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4:至高のもつ煮込み

初日の座学と実技を終えクレイさんの事務所兼家に帰ってきてシャワーを借りる、思っていたより粉塵が舞っていたようで髪が絡まる。森の中を彷徨っていた時よりマシだけど粉塵も厄介


カンカンカンと階段を登ってくる足音についでピンポーンと呼び鈴がなる


「どちら様ですか?」

フォークリフトに興奮していたメーベも今は従者モードに戻っている


「クレイです。都合が良ければ今日は皆さんの歓迎会を開こうと思いまして」


「どうしましょう?」

小声でメーベが私に聞いてくる、簡単に信用しても良いのかということだ、色々と考えた末

「行きましょう」

彼らとの友好関係の確立を優先することを選び私は答えた



工場の丘の下に有るお店に通された私達エルフは総勢9名、クレイさん達は運送部門の方々が8名、看板には大きな文字でおそらく店名が書いてあるが私達には読めなかった


「いらっしゃい」

お店は貸し切りで客は私達だけ、靴を脱ぎ座敷と呼ばれる席に通される、クレイさんの家の一室にもこんな床の部屋が有った、彼らの技術を考えると草を編んだこの床は少々不思議な感じもするがこれも彼らの文化なのだろう、技術の塊のように見えて自然との調和も感じられる文化を好ましく感じる


全員が席に着くと私達に緊張が走る、原因は昨日の食事にある


昨日の夕食は突然だったためレトルトのカレーというものだった食べ方のメモが残っていたのだけど四苦八苦、一つは床にぶちまけてしまい、もう一つは破裂するのではというくらい膨らんだのを見て慌てた従者の一人が急いで取り出して火傷、朝は寝坊で食べれず昼に出てきたお弁当も見たことのない食材と箸に戦々恐々、カレーも含めて味は美味しかったけど食材も食べ方も文化が違いすぎて怖いのだ


箸も置いてあるがナイフとフォークとスプーンが出てきたことで、ひとまずほっとした


店の主がニコニコしながら声を掛けてくる

「あらかじめドワーフの皆さんにお聞きしてエルフの皆さんが食べられるものを用意しているつもりですが信仰する神様に食べてはいけないなど決まっているものがあれば教えて下さいね、体質的に食べられないものも言ってくださって大丈夫です」


小さなお店なのに気配りが凄い!出てくる食材も何なのか先に教えてくれるという

「アルコール…え~と酒精の入った飲み物は大丈夫ですか?」

奥さんかな?女性が聞いてきたので大丈夫だと伝えエールに近いというビールを頼む、クレイさん達も全員ビールだった、他の種族との会合でも例外はあるが最初はその土地の種族に合わせて飲むので似たようなものだろう


全員がジョッキと呼ばれる透明で分厚いグラスを手に持つ様に指示される、儀式のようなものだろうか?手に持つとクレイさんが立ち上がり


「では、ここにたどり着けたエルフの皆さまの歓迎とたどり着けなかったエルフの方々への弔いを込めて乾杯と献杯を」

献杯も含まれる為、皆声は出さずにジョッキを突き出し喉を潤す


そこかしこから


くぅぅ~ だの ぷはぁ~ だの聞こえてくる


ありがたい…これは私達に一つの区切りをつけさせてくれるためのものだ


一息つくと料理が小さな小皿で運ばれてくる

「まずはこちら、ホーボー鳥のポン酢和えです」

ホーボー鳥ならば私達も普段から食べる食材、ぽんずが何なのかは解らないけど、一口食べて酸っぱさで顔がしかむが一瞬だけ、心地よい酸味が染み渡る


次からは豚と呼ばれる家畜化されたボアの肉が出てくるということだ、ボアも食べるが獣臭さが強いのだが出てきた串からは獣臭さはなかった


「エール…じゃなかった、ビールのおかわり下さい!」

従者の子達もだいぶ緊張が解れてきたみたい、おかわりが進む

「冷たくて美味しいですねぇ、まっちゃんさん達はいつもこんな物が飲めるんですか!うらやましい」

「ここに来たんだからエリィちゃん達も飲めるじゃねぇか!」

がははと笑うクレイさんの部下…部下で良いのかしら?歳的にはクレイさんより歳が上に見える、それにしてもいつの間にか名前で呼び合ってるし


「ほうほう、あの弓はあなたが考案したものなんですか」

「考案っていうのは違うかな向こうの世界で元々有ったものをうちの素材とドワーフの技術で作ってもらったのさ」

メーベと話しているのはノウミさんという方、武器の開発はこの人が絡んでいるようだ


「ガツ刺しお待ち~」

豚の胃袋らしいのだけどさっき食べた上シロと呼ばれるものとは真逆でコリコリとして歯ごたえがあってさっぱりとしている


「あのさっきの上シロというのをお願いできますか?」

「あいよ」


「上シロ気に入りましたか?」

取り皿を持ってきたクレイさんが隣に座る

「上シロは僕もお気に入りなんで気に入ってもらえたら嬉しいです」

「さっぱりしたガツ刺しも好きですが、なんというのでしょうあの上シロの柔らかい食感とタレが絶妙で」

「でしょう」

クレイさんは大将と呼ばれる店の主に親指を立てている、そっかクレイさんも好きなんだ…


「そろそろメインディッシュが来ますよ、ん?どうしました?」

「いえ!なんでもないです」

「そうですか?」

「は、はい!大将ビール下さい!」

酒の席、酒の席と心のなかでつぶやいていると鉄の鍋が幾つも運ばれてきた


「メインのもつ煮込みです。蓋をしてニラ…上に乗っている青い野菜がしなってきたら食べごろです。熱いので気をつけて、〆方は雑炊とうどんとラーメンがありますから後で注文して下さいね」


〆方というのが解らないけど澄んだスープに鼻をくすぐるような香辛料の香りこれは美味しいにきまっている、まだかなまだかなと年甲斐もなくウズウズしているとクレイさんのクックッという笑い声が聞こえてきてしまい顔が赤くなる…お酒が入っていてよかった


「すいません、昨日まで張り詰めていらっしゃったから楽しそうな姿が見れてホッとしてしまいまして」


そんなだったかしらと思いつつ昨日までは明日をもしれぬ生活だった、今日こんな風にしているなんて夢にも思えなかった、会えなくなった仲間たちの顔がよぎる


「すいません!無神経でした」

謝るクレイさん、気がつけば涙が流れていた


「いえ、謝らないで下さい。本当に気遣ってもらえて感謝しています。ありがとうございます」

しんみりとしてしまう。クレイさんと一緒に来たどらいばーさんたちも向こうの世界のことを思い出してしまったのかしんみりしている


「もう良い頃合いですよ」

大将さんが明るい声を掛けてくれた

「さあ、頂きましょう。これを食べて明日はクレイさんのフォークリフト講習を全員合格です!」

「「おお~」」

私達エルフだけでなくどらいばーの皆さんも声を上げてくれた


そうだ私達は生き残り希望も有る、頑張らなくちゃ

気持ちを切り替え私達は飲んで騒いだ、もつ煮込みに舌鼓を打ち私達の〆はクレイさんおすすめのラーメンを頂いてその日はお開きとなった


調子に乗ったメーベが日本酒に手を出し、翌日の講習をリタイヤしたのも今じゃ定番の笑い話になっている

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