「あはは、ホント麗子ちゃんの周りはいつも楽しそうね」
「笑い事ではありませんわ」
英会話教室が終わり舞香お姉様と楽しい楽しいお茶の時間。入学式での滝川のしでかしを愚痴った。そしたら盛大に笑われた。
「新入生の皆さまが心に深い傷を負ってしまわれたのですよ」
なんたる事だ。まだ純粋であどけない幼な子が滝川の毒牙にかかってしまった。
「和也の『魔王』は真に迫っているものねぇ」
「まったく、無駄にスキルが高いので困りものですわ」
滝川の演奏は学園内でも有名となり、ヤツの魔王の地位は不動のものとなった。もはやヤツを魔王だと誰もが疑わない。
「皆さんアレの何が良いのやら……さっぱり理解できませんわ」
これにはさすがのファンも幻滅するかとおもったが、それ程のピアノの腕前とはさすが滝川様、サスタキサスタキと楓ちゃんがはしゃいでおった。なぜに?
私には乙女心がわからぬ。
「日本屈指の企業の御曹司で、顔良し、頭良し、運動神経良し……」
そんな私の疑問に舞香お姉様が指折り滝川のモテ要素を上げていく。
「それに加えてピアノまで上手いとくれば人気があるのは当然じゃない?」
ちっ、いけすかねぇ。納得せざるを得ないところがまた憎たらしい。
「皆さまは分かっておられません。滝川様は入学式でシューベルトの『魔王』を弾くようなデリカシー皆無男ですのに」
「和也にもストレス発散したい時があるから大目に見てあげて」
信じられん。あの傍若無人男はストレスとは無縁だと思ってたが。
「私には好き勝手に振る舞っているようにしか見えませんわ」
「あれで内心はかなり荒れてるのよ」
荒れている?
あの滝川が?
「それでストレス発散に新入生にトラウマを刻み込まれたのではたまりませんわ」
「ふふふ、和也の方は『魔王』を思いっきり弾けてすっきりしたみたいよ」
「何か滝川様のお心を煩わせるような事がありましたの?」
「あー、うん、もう噂も広まりつつあるし、麗子ちゃんなら良いかな?」
舞香お姉様がちょいちょいと手招きするので顔を近づけると、私の耳元に口を寄せてきた。イヤン、お姉様ったらドキドキしちゃう。
「美咲の婚約が決まりそうなのよ」
「えっ、美咲様が婚約!?」
「シーっ、声が大きい」
慌てて手で口を押さえて辺りをキョロキョロ。ふー、誰も聞いていないわね。これは周囲に聞かせられない話題だわ。
舞香お姉様と触れるほど顔を近づける。うーん、お姉様ってやっぱ美しい
まだ中学生なのに、なんつー色気。やっべぇ、ドキドキしてきた。いや、私も負けてないんだけどね。絶世の美少女だから。負けてないわよね?
それにしても美咲お姉様が婚約かぁ。それは滝川も焦るわな。だけど、滝川の失恋って美咲お姉様の婚約が原因だったかしら?
「それ本当ですの?」
「実を言うと前々から話はあったのよ」
まだ中学生になったばかりなのにお姉様も大変ねぇ。まあ、私も滝川や早見の件があって他人事じゃないんだけど。
「もしかしてお兄様と?」
「それだったら問題はなかったんだけど」
「と言うと、問題のあるお相手なんですのね」
結婚でトラブルと言うと飲む打つ買うと相場が決まっている。多額の借金を抱えているか女癖が悪い浮気者、でなければギャンブルやアルコールに依存があるのだろうか。
だけど久条家は五摂家筆頭のお家柄。そんな問題のある人物を大事な姫君の婚約者に指名するものかしら?
そう言えば以前に問題児の話を美咲お姉様の口から聞いたことがあったわね。
「まさか遊園地へ行く時に美咲様と滝川様が話題にされていた方でございますか?」
「そうよ、そのまさかよ」
「確か
「よく名前覚えていたわね」
ワレ絶対記憶保持者やからの。羨ましかろう。だが、この能力には色々と助けられているが、同時に忘れたい記憶も忘れられん苦しみもあるんやでぇ。
「家柄を誇るお方だとか?」
「そんな可愛いもんじゃないわ」
舞香お姉様の話をまとめると、何もできないくせに自分は優秀で選ばれた人間だと思い込んでいる終わった人格の御仁らしい。
木衛家の家柄を誇るだけで努力もしていないのに、優秀で美人の美咲お姉様と結婚できるのは当然だとふんぞり返っているんだそうな。
ちなみに年齢は一回り上。ロリコンかよ。いくら大人びた美咲お姉様でも十三歳と二十五歳はねぇわ。
「そのお歳では矯正も無理ですわね」
「無駄に歳だけ取った男なの。麗子ちゃんの方がよっぽど大人よ」
まあ、ワレ中身はアラサーなんでホントに大人なんだけどな。
「それは美咲お姉様も嫌がっておられるのでしょう?」
「久条のおじ様、おば様も反対なさっておられるわ」
そりゃ自分の愛娘がボンクラのロリコンやろーのお嫁さんになるのは許せんわな。しかも次期久条家の当主になるのに無能はいらん。
「それなのに婚約を回避できませんでしたの?」
「今の久条家は久条のおじ様のお父様、つまり美咲のお祖父様が牛耳っているから」
例のご老公か。かなり選民思想が強い御仁らしい。ぜってー会いたくねぇ。滝川家と違って我が清涼院家は五摂家の高司家派閥だから関わることはないと思うけど。
「久条のご老公がその方にこだわるのはどうしてなんですの?」
「一つは五摂家の木衛家という家柄ね。木衛家の当主とご老公の仲が良いのも理由の一つかな」
「無難な方であればそれだけで十分な理由となりましょうが、聞く限り木衛守様はかなりの問題児。久条家の次期当主として許容できるとは思われませんが?」
「逆よ。無能だから自分の操り人形にできるってお考えなのよ」
現在、久条家の当主は美咲お姉様のお父様。だけど隠居してもご老公は口出ししたがるようで。孫娘婿をご自分の傀儡としたいらしい。完全なる老害やのぉ。
久条のご老公はナポレオンを知らんらしい。真に恐るべきは有能な敵ではなく無能な味方でしてよ。どうしようもないアホゥは時として予想外のとんでもない事をしでかすからな。足元すくわれんぞ。
「それで美咲様の婚約はもう決定事項なんですの?」
「いいえ、久条のおじ様は滝川のおじ様にも協力してもらって守さんとの婚約を阻止しようとしているわ」
なーんだ、滝川のおじ様が乗り出したんか。なら大丈夫よね。滝川のおじ様が老害ごときに遅れを取るはずないもの。
まったく滝川も何を焦っているんだか。あっ、もしかして自分の力で美咲お姉様の婚約を阻止できなかったのを悔やんでいるんか?
それがストレスの原因か。完璧主義者のヤツならあり得るな。まったく青いのぉ。我らまだ小学生ぞ。無理なものは無理と割り切ればよかろうに。
まあ、美咲お姉様の状況には同情いたしますし大変心苦しですが。でも、私達お子ちゃまにできる事などありません。
私にできるのは無事に破談となるようお祈り申し上げるだけ。あゝ、お姉様、非力な麗子をお許しください。
「ここにいたか清涼院!」
私と舞香お姉様が店から出ると、なんか聞き覚えのある声が?
「これはこれは滝川様、ごきげんよ――おおおっ!!!」
「挨拶はいいから来い!」
「ちょっ、なんなんですのぉ!?」
血相を変えた滝川に優雅な挨拶を披露しようとしたら、滝川に腕をむんずと掴まれ引きずられた。おい、てめぇ、また私の繊細で華奢な腕を思いっきり掴みやがって。乙女の柔肌はデリケートなんだぞ。
「こら和也、麗子ちゃんに乱暴しない」
「悪いが今は時間が無いんだ」
舞香お姉様の叱咤にも滝川はまったく悪びれた様子がない。
「行くぞ」
それどころか説明も無しに滝川がいつも登校時に乗っている黒塗りの高級車の中に私を放り込みやがった。
そのまま車は急発進。
「行くってどこへですのぉ!」
なんで私ってば滝川に