「クリシュナお姉ちゃん、そこ点が一つ多いよ」
「え?あ本当ね、ありがとうリサちゃん」
隣でそういったのは大将さんの娘のリサちゃん、私は今大将のお店のお座敷で一緒にお勉強中、大将さんとデリアは仕込みの真っ最中
あの日以来私はエルフの里の復興に向けてのヒント探しを始めた
今のまま何処かに場所を見つけ復興したとしてまた同じ様に奪われる
ここにいる間に力を蓄えるのだ、そのためにはもっと深く彼らを知らなければならない、文字を覚え歴史を知り教訓を活かすのだ、それにしても文字が多い、今はひらがなを覚えているがカタカナに漢字、他にもアルファベット、日本人は一体どれだけの文字を使いこなしているのだろうか
リサちゃんは今年で6歳なのだけど既に漢字を覚え始めている、覚えなければならないのは文字たけではない単位も様々、グラムにセンチにリットル等々
隣を見ればリサちゃんは複雑怪奇な漢字を書いている全く読めない、ん~とリサちゃんが伸びをする
「お父さん、疲れた~」
大将さんはリサちゃんのドリルを確認すると
「よく出来てるね」
と頭を撫でる、ついで私のドリルを見て引きつった笑顔で
「頑張りましたね」
と…
「リサ、お姉ちゃんと神社行きたい~」
「ん~そうだね~ちょっと息抜きした方が良いかも、行ってきな」
やったーと両手を上げるリサちゃん、こうなっては断れるわけもない
「あのね、真ん中は神様が歩く道だから開けておかなきゃいけないんだって」
新緑の参道をリサちゃんと歩く、此処は騒々しい工場を表とするなら裏にある静かな空間つくづく不思議な文化だと思う、全く別の文化のようでいて彼らを見ると確かな繋がりを感じる
長い年月を感じさせる石の階段、エルフの文化とは違う物なのに懐かしさを感じさせた
手を繋ぎ階段を登る
隣にはなにかの施設、建物がある、誰も居ないところを見ると使われてなさそう工場の持ち物ではないのかもしれない
鳥居を先を見てリサちゃんを背中に隠した、何か居る
黒っぽい体に四つ足、魔物か?いや何か様子が変だ一向に動こうとしない、そしてよろけたと思ったらパタリと倒れてしまった
「たぬきさんだ」
リサちゃんは知っている動物らしい、私達の世界では見ない動物
「この動物は危険?」
「わかんない、でも危ないって聞いたこと無いよ」
近づいてみると息はしているがかなり弱っているどうしよう、怪我はしていないがお腹を見れば張っていて妊娠している様に見える
「たぬきさん死んじゃう?」
リサちゃんは不安げだ、動物の手当なんてわからないがどちらにせよ此処では何も出来ない
「一度私達の家に連れて行くわ、リサちゃんは一度お家に帰って」
「うんわかった、お父さんに話しておくね」
怪我ではないなら治癒魔法では回復しない、効果があるかわからないが魔力を分け与えて救援を待った
「たぬきですか…体温が低い気がしますね、ちょっと手伝ってもらえますか」
一階の事務所にいたクレイさんを呼び部屋に来てもらうと彼は段ボールに入ったたぬきを見てそういった、今まで入ったことのない部屋にはいる
「ここは社長の息子さんの部屋で出ていったあと使ってなかったんですが何度か入った時に見たことが有った気がして」
コードの伸びた敷物が有るので探して欲しいということだった
部屋の中には棚一面の書籍
「この辺で見た気が…」
ゴソゴソと段ボールをどかすクレイさん、私も一緒になって探す
「これでしょうか?」
赤い座布団と呼ばれる敷物に見えるが薄くてコードが伸びている
「それです、それです」
クレイさんはそれをたぬきの下に敷くとコードをコンセントに刺した、電気座布団といって温めてくれるのだという
「弱っているようだしできるだけ細かい物が良いでしょう」
そう言って冷蔵庫からババナを取り出してボールの中で潰していく
「食べてくれると良いんですが」
ボールをそばに置き様子を見る、見ても落ち着いたのか悪化したのかはわからない、やがてメーベたちが帰ってきてクレイさんはレシーバーを置いて帰っていった
代わる代わる交代でたぬきの様子を見た、気がかりで寝付けないでいると
「食べた」
「食べたわ」
「食べましたね」
そんな声が聞こえてきて安堵して眠りについた
起きるとそれぞれには仕事があり結局私が面倒を見ることになった、昨日よりは元気になったと思いたい
「父親は何処に居るんだろう」
張っているお腹を見てなんとなくそう呟いた
「亡くなりました」
ギョッとしてたぬきを見れば
「驚かしてしまってすいません」
目が合った
「与えてくださった皆様の不思議な力で子供たちを生むことが出来そうです、ありがとうございます」
あちらの世界の動物…は喋るのだろうか、それに皆様と言った私だけでなくメーベ達も魔力を分けていたみたいだ
苦しげな声とも鳴き声とも区別できない鳴き声がする
「赤ちゃんたちを…」
え!もしかして今生まれるの?レシーバーで助けを求める
突然の事に見守ってやることしか出来ない
メーベ達が帰ってくる合間にも、きゅ、きゅと産声を上げて生まれてくる仔たぬき達、気がつけば工場長さんまでやってきていた
6頭の子供を産み落とし母たぬきは事切れた
まだ温かい母たぬきに乳を求める仔たぬきたちを手慣れた手つきで取り上げて、用意した産湯で洗う工場長さん
「貰ってきました」
「借りてきました」
と工場の従業員さん達が手に持っているのは家畜の乳と哺乳瓶というお乳を上げるための瓶だった、きっと有るだろうと大将さんの家に行き借りてきたのだ
手際の良さに唖然としていると
「手伝わんか」
と小さいがはっきりとした声が聞こえてきてそれぞれが動き出す
「人様のペットにケチはつけるつもりは無いが、場内は危険なので責任を持って飼って欲しい」
落ち着いたタイミングで工場長が話し始める、意外と飼育に関しての注意点が多い後ろにいる従業員さん達が笑いを噛み殺しているのは普段の工場長さんとイメージが合わないから?
「あの一つお聞きしたいのですが」
私は手を上げて工場長さんに質問する
「そちらの世界の動物は喋る…人の言葉を話すんでしょうか?」
全員が、はぁ?という顔をしているやはりこちらと同じで喋らないらしい
「たぬきに化かされた?」
言っている意味がわからない、私が母たぬきのことを話すと民話などではそういった話もあるが現実には有りえないという事だった
「この子達ももしかしたら喋るのかなと思いまして」
一同喋ったとしてどういった対応をすればいいのか思案しているようだが工場長さんが
「それは追々考えるとしてまずはちゃんと育てることを念頭に置きなさい」
ぴしゃりと言われてしまった。それもそうだ
結局注意事項をメモを取らなければいけないぐらい言って工場長さんは帰っていった去り際に
「母親の方はこちらで弔ってあげましょう、それと明日も様子を見に来ますから」
と言い残して母たぬきの亡骸を引き取っていった
きゅうきゅうと鳴く仔たぬきたち、新しい生命の姿に私達は感動していた、失い続けた気持ちを暖かくしてくれるものだった