「可愛いねぇ~」
飼育小屋に入って眠る仔たぬきたちを小声で愛でるリサちゃん
私のお願いで社長の息子さんの部屋は余計なものを物置に移動させて仔たぬき達の飼育部屋兼私の勉強ルームということになった
聞けば壁一面の書籍は子供の頃からの教科書や参考書に歴史書まで置いてあるとのことで育てながら勉強するのにちょうどいいと思ったのだ
ありがたかったのは日本や向こうの世界での偉人にまつわる漫画と呼ばれる読み物、絵がついているので覚えやすくて面白い
「リサちゃんこの文字解る?」
「これはねぇ~」
大将さんが歴史好きなせいか、その歳では覚えないはずの漢字まで知っていたりするのですごい助かっている
「おだのぶなが!お父さんが一番好きな…え~とぶしょうさん」
「ぶしょうさん?」
「そう!ぶしょうさんは皆国を持ってて全部の国を一つにしようとしてた人たちだってお父さんが言ってた」
族長みたいなものか、これは為になりそう、そう思っていると
きゅうきゅうと大合唱が始まった、お乳の準備をし始めていると
「シュナお姉ちゃん、私も手伝いたい」
愛らしい姿にかつて妹と呼んだ子が脳裏にちらつく
「お姉ちゃん?だめ?」
「ううん、ありがとうじゃあ冷蔵庫から卵とってもらえるかしら」
「はーい」
薄々気づいていたことだけどこの丘にある物は減らない、卵を使っても次に扉を開けると元あった場所にまた卵が有る
工場で仕事しているメーベから資材を使っても気がつくと同じ量になっていると報告が上がっているし大将さんのお店で働いているデリアからも冷蔵庫から取り出した食材が元に戻っていると報告が来た
最初の80人から40人に減ったとはいえ一つの集落で40人も人が増えたのなら食料事情は大変なことになるはずなのにそんな様子がない理由はこれだ
隠しようのないことだからだろうか?彼らはこのことについて何も言わない、一言もだ、でもそれだけじゃない彼らはなにか隠している気がする…
聞いたら教えてくれるだろうか?追い出されてしまうだろうか?勇気が出ない、それに此処を離れて私達がやっていける手立てがまだ見つかってない、今はその時じゃない
「リサちゃんお願いね」
哺乳瓶を渡し壁一面の書籍を見る、一つでも多く早く学ばねばならない
「ママでちゅよ~、いっぱい食べまちょうね~」
優しい子、きっとこのこの居た世界はこういったことが当たり前なのだろう、警戒心というものが私達のそれとはまるで違う
きゅうきゅうの大合唱とはしゃぐ声は平和そのものだ、こんな世界を私も作りたい
お腹いっぱいになった仔たぬき達は寝息を立て始め私は小さな先生の指導の元、勉強に戻った
深夜、鳴き声で起こされる
仔たぬき達の鳴き声ではない、もっと大きく恐ろしい鳴き声
「クリシュナ様…襲撃のようです」
「そのようですね」
支給されたコンパウンドボウを手に城壁に登る、漆黒の闇を投光機が照らし出す、圧倒的有利だったはずの魔物たちは姿を捉えられパニックに陥っているようだった
ヒュ ヒュ
尾を引くように光る弓矢が魔物めがけて放たれる、魔力を付与された矢だ
「我々も急ぎましょう」
メーベ達は頷き散開し応戦する、高さ10メートルはあるコンクリートの城壁から一方的に矢を放つ圧倒的な優位
逃げずにその場に留まる魔物も居るがよく見れば脚にはワイヤーが食い込み逃げないのではなく逃げられないのだ
バスンッ
一際大きな音が響いた何事かと見れば人が城壁の外にいる
バスンッ
もう一度その音が響けば照らされていた魔物の頭が比喩ではなく砕け散った
「なんなのアレは…っ!あぶない!」
何をしているのかまごついている人影に迫る魔物目掛けて矢を放つ
痛がる鳴き声、当たったようだ人影は棒のようなものを魔物に向けると
再びバスンと大きな音が鳴り響き魔物は動かなくなった
しばらくして辺りは静まり返り襲撃は終りを迎えたようだ
「それにしてもアレは一体…」
戻ってきた人影はノウミさんだった
「さっき助けてくれたのはクリシュナさんでしょう?ありがとう、いや実戦投入は初めてで」
そういって棒のようなものを見せてくれた
「散弾銃っていうんだけどゲンさん達のお陰でやっとできたんだ」
「あとで詳しく教えてもらえますか?」
「いいよ、というか明日説明会を開くからそれでもいいかな?」
これを?秘匿しない?知れば知るほどこの人たちのことが解らなくなり軽いめまいがした
その後は誰も外で確認などはしなかった、朝になり視界が確保してからということだ
クレイさんがノウミさんに怒っていた様子からして外での攻撃も予定外だったらしい
その場は解散となり城壁の見張りも交代となってそれぞれ家に戻る
「姫様、音だけは聞こえていたのですがどの様な武器だったのですか」
メーベが聞いてくるが詳しいことは私にもわからない、ノウミさんに言われた通り後日の説明会を待ってとだけ伝えた
疲れた、早く眠りたい、そう思って戻ってくれば飼育部屋から大合唱が響いていて皆で作業を分担し食事を与えやっと眠りについた、その日は里に居た頃の様に皆で引っ付き合い飼育部屋で眠ったのだった
「じゃあ実演いきま~す」
飄々としてなんとも気の抜ける声がかかる、人・ドワーフ・エルフ同席のノウミさんによる講習会を経て私達は射撃場へ移る
「あんな小さな引き金を引くだけで弓矢よりも早く弾が飛ぶなんて、しかも弾が複数とか」
処理が追いつかないのかメーベはブツブツと呟いている
「おっかねえ…」
作ったはずのドワーフ族もブツブツ言っている、一番複雑そうな顔をしているのは人族
彼らは銃、鉄砲の存在を元から知っているはずなのにあまり嬉しそうではない、織田信長の漫画を思い出すあの漫画の中では戦いのあり方を変えてしまったと書いてあった
もしかしたら彼らはそういった事を危惧しているのかもしれない、漫画では明るい雰囲気で描かれているが今の彼らの普段の営みからは想像しがたい血塗られた歴史
「上下二連式散弾銃、その名の通り2発弾を打てます。用意された弾はバードショット・バックショット・スラグ弾の3種類、それぞれ内蔵された弾の数や大きさが違い範囲や威力も違います。ちなみにシェルケース、包の部分にはスライムの表皮が使われています」
ノウミさんの説明が続く、標的は皆が馴染みのあるコンクリートのブロックが使用され全員が耳栓をして試射が始まる
それぞれの弾の試射が終わり、粉々になったコンクリートブロックを見る、彼らはそんなことはしないと思う気持ちとこの銃口が自分たちに向けられたらという気持ち、互いに同じことを考えているのではないか
翌日からは各種族の代表が集まり銃の取扱についての話し合いになった、紛糾とはならずそれぞれ腹の探り合いといった様相だ、この中で私達エルフは立場的には一番弱い、銃の製造にも弾薬の製造にも絡んでないのだ引っ込んでろと一喝されてしまえば何もいえない
しかし工場長から思わぬ提案が出た
銃の取り決めの前に種族間の同盟を明確にしませんかと、同盟の内容にも依るが立場としては一番強いはずの彼らが提案する義理はないはずだ、そこには彼らが共存を願っているように感じた
「同意です」
「同意しよう」
私もドワーフの族長も賛同しひとまず銃の扱いは保留、先に同盟の内容について議論が行われることとなった