「ぜひこちらでもドレスを!」
次に行った第二側妃のところでは、もう最初からこれだった。
と言うか、そもそもこの第二側妃は出身が海に近い領地で、侯爵と言えども商業活動に最も気合いを入れているということだった。
「いえいえそっちだけではなく、その刺繍についてぜひお教えいただきたく」
特にアマイデ妃が興味を示した。
「え? これに興味がそんなに?」
「はい。私どもの方では、常に新しい意匠を求めています。最近は何というか、女性でも男性でも、ともかく何というか、布地の上に何かとレースだのテープだのつけるのが流行っていたのですが、結果的にどうも淡色系の布地ばかり捌けてしまって、濃色系の生地の在庫が余るという事態になっているのですよ」
「濃色系、ね……」
確かに、俺達の一張羅は基本的には濃い色で染めたものに鮮やかな淡い色の糸で刺繍をすることが多いのだが。
「正妃様のところでは、動きづらいからドレスはお嫌だということをおっしゃったとか? 確かにそれはありますのよ」
「そこが今一つ判らないのだ。何故そんな動きにくい格好をこの国の女達はしたがるのだ?」
ざっくりと彼女はアマイデ妃に訊ねた。
「とりあえずこの国では、貴婦人はそうそう動かなくても良いからでございます。いえ、むしろできるだけ動かないことで、他の者の職を増やしているのですね」
「職を増やす」
「例えば私がこう言います。『お茶のお代わりをちょうだい』」
即座に召使いがやってきて、ポットを持って行く。
そして別の召使いが別のポットに入れてすぐに持ってくる。
「ここに要する人員が二人。そのぶんの仕事がある訳です。あと、彼女達のこの衣服を揃えることで、また外へ注文をし、経済が回っていくということです」
「うん、具体的な例をありがとう。アマイデ様はそれだけ賢いのに、何故わざわざ側妃になったのか?」
「無論それは、わが領地のためでございましょ」
ほほほ、とあっけらかんとアマイデ妃は笑った。
「私は商人の娘。実利のために動きます。沢山の人を雇い、仕事を作り、経済を回す。そのためにまず私が王家とつながることはとても大切」
「なるほど。潔いな」
「お褒めに預かり恐縮」
そこでそれまで母の影に居たユルシュ王女が話に入ってきた。
「お母様、もしこの刺繍作業を救貧院の人々にやってもらえたら、手作業としてどのくらいの対価になるのかしら」
「そうね…… 実際のところやってみないとは判らないわ」
「救貧院。そう言えば先日のエルデ王女との話にも出てきたが……」
「はい。お姉様が正妃様と共に担当なさっているのですが、もしお姉様が王位に就くことがあれば、私がぜひそのお役目を担いたいと思っておりまして。ですので、できるだけそういう手作業については、何かしら無いかといつも気にはかけているのです」
「成る程、貴女方は実に興味深い」
「そして私達自体、貴女様の様なタイプの方に似合うものは無いか、というのも常に考えているのですの。私の故郷は働く女が多いですので、おそらくは貴女様と同じ嗜好の者が多く。だとしたら、貴女様がお気に召す様な、そしてこの国でのドレスとしても素敵だと思われる様なものを考えさせていただけたら嬉しいのですけど?」
「成る程、承知した」
成る程。
バルバラの落とし所をよく見抜いたな、と俺はこの親子に感心した。