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第85話 麗子様はジャスミンを贈る。


「えっ?……見損なう?」


 茉莉ちゃんが目をパチクリさせてる。


「だって、そうでございましょう?」


 茉莉ちゃんは私が言いたい事がなんなのか、探るように私の目を真っ直ぐ見返してきた。


「メソメソ、メソメソとみっともなく泣いて」


 こんな高飛車な物言いされても怒らないなんて、やっぱり茉莉ちゃんはとっても良い子。きっと人が好いのね。


「これでは親御さんも草葉の陰で嘆いていらっしゃるんじゃありませんこと」

「お、おい、清涼院、いくらなんでも言い過ぎだ」

「黙らっしゃい!」

「うぐっ」


 グダグダ言う滝川の鼻先に神速の抜刀でビシッと扇子を突きつける。まったくオタオタして見苦しい。テメェがSOS出したんやろが。


「茉莉さん、あなたはご両親のことを何も理解しておりませんわ」

「会ったこともないあなたに何が分かるの」


 さすがに茉莉ちゃんもムッとして反論してきた。まあ、当然だわな。


「ええ、お会いしたこともありませんわね。それでもはっきりと分かることもありますわ」


 私は扇子の先を茉莉ちゃんの持つ花束に向けた。


「あなたのご両親はその花を愛されておいでだったんですわよね?」

「え? ええ、そうよ、お父さんもお母さんもジャスミンが大好きだったの」


 それは半分正しく半分間違っている。


「いいえ、もともと好きだったのではないと思いますわ」


 茉莉ちゃんの花束から一輪だけ抜いて口元に持ってくる。ジャスミンの独特な甘い香りがふわりと私の鼻をくすぐった。


「あなたがいたから、茉莉さんがお二人の娘として生を受けたから好きになったのですわ」

「どうしてそんな事が分かるの?」

「茉莉さん、あなたはご自分の名前の意味をご存知?」

「私の名前?」


 私はクスッと笑うとずいっとジャスミンを茉莉ちゃんの前に突き出す。


「茉莉とは茉莉花まつりかから取った名前ですわ」

「茉莉花?」

「ジャスミンのことですわ」

「私の名前がジャスミン……」

「そして、ジャスミンの花言葉は幸福、あなたと一緒にいたい、ですわ」


 娘の幸福を願い、いつでも一緒にいたい茉莉さんの親御さんの思い。それが原作で滝川和也が瀬尾茉莉にかける励ましの言葉。


「それが私の名前の由来……お父さんとお母さんの願い」

「ええ、茉莉さんへの愛があればこそ、お二人はジャスミンを愛したのですわ」


 その意味を諭して滝川和也は瀬尾茉莉を慰め奮起を促す。


「ですが、それだけではありませんわ」


 だけど、今なら分かる。前世三十年の経験が私に教えてくれた。茉莉ちゃんが産まれた時のご両親の喜びを、彼女が産まれてきてくれた感謝を。


「ジャスミンの語源はペルシャ語のヤースミーンですわ」


 だから、茉莉という名前に篭めた二人の想いが私には理解できる。


「その意味は神様からの贈り物、ですわ」

「神様の?」

「そうですわ。茉莉さんはお二人にとって神から与えられた贈り物。あなたを授けてくれてありがとう、娘になってくれてありがとう、その感謝の思いこそ茉莉という名前なのですわ」

「それじゃあ二人がジャスミンを好きな理由って」


 茉莉ちゃんが両手で口を覆った。その大きな両目に涙が浮かぶ。


「この花は茉莉さんそのもの。あなたを愛しているから。心から愛しているから」


 ジャスミンを好きと言った二人は、その花に娘の姿を見ていたのだ。


「じゃあ、いつもジャスミンがどの花より大好きだって言ってたのは……」

「ずっと茉莉さんを誰よりも愛しているとおっしゃっておられたのですわ」

「お父さん……お母さん……」


 茉莉ちゃんの頬をポロポロと涙が伝い落ちていく。拭っても拭っても押し留められず次々と。


「ご両親の思いはずっとあなたの傍にありますわ。茉莉という名前はご両親の茉莉さんへの愛そのものなのですから」


 泣きじゃくる茉莉ちゃんを抱き寄せ、優しく頭を撫でる。


「もうお分かりですわね。お二人はずっとあなたを見守っていらっしゃいますわ」

「うん……うん……」


 どれくらい経っただろう。


 茉莉ちゃんは悲しみの残滓をグイッと拭い去った。


「もう大丈夫です」


 私に真っ直ぐ向ける瞳にはもうかげりはない。


「ありがとう」

「どういたしまして、ですわ」


 涙と一緒に多くの悲しみも流したのだろう。上げた顔には笑顔が戻っていた。


 だけど悲しみが全て無くなったわけではない。どうやったって両親を亡くした悲しみは消えやしないもの。それでも流した涙の分だけ前に進む力を茉莉ちゃんは得たのだと信じたい。


 これできっと茉莉ちゃんは物語の中に入ってくるんだろうなぁ。茉莉ちゃんが大鳳学園の高等部に入学してくれば、悪役お嬢様の私と対決することになるかも。


 それでも私は今日のことを後悔しない。たとえ破滅の未来が待っているとしても。


 だって私は――


「私は清涼院麗子ですわ」

「えっ?」


 私は茉莉ちゃんの肩をポンッと叩くとそのまま通り過ぎる。


「滝川様、戻りましょう。みなさんお待ちかねでしてよ」

「あ、ああ……」


 今度こそ滝川の首に見えない鎖をつけてから、私は茉莉ちゃんを振り返って笑った。


「それでは瀬尾茉莉さん、ごきげんよう」

「は、はい、ごきげんよう?」


 ――天下無敵のドリラー悪役お嬢様なのよ。


 私はヒロインだって救って、自分も救ってみせる。


 はめフラがなんだ。断罪がなんだ。そんなもので私は生きる道を違えたりはしない。自分の気持ちを裏切ったりしない。


 だって、私は好き勝手に生きてやるって決めたんだから!


「またいずれお会いいたしましょう」

「う、うん、またね」


 大鳳学園で待ってるからね、茉莉ちゃん。


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