一見すると長閑な日々がそこから始まった。
側妃達のもとへはこちらから訪問することもあったが、王子王女達は訪問してくることが多かった。
「こちらではお茶会とかは開かないので、前触れだけしてくれればその時間に居る様にするので来てくれれば構わない」
バルバラは各側妃のところへそう伝えた。
まあすると下の王子二人が実によくやってくる。どうやら本当に俺に体術を教えてもらいたがっている様だった。
「そこまで筋肉がつくにはどうすればいいの?」
「いやそれは、元々の体質もあるし……」
「でも護衛騎士になるまで訓練したんだよね」
なので、俺はともかく弓矢の技術に関してはちょくちょく教える様になった。
「へえ、こんなこつがあるんだ」
「教えてくれませんか?」
「僕等の先生は、何かあまり狩りで的に当てることに熱心じゃないんだ。止まってる的に当てることは教えてくれるんだけど」
「止まっているのが基本ですよ。あとはちゃんと馬に乗っているなり、とっさの時とか不安定な状態でできるか、ということです。基本は大事ですよ」
二人の王子は素直に聞き入れてくれる。
エルデ王女はゼムリャも託児所育ちということで、その時の様子や場所や食事や人員や衣服、それに子供達にどの様なことを教えるのか、ということにずいぶんと興味を持ち、帳面持参でやってきて外のテーブルでよく話し込む様になった。
「救貧院の状態が今一つなのだけど、託児所が別についていたら、もう少し状況が変わるかと思って」
食べることができずに駆け込んできた者達が、ともかく働く手段を身につけることに集中して欲しいのだけど、子供のことが気になって手につかない、ということが多いらしい。
「独立したものは無いんですか?」
「そこまで手が回っていないのが現状ね。どうしてそっちは、それができたの?」
「必要があったから、としか言い様が無いですね。この国と土台が異なっていますから」
そう、チェリは一応真冬で無い限りは、そう簡単に死ぬことはない。
誰かが食料を与えないなら、誰かから盗み取って逃げ去るということができる。
だが北の地ではそうはいかない。
「放っておくと寒さで死ぬ子が殆どです。だから保護する。そして育てて、また皆のために働く。そうしていかないと、あの土地では生きていくのが難しいんです」
「あの辺りでないといけないのかしら? 辺境伯領はこちらとの国境近くの川の辺りまであるのでしょう?」
エルデ王女はその辺りの地政学をきちんと教わっている様だ。
ただやはりそこは学問上のものでしかない。
「森林と山。そして土。これらが大きな壁となっています。未だ、そちらとの間にある大きな山脈を直接まっすぐに越えることはできません。海路を取るのはそのためです」
成る程、とそれもまた帳面につける。本当にエルデ王女は生真面目なのだろう。
一方、ユルシュ王女はバルバラの服をじっと見ては、やはり帳面を持ち出し、細かく細かくその図案を絵にしていた。
「刺繍に対する根本的な考え方が私達と異なるのね。あ、それとこの椅子いいわね! 誰が作ったの?」
指さす先に居たゲイデンはその日、丸太を組んだ大きなテーブルを作っている最中だった。
「野性味があっていいわ! ちょっとこれも見ていていい?」
彼女の頭の中ではどういう計算が繰り広げられているのだろう、と俺は思った。