目次
ブックマーク
応援する
17
コメント
シェア
通報

第84話 麗子様は回想シーンに遭遇する。

 ――『瀬尾せお茉莉まつり


 それはこの世界の元となった少女漫画『君にジャスミンの花束を』のヒロインの名前。大鳳学園に高等部に入学した彼女は滝川と恋に落ちてハッピーエンドを迎えるのだ。


 それがどうして今ここで滝川と出会っているかと言うと……


 幼い時に美咲お姉様への恋心が破れ、滝川和也は意気消沈していた。瀬尾茉莉も事故で両親を亡くしたばかり。悲しみに河原で一人泣いていたところに滝川和也が通りかかって二人は運命の邂逅を果たす。


 そう、これは互いの悲しみを慰め合い立ち直るきっかけとなる大事なイベントなのよ。滝川和也との出会いで両親の死を克服した瀬尾茉莉は大鳳学園高等部へ入学することを決意する。


 まあ、つまりどういうことかと言うと……


 忘れてたぁぁぁぁぁぁ!!!


 やっべぇ。すっかり記憶が抜け落ちてたよ。

 そんな大事なこと忘れてんじゃねぇよって?


 仕方がないでしょ。回想シーンでチラッと出てくるだけだなんだもん。


 時期が美咲お姉様にフラれた後ってくらいしか情報がなかったんよ。場所もはっきり描かれてなかったし。それがまさか京都の修学旅行だったなんて、そんなん想像できんわ。


 どうしよ、どうしよ。ヒロインとヒーローの出会いイベントに悪役お嬢様の私が乱入したら滅茶苦茶やんけ……って、待てよ。これは逆にチャンスなんじゃね?


 この思い出をぶっ壊してしまえば、ヒロインが大鳳学園に入学するのを阻止できるよね。そしたら私のはめフラ回避じゃん。


 えっ、他人の思い出を土足で踏みにじるようなマネをして人として恥ずかしくないんかって?


 ふんっ、私は悪役お嬢様よ。ヒロインの邪魔をしてなんぼでしょうが。


「あの……ありがとうございます」


 ぺこりと茉莉ちゃんが頭を下げる。


「おかげで少し元気が出ました」


 上げた顔は健気な笑顔。

 うっ、とっても良い子。


 ご両親を亡くしてツラいでしょうに、気丈に振る舞うなんて。心配させまいとしてるのね。


「そう? それはよかったですわ」


 でも、私はほだされないわよ!


「もう大丈夫みたいですわね。それでは滝川様、これでお暇いたしましょう。みなさん、お待ちかねでしてよ」


 ホントはヤツら私達の事なんて忘れて涼んでお昼食べてるけどね。だけど、これ以上、二人の関係を進展させん。


 確か決定的なセリフはジャスミンの花言葉だったはず。滝川の口を封じてしまえばミッションコンプリートよ。


「待て清涼院」

「なんですの?」


 ぐだぐだ言ってっとテメェの口を物理的に封じるぞ。永久に。


「彼女の問題が解決していない」

「笑顔も戻って元気そうじゃありませんか」

「鈍いヤツめ」


 ムカッ!


「あれは空元気だ。微妙に表情が暗いだろう」


 そんなん分かっとるわ。ちっ、こんな時ばっか鋭くなりやがって。普段は他人の機微に疎いくせに。


 くそっ、このままじゃまずい。だけど、やきもきする私をよそに、滝川は茉莉ちゃんへの興味を強くしてしまっている。


「瀬尾といったな」

「はい」

「俺でよければ話を聞くぞ」

「でも……」


 まったく、ずけずけと他人の中に入り込むんじゃねぇよ。そんなデリカシーがないからお前は美咲お姉様にフラれたんじゃ。


「実は俺もつらい出来事があって落ち込んでいたんだ」

「あなたも?」

「ああ」


 なに神妙に頷いてんねん。テメェはただの失恋やろがい。身内の不幸を一緒にすんじゃねぇよ。辛さの重みが違うわ。


 だがまずい。今の言動は同じ苦しみを背負う者同士との共感を得たんじゃね?


「心の内にある苦しみを打ち開ければ楽になることもあるだろう」

「そう……ですね」


 やっべぇ。いい雰囲気になってやがる。


 だけど、ここで茶々を入れるのはあまりに空気が読めない者のすること。私は配慮、気配りのできる女。その評判に傷はつけられん。


「私、お父さんとお母さんに酷いことを言ったの」

「そうか」

「大っ嫌いって……言っちゃたの」

「本当は好きなんだな」

「うん、大好きだよ」


 あの人の話を聞かない滝川が傾聴しているだと!?


「それなのに私は……二人に酷いことしたの」

「それはつらいな」

「あ、あれ?……やっ、な、涙……が……うっうう……」


 苦い記憶と共につらい気持ちも思い出しちゃったのね。無理に笑っていた茉莉ちゃんが再び涙を流し始め、それに気づいて涙を拭って押し留めようとしてる。なんて健気けなげなの。


「泣きたい時は泣けばいい」


 苦しい思いも辛い記憶も涙と一緒に流れていくからって、滝川が早見みたいなセリフを!?


 しかも、不器用に茉莉ちゃんの頭を撫でやがった。茉莉ちゃんも滝川にすがって泣きじゃくってるし。くぅ、こんなとこはやっぱヒーローとヒロインよね。


「ありがとう……ちょっと落ち着いた」

「そうか」

「うん、これからお父さんとお母さんに謝りに行ってくるよ」

「それが良い。きっと二人も許してくれる」

「ううん、それは無理なの」


 寂しく笑う茉莉ちゃん。滝川はその意味が分かっていないようだ。


「二人はもう私の言葉が届くところにはいないから」

「誠心誠意謝れば瀬尾の言葉は届くさ」

「届かないよ……どんなに大声で叫んでも私の声が届くことはないの」

「どうして?」


 そういうとこやぞ滝川。疑問を感じたら何でも口にするのはヤメレ。少し見直していたのに、やっぱデリカシー皆無やコイツ。


「滝川様、ちょっとはお察しくださいませ」

「何をだ?」


 あっ、バカ。せっかくコソッと耳打ちしたのに、茉莉ちゃんに筒抜けになったじゃん。ああ、茉莉ちゃんが申し訳なさそうにしてる。ごめんね、茉莉ちゃん。全部滝川が悪いの。


「あのね、私のお父さんもお母さんも事故で……」

「えっ……あっ……」


 滝川もやっと気がついたみたいで顔を青くする。もう遅いわ!


「ちゃんと生きているうちに二人にごめんなさいって言えば良かった」

「す、すまん」

「ううん、滝川君は悪くないよ。悪いのは私」


 ああ、ごめんね美茉莉ちゃん。滝川のバカが傷口をえぐるようなマネして。コラ、滝川、ちゃんと謝らんかい。


「この花はね、お父さんとお母さんが好きだったの」


 抱えていた花束をジャスミンの花束を見つめる茉莉ちゃんの瞳は寂しそう。彼女の胸にはご両親の思い出と一緒に後悔が占めているんだろうか。


「最後にせめてもの罪滅ぼしにお墓にそなえようと思って」

「最後?」

「うん、私ね東京の叔父さんの家に引き取られるの」


 漫画では花屋を営む叔父夫婦と暮らしていた。どうやら物語どおりに事態は進行している。


「だけど、こんなの今さらだよね。親不孝な娘だって、二人とも天国で怒ってるわね……きっと……」


 …………沈黙


 茉莉ちゃんは沈み込み、滝川はどうして良いか分からず、私は関わり合いにならないよう息を殺している。


 気まずい。とっても気まずい。


 だけど、このままいけば私のはめフラ回避できる。回想シーンによれば滝川が茉莉ちゃんの心を救う出来事が、彼女が大鳳学園を目指すきっかけ。


 滝川がアホなおかげで美しい思い出はしっちゃかめっちゃか。まあ、私が乱入したせいもあるかもしれんが。


 いずれにせよ、これで私はヒロインと関わらずに済むはずなのだ。


 そう、はずなのだが……


 滝川も捨てられた子犬のような目で私に救いを求めてきやがる。さっきまでカッコよく決めてたくせに、手に負えなくなったら私を頼るんかーい。


 自分で蒔いた種は自分でなんとかせい……って突っぱねたいんだけど。


 チラッと茉莉ちゃんを見れば涙を堪えているのが分かる。きっと私達に心配をかけまいとしているんだろう。


 良い子よね。とっても。


 ああ、もうっ!


 「瀬尾茉莉さん!」


 分かった、分かった、分かったわよ!


「あなたご自分の親御さんを見損なっておりませんこと?」


 やってやろうーじゃないのさ!


 私は清涼院麗子。


 雨が降ろうが槍が降ろうが己が道を高笑いしながら突き進んでやるんだから。はめフラや断罪が恐くて悪役お嬢様が務まるかってーの。


 私はいつ何時、誰の挑戦でも受けてたぁつ!


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?