「呼び立てて済まない清涼院」
修学旅行最終日前夜、ホテルに戻ると滝川に呼び出しを食らった。なんでも大事な話があるんだとか。この清涼院麗子を名指しで呼びつけやがって。いい度胸してんな、おい。
「いえ、まったく問題ありませんわ」
まあ、面と向かって文句は言えんけど。
「それで、このような場所に呼んで、いったい何の御用でございましょう?」
修学旅行。最終日前夜。ホテルのロビーラウンジで二人っきり。大事な話。ふふふ、見目麗しき男女が顔を突き合わせるイベントですか。いったいなんのお話かしら?
うーん、考えられるのはやっぱアレですかね。告白ターイム。
先日の茉莉ちゃんの一件で私に惚れちゃったのかな? かな?
旅先の解放感で思いのタガも開放されちゃうことってあるものね。
いやぁ、でも困っちゃっうなぁ。確かにぃ、滝川はめっちゃイケメンだけどぉ。でもでもぉ、私は別に滝川のことなんて何とも思ってないしぃ。まあ、返事は誠意を持ってきちんとお答えしないわよね? よね?
ふっ、モテる美少女はツレェわ。
「実はな、清涼院にこれだけは伝えないといけないと決心したんだ」
「まあ、それはそれは」
そこまで私への恋心に思いつめていたなんて。だけどごめんあそばせ。私にはお兄様っていう心に決めた人がいますの。
お気持ちは嬉しいけどお受けできませんわ。ごめんなさいね。
「俺は瀬尾の一件で思い知らされた」
「はあ? 茉莉さんのでございますか?」
私は不思議そうに小首を傾げたけど……むふん、やっぱりね。まあ、我ながらちょっとカッコよかったかなとは思ったもの。あれで惚れるのも無理ないわ。私なら惚れる。
「清涼院、お前は俺よりずっと大人だなと」
「そんなことありませんわ」
「いや、お前は凄い奴だ」
「滝川様や早見様には遠く及びませんわ」
まっ、内心じゃお前らより大人で、私スゲェェェって思ってるけどね。
「今回の件で俺はやっと自分の気持ちに向き合えた。やっと自分の気持ちに気がついたんだ」
「まあ、そうなんですの」
ふふふ、私への恋心に目覚めちゃったのね。だけどザーンネン。あなたは私にフラれて二度目の失恋を味わうのよ。
「清涼院、俺は……俺は……お前のことが……ずっと……」
まあまあ、言い淀んじゃうほど思いつめちゃって。さあ、その思いの丈を私にぶつけなさい。応えてはあげられないけど。
さあさあさあさあ、告っちゃいなよ。
「ずっと大嫌いだったんだ!」
「はぁあ?」
「いや、今でも俺はお前が嫌いだ」
なんだとコノヤロー! ケンカ売ってんのか、あ゙ぁ゙ん゙!
「滝川様、そのおっしゃりようはあまりに失礼ではありませんか?」
「すまないとは思っている」
滝川が珍しく申し訳なさそうにしてるが、そんな顔して告白するくらいなら胸の内に止めて黙っとけよ。お前なんて嫌いだって面と向かって言うかフツー。
「だけど、なぜか清涼院を尊敬しながらも好きになれなかった。それが分かってやっと自分の愚かさにも気が付けたんだ」
あーあ、さよけ。私にもモテ期到来かって期待したのに、テメーにはガッカリだよ。
「清涼院への悪感情が俺の目を曇らせていたんだな」
お前は美咲お姉様への恋心が全てを曇らせてたんじゃ。
「どうしてもお前を認められなかった。ずっとお前に負けない。勝ちたいと思ってきたんだ」
「別に私達は何かを競っているわけではないでしょう」
私が呆れた目を向けると、滝川は自嘲して頷いた。
「そうだ、勝つとか負けるとかそんなことじゃなかったんだ。清涼院からすれば俺は滑稽に見えただろう?」
「別にそこまでは……」
バリバリ思ってんけどな。完全にピエロだったもんな。お前。
「はは、完全に俺の一人相撲。俺だけが空回りしていたんだな」
なんだろう。滝川がいつもより大人びて見える。うん、目の錯覚だな。きっと。
「俺は何よりも己自身と向き合うべきだった。清涼院が瀬尾に名前の由来を教えた時に、瀬尾が両親の愛情を知った時に、俺はそれに気づかされた。俺も自分のことを何も分かってはいなかったんだって」
滝川が目を閉じしばし沈黙する。
何だろう……いつにないシリアス展開だ。あたしゃ三分以上深刻な話はできんのじゃ。おちょくりてぇ。だけど麗子、我慢の子よ。
「俺は父さんにも母さんにも理解してもらえないと嘆いていた。だが、何のことはない。理解していなかったのは俺の方だった」
相手を知ろうともせず、自分の主張ばかりでは誰からの理解も得られない。しごく当たり前のようでいて、意外と誰もが陥る妄執。それが「誰も自分を理解してくれない」である。
「なあ清涼院、俺は小さい男だな」
滝川様は平均身長より大きいですわよって茶化してぇ。もう、空気が重くて堪えられないねん。でも、お口にチャック、黙って耳を傾けて聞いてやるぞ。私ってイイ女。
「美咲とのことで俺は自分を世界で一番不幸だと勘違いしていた。だけど、世の中には色んな苦しみを背負って生きているヤツが大勢いる。そんな簡単なこと頭では分かっていたのに」
「不幸は比べるものではありませんわ。痛みも苦しみも自分だけのもの」
同一人物でさえ同じ不幸にみまわれても時間や場所によっても苦痛の度合いは変わるのだ。俺の方が不幸だ、お前の方がつらそうだ、なんて比べるべくもない。
「滝川様、他人からすれば些細なことでも誰よりも苦しむこともあるものですわ」
苦しみの中でもがけばもがくほど人は自分だけが苦しんでいる、自分が世界で一番不幸なんだと錯覚してしまうもの。まだ十やそこらの小学生である滝川にそれを分かれと言うのは酷だろう。
「清涼院、やっぱりお前は凄いヤツだよ」
「あら、今ごろお気づきになられましたの?」
ふふっと笑うと釣られて滝川も口の端を僅かに上げてニヤッと笑った。
「この修学旅行……清涼院のお陰で忘れられないものになったな」
「お役に立てたのなら幸いですわ」
クスクス笑う私を滝川がジーッと見てきた。私がイイ女だからって見つめちゃイヤン。惚れるなよ滝川。
「清涼院、ありがとう」
その礼は何に対してだったのだろう。だけど滝川はそれから口を閉じたっきり。いったい何を考えているのやら、黙ってロビーから一望できる京都の夜景を眺めている。
なんとはなしに滝川と並んで私も夜景に見入った。
夜の闇の中にたくさんの光が浮かぶ。あの中のどこかに茉莉ちゃんもいるのかな。滝川も同じことを思っているんだろうか。
私達は何も語らずただ光を眺め、そのまま夜はふけていく。
思えば私はこれまで君ジャスのストーリーに抗ってきた。その甲斐もあってお兄様との仲は良好だし、滝川との婚約は回避できている。
だけど一方で滝川は美咲お姉様にフラれ、ヒロインである茉莉ちゃんと邂逅を果たした。
この世界には君ジャスの物語をなぞるよう矯正する力があるのだろうか。
この先、茉莉ちゃんは大鳳学園に入学し、滝川とラブストーリーを展開するのはこの世界の既定路線なのかもしれない。
いくら足掻いても私が悪役お嬢様として破滅する未来は避けられないのかな。
最後にそんな暗い影を落としながら私達の修学旅行は幕を閉じた。