バルバラは「表」要員に対し、この王宮全体の細かい見取り図を作る様に命じた。
「国王から一応公式な図はもらっているが、それはあくまで表向きのものだ。天井裏、抜け道、死角などが無いか皆散って調べて欲しい。その間離れの世話はゲイデンとマスリーに任せる」
「了解」
ゲイデンというのは、この離れに林で倒した木々で簡単な椅子等をすぐに作った男だ。
マスリーは野営の際に火起こしをする男だ。
要するに調理要員である。
ただしこの場合は、時には狩りにも出る、ということだが。
食料はこちらの王宮の厨房に取りに行くことにしていた。
持って行く、と向こうから言われてはいたが、厨房の様子も知りたいので、マスリーにその辺りも観察する様に指示した。
残りが王宮自体の調査である。
その際に耳にしたことで気がついたことは記憶しておく様に、とも付け加えられている。
冬の最中に外でメモを取ることはできない。
だからここにやって来た者達は俺やお嬢を含め、重要なことを記憶する訓練ができている。証拠も残らない。信頼あってのことだが。
「お嬢の身辺警護は」
「これが居て、誰が手を出す?」
そう俺を指す。
「違いない」
「確かに」
そう皆で笑う。
実際俺とゼムリャもそうだが、バルバラ自身が小柄であっても相当の剣の使い手である。
何か咄嗟に襲われたとしても、殺気があれば反応できる。
ただし過信は禁物だ。それは領主様に散々言われている。
だからこその三人体制なのだ。
何処に行くにも離れないこと。
女しか行けないところにはゼムリャが目を光らせる。
一方、「裏」組は、河口辺りから次第に国内のあちこちに散りだしていた。
これは後で聞いた話だが、別れた彼等は基本二人一組で行動をしていた。
そしてそれぞれの側妃の出身の領地を中心に、各地の情報を仕入れていた。
バルバラへの連絡には鳩が使われていた。元々領内でも広域移動の際には連れて行くことがある。危険な状態に陥った時に、館に知らせるためだった。
今回はそれぞれの派遣員とバルバラの元との往復だったので、元々チェリに常駐している派遣員が、王宮近くに鳩舎を設置し、訓練を積ませていた。
それに気付けないチェリ王国もどうだろう、というのが派遣員の感想だが。
ゲイデンはこれらの鳩がやってきた時に手紙を受け取り、バルバラの手紙を付け、再び飛ばす役目をも持っている。
手紙の中身は暗号文だ。
「セルーメさんが面白いことを言っていた」
底本と数字を合わせる暗号をここでは採用した。
普段の通信だったなら、そこまではしないが、バルバラが国中に少数精鋭を放っているということを「あまり」知られない様にするためだった。
常識がある者なら、まず辺境伯令嬢がやってきた辺りで、帝国の手が回っていることに気付くはずだ。
何処かで何かが起こっていると。
それに気付けないのは、無知か馬鹿か、何処かでつまづいた者だけだ。