目次
ブックマーク
応援する
18
コメント
シェア
通報

第83話 麗子様は運命の邂逅を果たす。


「滝川様のお姿が見えないですって?」


 アイツ、いきなり問題を引き起こしやがったよ。


「少し涼みに行くって言って、それっきり帰ってこないんです」

「電話やSNSは?」

「どっちも反応がないんだ」


 むぅ、連絡がつかないって、これ本格的にヤバくね?

 アイツ、昨日も清水がどうのって口走っとったしなぁ。


「どれくらい前からですの?」

「もう一時間くらい経ちます」


 聞けば魂が抜けたようにふらふらと出て行ったらしい。おいおい、そんな状態なのに止めんかったんか。せめて誰かついていけよ。


 私を含め女子一同の非難の視線が冷気となって男子に突き刺さった。滝川と同じ班の男子どもの目がキョドキョドとせわしなくなる。


「い、いや、俺らも一人はまずいかなって思ったんだけど」

「一人になりたそうだったから……なあ」

「そうそう」


 ちっ、ひよりやがって。そんなんだから、てめぇらはモブなんだよ。


「ごめん清涼院さん、僕が目を離した隙にこんなことになって」


 そうだ全て早見のせいだ。何もかもテメェが悪い。


「仕方ありませんわ。早見様は別の班ですし、ずっと見守るのは無理ですもの」


 だが、申し訳なさそうに謝る早見を責めれば、私の方が悪者になりかねん。なにせ私は悪役お嬢様。ちょっと悪態をついただけで悪評に直結する。


「ここは過去の失敗を責めるよりも、今なすべき事を考えましょう」


 ここはグッと堪えなければ。我は仁の清涼院。聖女のごとき慈愛に満ちた優しい心で汝の罪を許しましょう。


 はーい、聖母スマイル。にっこり。


「なんて黒い笑顔なんだ」

「ぜったい何か企んでるよ」

「やべぇよ、やべぇよ」

「俺ら生きて帰れないかも」

「父さん母さん先立つ不幸をお許しください」


 お前ら、帰ったら折檻な。


「涼みにとおっしゃっておられたのなら、河原へ行かれたのかもしれませんわね」


 まずいなぁ。まさか入水なんてしないだろうな。水難事故の三割は河川におけるもの。川の死亡率はとても高いのだ。早まったマネはやめてよね。


「手分けして探す?」

「鴨川でしたら見晴らしも良いでしょうから下流と上流の少数で大丈夫でしょう」


 もう、お店も予約してますし、捜索班は少数で良いでしょう。後は早見ら男子に任せて……


「じゃあ、下流へは僕が行くから上流は清涼院さんにお願いするね」


 えっ、私も探しに行かないといけないの!?


「それでは滝川様は早見様と麗子様にお任せして、我々はお店へ行っております」

「やはりここは滝川様と同格の方でないと連れ戻すのは難しいですものね」


 楓ちゃん椿ちゃん!

 私を裏切るつもり!


「料理が冷めてしまいますから先に食べておきますね」

「いやぁ、川床楽しみだなぁ」


 粗忽迂闊! テメェら覚えておけよ!


 どいつもこいつもサッサと店に入りやがって。一人くらい一緒に探しましょうとか言ってくれんのか。


 この薄情者ども!


「ごめんね、清涼院さん」


 両手を合わせ早見の表情に余裕がない。滝川の様子おかしかったからなぁ。変な気を起こさないか心配にもなるわな。


「だけど、彼らを見て分かるように、和也を見つけても連れ戻せるのは清涼院さんくらいなんだ」


 むぅ、あの男子ども頼りにならんからな。

 はぁ、ホントーは嫌だけど仕方がないか。


「この貸しは高くつきますわよ?」

「分かってる」


 早見は唇に人差し指を当てて、んーと考えたかと思うとポンっと手を打って笑った。それはとてもとーっても黒い笑顔で。


 こいつ、何か企んでいるな。


「それじゃあ、今年の菊花会クリザンテームの会長に僕が立候補するっていうのはどう?」

「その提案、乗りましたわ!」


 いやぁ、早見に会長職をどうやって押しつけようかと悩んでいたけど、グッジョブだ滝川。お前のお陰で悩み事が一つ解決した。


 滝川には感謝しかないな。


 さあ、張り切って滝川クエスト行くわよ――


「くっ、どうして私がこんな目に」


 とは言え、九月はまだまだ暑い。


 なして私はこの炎天下、鴨川を上ってトボトボ歩いとんのじゃ。あー、涼みてぇ。今ごろみんな納涼床でワイワイ旅の思い出を作っているんだろーなー。いーなー。


 早見も同じく探索に出てるじゃないかって?

 アイツは滝川の親友だからノーカウントよ。


 チクショー。これも全部、滝川が悪い。アイツのせいだ。呪ってやる。えっ、滝川には感謝しかないんじゃなかったのかですって?


 知らん。そんなこと言った覚えはない。


 くっそー、あんにゃろめ、私にこんな苦労させやがって。どこほっつき歩いてやがるんだ。


 ……って、いたよ。


 けっこうすぐ見つかった。しかも女の子と一緒。遠目にも可愛いと分かる。自殺でもするんじゃないかって心配してたのがバカみたいじゃん。


 キサン、こっちは炎天下の中を探してやってたってのに、失恋の痛手を新たな恋で癒してたってか。許さん!


 ちょっと可愛い子がいたからってホイホイ心変わりしよってからに。てめぇの美咲お姉様への想いはその程度やったんかい。


 ぜったい邪魔しちゃる!


 おらおら、二人でラブラブな世界作ってんじゃねぇぞ!


「滝川様!」


 滝川が驚き振り返って私とバッチリ視線があった。私はにっこり笑ってやる。まあ、こめかみに青筋たってる自信があるがな。


「せ、清涼院!?」


 どうなさったのです?

 そんなに青くなって。


「心配して探しに来てみれば、ナンパなさっておいでだったとは」

「ち、違うんだ。こ、これは、その……別にこの子を口説いていたわけじゃ……」


 まるで浮気現場を押さえられた男の言い訳みたいなこと口走ってんじゃねぇよ。


「この子が泣いていたから気になって」

「だから声をかけたと?」

「そ、そうだ、人として当然の気づかいだろ?」

「まあ、そうですわね」


 私が頷くと滝川がホッと胸を撫で下ろす。が、甘いわボケナスが!


「ですが、滝川様は今まで女の子が泣いていても無視されていたではないですか」

「ゔっ!」


 自分の事は自分で解決しろって突き放してきた男が、急に人の道を説いても説得力のカケラもねぇんだよ。


「もし泣いているのが私だったら滝川様は歯牙にもかけませんわよね?」

「その前提はおかしい。まずもって清涼院が泣くはずがない」


 なんだとゴラ゙ァァァ!


「私だってか弱い女の子でしてよ」

「えっ、か弱い?」


 目を丸くして驚くんじゃねぇ。滝川、日ごろてめぇが私をどう見てるのかよー分かったわ。


「それはあまりに酷くありませんこと」

「だって、お前は大人達に囲まれてもふんぞり返って菓子を食べ、ご老公を使いぱっしりにするようなヤツじゃないか」


 くっ、言い返せん。


「プッ……くすくす……あはは……」


 それまで私の乱入で呆気に取られていた女の子が思わず吹き出した。ほらぁ、笑われちゃったじゃない。


 あー、でも笑顔が可愛いなぁ。クリっとしたお目々のボブカットで愛らしい子だもんね。胸に抱えている白いジャスミンの花束なんか、清楚な感じでよー似合っとるわ。


「笑った……」


 あらまあ、滝川も見惚れちゃってまぁ。うん、無理ないかな。


 んー、だけどこの子どっかで見たことあるような?


「ご、ごめんなさい、二人があまりに……その、気安くて……すごく息がぴったりだし」

「「ピッタリじゃない!」」


 反射で否定したら滝川と言葉が被っちまった。いよいよ女の子が大笑い。さっきまで泣いていたんだろう。滲む涙を拭うその目は赤く腫れている。


 はぁ、なんだか毒気を抜かれちゃった。滝川をとっちめてやりたかったけど、今回は大目に見てやろう。


「それで、この方は滝川様のお知り合いなんですの?」

「い、いや、さっき知り合ったばかりだ」


 あぁーん? 河原で一人泣いていたので声をかけただぁ?


 普段の滝川なら女の涙など無視一択だろ。それなのに何で今回に限って接触してんねん。てめぇ、やっぱナンパじゃねぇかよ。


「まさか滝川様が旅の恥はかき捨てとばかりに、ゆきずりの女を口説かれるような方だったなんて」

「人聞きの悪いことを言うな!」

「はぁ、嘆かわしいですわ」

「だから違うって!」

「これは他の方々にも報告せねば」


 おーい、みんなー、あの滝川が女の子をナンパしとったでー。これは後で楓ちゃんと椿ちゃんに教えてあげなくっちゃ。


 次の学園の噂の見出しはこれで決まりね。『滝川グループの跡取り御曹司、修学旅行で露見したただれた私生活』。旅先でゆきずりの女を取っ替え引っ替えする滝川和也。これは中々のゴシップネタね。


 これは良いネタゲッチュだぜ。


「清涼院、その黒い笑いはなんだ!?」

「いえ、なんでもございませんわ」

「ぜったい何か企んでいるだろ」

「ご安心ください。良からぬ噂を流すつもりは毛頭はありますん」

「流す気満々じゃないか!」


 滝川が困っていると思ったのか、女の子がおずおずと手を挙げた。


「あのぉ、本当に彼は何もしていませんよ?」

「んっま! もう彼とか彼女って呼び合う仲なんですのね」

「いえ、まだ名前を聞いていないだけで」

「分かっております。ちょっと滝川様を揶揄っただけですわ」


 お前なぁって滝川が呆れた目を向けてきたけど、みんなを心配させたんだ。これくらいの意趣返しは許されるだろう。


「自己紹介が遅れましたわね。私は清涼院麗子と申します」

「俺は滝川和也だ」


 よしなにと挨拶しながら滝川に肘鉄を食らわす。もっとマシな挨拶はできんのか。


「あっ、私は瀬尾せお茉莉まつりっていいます」


 女の子が慌ててぺこりと頭を下げる。うーん、初々しいわぁ。茉莉ちゃんっていうのか。名前もかわええのぉ。


 そーかそーか、瀬尾茉莉ちゃんかぁ……ん?


 瀬尾茉莉ですって!?


 それって君ジャスのヒロインの名前じゃない!?


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?