。
「いやぁ和也、あれは僕もないと思うよ」
「あれって何のことだ?」
「入学式の伴奏のことですわ!」
目をぱちくりさせ無駄に可愛い滝川にイラッ!
思わずバンバンとテーブルを叩いて大声張り上げちまったい。淑女にあるまじき振る舞いだけど、これも全て滝川が悪いのだ。
「ああ、あれか」
「どうしてあそこでシューベルトの『魔王』なんですの!」
私がプンプン怒っているのに滝川はニヤッと不敵に笑いやがった。
「素晴らしい演奏だったろ?」
「ええ、ええ、素晴らしかったですとも。演奏技術だけは」
むしろ、凄すぎたのが問題なんだよ!
私達上級生や教師陣までもが鳥肌もんの真に迫る迫力の超絶技巧。あたしゃ滝川の背後に魔王のスタンドが浮いて見えたわ。
「ふっ、我ながら会心のデキだったからな」
なに自慢げにしよっとねん。こっちは夜中に風で戸がガタッと鳴る度に魔王の影に怯えガタガタ震えてたっつーのに。おかげで寝不足になったじゃないのさ。
「和也ならもっと他の曲も弾けたんじゃない?」
「そうですわ。バッハの『主よ人の望みの喜びよ』やビバリディの『春』など入学式に相応しい素晴らしい名曲があるではありませんか」
パッヘルベルの『カノン』やエルガーの『威風堂々』とか、もっと適した選曲があるやろがい。マンガじゃリストの『超絶技巧練習曲』さえ弾きこなしてたんだ。今のテメェでもお茶の子さいさいやろうが。
「あぁ、『主よ人の望みの喜びよ』は性に合わん」
「うーん、そうだね僕もいまいち好みじゃないかな」
お前らは魔王と堕天使だもんな。讃美歌など敵性音楽で好まんだろう。だが、お前らの趣味嗜好は聞いとらん。
「それに四季の『春』は、ど定番すぎてインパクトに欠けるだろう」
「入学式の伴奏にインパクトなど求めておりませんわ!」
入学式はロックフェスじゃねぇっつーの。
「いや、だが一生に一度の式じゃないか。やはり、記憶に残る曲が良くないか?」
「ええ、おかげ様で間違いなく深く記憶に残りましたわ」
まだ幼く可愛い新入生達の小さな胸に鋭利な刃物を突き立ておってからに。入学式じゃ可哀想にみんな真っ青になって震えていたぞ。
「ふっ、俺の名演奏がみんなの胸に感銘を刻み込んだか」
「あなたが刻み込んだのは心の傷です!」
完全トラウマもんだ!
なに不思議そうな顔しとる。コイツ全く反省の色がねぇな。
「むっ、俺の演奏は失敗だったのか?」
「当たり前です!」
新入生の記憶に恐怖を刻み込んだ入学式のどこに成功の要素があるねん。
「ちっ、なら来年はより完璧な演奏を……」
「や・め・れ!」
やべぇ、このままじゃ滝川は来年も同じ事をやる。コイツは絶対やる。この無駄に凝り性な男のことだからよりパワーアップしてくるに違いない。
おい、早見テメェなに忍び笑いしてやがる。ちくしょー、他人事だと思いやがって。
「任せろ清涼院、来年はもっと凄い『魔王』を弾いてみせるぞ!」
「魔王から離れてくださいまし!」
こいつ、どうしてそこまで魔王にこだわるんだ?
まさか、滝川の魔王ってあだ名はこれが原因か?
瀧川は原作で魔王と呼ばれていた。黒服を好む、凍てつく視線と強者のオーラで他者を威圧する、怒らせれば再起不能に追い込まれるなど恐怖の象徴故の敬称かと思っていたんだが。
「しかし、『魔王』こそ俺に相応しい曲だと思うんだ」
まだ言うか。間違いない。このシューベルトの『魔王』への執着が魔王滝川の原点だ。
「それに、あの曲を弾くと必ずメロディが降りてくるんだ」
「滝川様は魔王を降臨させているんですか!」
そう言や滝川は演奏中に魔王のスタンドを出しとったな。
おかげで滝川和也の魔王は伝説となってしまった。なるほど、こやつはシューベルトの『魔王』で新入生を泣かせた伝説で魔王と呼ばれるようになったんやな。
だが、いくら設定でもこれ以上は被害を拡大させられん。
「今後一切シューベルトの『魔王』を入学式で演奏するのは禁止します」
「なんだと!?」
なぜそこまで青い顔になる。
「それは横暴だぞ!」
「別に個人的に弾かれる分には禁止いたしませんわ」
入学式以外でならいくらでも弾いて魔王を降臨させてくれ。だが、私の聞こえる範囲では許さん。
しかしまずいな。こうなると滝川を
可愛い
残った候補は早見だけか。スイーツバカの滝川と違って、こいつに会長を押しつけるのは難儀しそうだ。
くそっ、新年度早々から厄介ごとばっかだぜ。