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第81話 麗子様は京へ上る。


 そうだ京都、行こう!――ってなわけで、修学旅行の季節になりましたよ、と。


 おいおい、夏休みはどうしたのかって?

 そんなもんとっくの昔に終わったわよ。


 ずいぶんあっさり終わるなんて虚しい夏休みだったんやなですって?


 ホテルを貸し切ってのお兄様との花火(清涼院一族勢揃い)、クラスメートとプール(高級リゾートホテル貸し切り)、地中海へ家族旅行(お母様の通訳係クスン)、いっぱい思い出を作ったわよ。充実した夏休みだったわ。


 だけど楽しい時間ってのは過ぎ去るのが早いものなの。


 気がつけば九月になって始業式。だけど夏休みの友はバッチリ提出。三週間後には貸し切った新幹線のグリーン車に乗ってみんまでゲームやおしゃべりとワイワイ楽しんで、やってきましたおこしやす〜京都。


 さあ、楽しい楽しい修学旅行の始まり始まり〜、って思ってたのに、いきなり滝川がいねぇ。慌てて座席を見ればズーンっと沈んだ顔の滝川が放置状態。


 おい、クラスメートの誰も声をかけてやらんかったんか。

 えっ、暗すぎて近づきたくなかっただと。薄情な奴らめ。


 仕方ないなぁ。


「……滝川様」

「清涼院か……」


 沈黙。


 しんきくせぇ〜


「到着いたしましたので降りてくださいまし」

「……ああ」


 のそのそっと立ち上がり、幽鬼のようにふらふらと新幹線を降りる滝川。顔が真っ青で生気がまるで感じられない。人生に絶望したって顔だったわ。大丈夫か?


「夏休み前より悲壮感が酷くなっておられません?」

「夏休みの間に美咲さんの婚約がばれたんだ」


 おわっ!?


 早見、いつの間に私の背後に立ってんねん。てめぇは忍者か暗殺者か。


「まあ、それで落ち込んでいらっしゃるのですか」

「これでもかなりマシになったんだけどね」


 よく見れば早見もげっそりやつれている。


「夏休みの間は大変だったよ」


 なんでも夏休みの間、滝川は自殺するんじゃないかってくらい沈む込んでいたらしく、早見は側につきっきりだったんだって。


 ざまぁ。てめぇが夏休み前に親友より自分の便秘を優先した報いじゃ。


「それでは失恋の痛手を早見様が癒して差し上げたのですね」


 うぷぷ。耽美な香りがするわ。失恋に憔悴する美少年ジルベール滝川を気づかい寄り添うセルジュ早見。やがて二人の間には友情を超えた愛が芽生えるの。


『俺はもう女なんて信じられん』

『和也には僕がいるじゃないか』

『瑞樹、俺にはお前だけだ』

『和也、僕も……あっ……』


 むっほー! うひゃうひゃひゃ。

 やべっ、自家発電で鼻血でそう。


「……清涼院さん、なんだか楽しそうだね」

「そんな、まさかまさか」


 めっちゃ楽しんでます。だって、お兄様から腐教を禁じられてるから自給自足せにゃならんのよ。


「清涼院さんも少しは和也を励ますの手伝ってよ」

「どうして私が」


 お前らで乳繰りあってろ。

 そっちの方が私は萌える。


「清涼院さんだって和也が清水の舞台から飛び降りたら困るでしょ?」

「ふん、そんな度胸があるならどうぞですわ」


 そんな脅し私には通用しまへんでぇ。


「清水から飛び降りられるのか?」

「んきゃっ!?」


 ぬぅっと背後から声をかけんなや。

 心臓が止まるかと思ったじゃない。


「ほらほら、清涼院さんが焚き付けるから和也がその気になったじゃない」

「今の私のせいだとおっしゃいますの!?」


 清水の話題を振ったの早見じゃねぇかよ。


「なあ清涼院、清水の舞台から飛び降れば、この胸の苦しみも楽になるんだろうか?」


 周りの人が迷惑だからヤメロ!

 まったくもう、仕方ねぇなぁ。


「滝川様、その方法はお勧めいたしかねますわ」

「なぜだ清涼院」

「確かに清水の舞台から飛び降りた者がいる記録はございます」


 成就院じょうじゅ日記によれば、元禄七年から文久四年までに清水の舞台から飛び降りた者は、その数なんと二百三十四名。


「ですが、彼らの目的は全て願掛けなのですわ」

「願い事のために飛び降りたのか?」

「はい、それも死ぬためではなく観音様に命を救ってもらおうとする前向きなもの」


 清水寺の本尊は十一面千手観世音菩薩。十一の顔で全ての人を見渡し、千の手で衆生しゅじょうを余さず救済される慈悲深い菩薩様である。それにあやかって清水の舞台から飛び降りれば命が助かり願い事が叶うと言われるようになった。


 しかし、そうは言っても高さ十三メートルもある高所は恐い。観音様が救ってくださると信じていても下を見ただけですくみ上がる。ゆえに「清水の舞台から飛び降りる」とは思い切った決断をする時に使用されるようになったのだ。


「それに記録によると生存率は八割以上。ほとんどの方が助かっております」

「生き延びた者の願いは叶ったんだろうか?」


 なにコイツ、美咲お姉様の破談を祈って飛び降りるつもりなの!?


 こわっ、こわっ、止めてよね、もぉ。


「滝川様は以前おっしゃっておられたではありませんか。神頼みや他力本願だから望みを達成できないんだ、と」

「そうだったか?」

「はい、しかと。それに願いは自分を磨いて叶えるものだとも」

「ああ、七夕の時か」


 うむ、私の予言は的中したな。やはり神頼みをしようとしやがった。


「滝川様、私達はまだ未来のある子供ですわ。人生をはかなむにはまだ早いのではありませんの?」


 お前はこれからヒロインちゃんと出会って薔薇色の人生が待ってるんだからな。


 だいたい、お前の絶望などまだまだ生ぬるい。悪役お嬢様の未来が待ている私なんて絶望的なんだからね。


「さあさあ、みな様がお待ちですわよ」


 だが、私はキサマと違って悲観に暮れたりはしないぞ。


「今は人生に一度の修学旅行を楽しもうではありませんか」


 だって、好き勝手に生きてやるって決めたんだから。


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